セクション06:軍人の誰もが通る道
「……そうか。君は壊す事が嫌いなのか」
「……はい」
飛行甲板では、冷たい風の音と波を切り裂く音をBGMに、暗くなっていく海を眺めながら、ジェシーとウォーロックが会話していた。
「だから、俺は軍隊にはいちゃいけない人間なんだと思うんです。人命救助なんて理由で、入る所じゃなかったんです。アパッチのパイロット候補生に無理矢理されたのも、神様がここから出て行けって言う警告だったのかもしれません……俺は、どうしもようもないくらい、弱いから――」
「つまり君は、弱い自分が許せないという事か」
「……え?」
思いの外優しい声。
てっきり非難されると思っていたジェシーは、はたとウォーロックに顔を向ける。
「まずはそこからだ。弱い自分を受け入れて、許す事。いつまでも自分が許せずに自分を責めてばかりいても、前には進めない」
「でも、許すなんて、どうやって――」
「人を撃ちたくない、人を撃てるのか、という思いは軍人の誰もが通る道だ。別に君自身に限った話じゃない。私もかつてはシーハリアーのエビエーターだったが、実戦になったら訓練通りに敵を撃てるのかと、不安に思った事はある」
「それで、どうしたんですか?」
ウォーロックは、そこでしばし考えるように間を置いた末、再び口を開いた。
「『怪物と戦う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。お前が深淵を長く覗けば、深淵もまた等しくお前を見返すのだ』……」
「何ですか、それ?」
「私が胸に刻み込んでいる言葉でね。軍隊は、いくら国防、国益のためとはいえ、暴力装置という闇を抱えている組織だ。そんな軍隊の深淵は、体に毒だからあまり覗きすぎない方がいい」
「つまり、考えるな、という事ですか? 怪物になるから……」
「そうだ。闇を知らないのは問題だが、かと言って見すぎると自分も闇に染まって、大切なものを見失ってしまう事になる。軍隊の世界ではとても難しい事だが、足元に闇が広がる世界だからこそ、うっかり呑まれないように注意して歩かないといけない。私はそう教わった」
「……」
再び顔がうつむくジェシー。
足元に闇が広がる世界、か。
そんな闇と隣り合わせの世界に、自分はいられるのだろうか。
そんな疑問が、ジェシーの脳裏に過る。
自信は、はっきり言ってない。
答えがすんなりと出てしまった事に、自然とため息が出る。
「そういう意味では、君の優しさは闇と向き合う大きな武器になると私は思うよ、ジェシー・ガザード君」
「……!」
だが。
ウォーロックが自分の名を呼んだ事で、その不安が一気に吹き飛んでしまった。
「ど、どうして俺の名前を――!?」
「知っているとも。スルーズの航空業界を一手に担うスルーズ航空工廠・現CEOの一人息子……スルーズ騎士団・スクルド家の一人娘、レネと縁談を結んだ事もね」
ウォーロックは、ジェシーの経歴をすんなりと当てて見せた。
しかも、レネと婚約している事も知っている。
呆気に取られて、ジェシーは何も言い返せない。
「驚いたよ。乱暴者で有名なあのスクルド家の娘と婚約したのが、君のような優しい子だったなんてね。しかも仲がいいそうじゃないか」
「は、はい、まあ……」
目を泳がせながら、何とか言葉を絞り出すジェシー。
「壊すのが嫌いなほど優しい君が、乱暴者を婚約相手に選んで仲良くできるなんて、普通なら考えられない事だ。君はなぜ、彼女の事を受け入れられたのかね?」
試すように、ウォーロックは問いかける。
ジェシーは、言葉に迷った。
一体何から説明すればいいのかと。
なぜなら――
「どうして、そんな事を聞くんですか?」
故に、ジェシーは逆に問い返していた。
「端的に言えば、そこに悩みを解決するヒントがありそうな気がしてね」
ウォーロックは、ジェシーのある一転を見据えながら、答えた。
そして、さらに問いかける。
「君は、彼女に暴力を振るわれた事はないのかい?」
「え、そ、それは……」
ジェシーは、答えに迷う。
すると、
「その額の傷は、彼女に付けられたものではないのかい?」
「……!」
ウォーロックにストレートに指摘され、はっと額に手を当てる。
額にかかっている前髪が、風でまくり上がっている。
そのため、普段は隠している額が、露わになってしまっていた。
そこには、縫った傷跡がある。
人に見せても気分がいいものではないからと、隠していたものだ。
「図星のようだね。それだけの傷があるという事は、余程ひどい目に遭ったという事ではないのかい?」
「……」
ジェシーは黙り込む。
その言葉が、間違ってはいないからだ。
このまだ消えていない傷を負わせたのは、他の誰でもなくレネなのだ。
それを、まさか見抜かれるなんて。
ジェシーは、この人相手に隠し事はできないと感じ取った。
「その上で、私は聞きたい。君が、いかに彼女と絆を結んだのかを」
「……その、説明すると結構とんでもない話とか出てきますけど、いいですか?」
「構わんさ」
「わかりました」
そうして、ジェシーは語る事にした。
海を見ながらゆっくりと息を吸い、気持ちを整えてから口を開く。
「俺は、レネに一度殺されかけた事があるんです」




