セクション05:ハルカの本音、エリシアの本音
「ジェシーにそんな事がねえ……ま、凹ませといていいんじゃない? 少しは身の程を知るべきなのよ、あいつも」
休憩室にて。
テーブルの周りに集まったエリシアとシエラから事情を聞いたハルカは、冷たく言った。
「身の程を知るべきって、随分冷たい事を言いますねハルカちゃん……」
「だってあいつ、異常だもの。確かに操縦のセンスは高いけど、致命的なくらい意識が足りない。ろくに発砲もできないくせに軍に来たくらいだし」
「ちょ、ちょっと待ってくださいハルカちゃん。それって、どういう事ですか?」
「ろくに発砲もできないって話? 言った通りの事よ。あいつ、廃車になった装甲車にさえも引き金が引けないのよ。『壊すのは嫌だ』って理由付けて」
「ええっ!?」
エリシアとシエラが、揃って声を裏返す。
そして、シエラが疑問を投げかける。
「じゃあ、どうしてアパッチの候補生になったの……?」
「こっちが知りたいわ。あいつ、最初からアパッチに乗る気なんて毛頭なかったの。本来の志望は輸送ヘリのクーガー。昔の大洪水で活躍したのを見て、あれに乗って人命救助がしたかったんだって。でも、おかしいと思わない? あいつ、軍人になりに来たくせに戦う気が全くないのよ。俺は人を助けたいんだ、人を殺したい訳じゃない、とか言ってさ。それならどうして消防とかに行かなかったのって話よ。人助けがしたいだけなら消防とかのヘリに乗ればいいだけだし」
「……」
ハルカの辛辣な言葉に、エリシアとシエラは言葉を失ってしまう。
その状況を良い事に、ハルカは話を続ける。
「レネがいないから言わせてもらうけど、あんな奴がいてもはっきり言って迷惑。今すぐにでもこの船から降りてもらいたい――いいえ、今すぐ退学して欲しいくらいよ。あいつは知らないのよ、戦地に行った軍人達が、どんな気持ちで身を投げ打って仕事をしているのかなんて。それを、まるで心が汚れるみたいな気持ちで嫌がる奴なんて、私――」
「……ハルカちゃん」
そこで、エリシアが強引に言葉を遮った。
はたと我に返ったハルカがエリシアを見ると、その表情はいつになく不満の色を帯びていた。
「話はわかりました。もう結構です」
エリシアはそう言うと、ハルカと目を合わせないまま席を立って背を向ける。
「ちょっと! 話はまだ――」
「あんな事を経験したハルカちゃんの気持ちはわかります。ですがこれ以上、あなたの愚痴に付き合いたくありません」
呼び止めるハルカを、エリシアは振り返りもせずに跳ね除ける。
そのまま、休憩室を出て行ってしまった。
するとシエラも、私もちょっと、と言い残して、後を追いかけた。
「エリシア先輩、さっきの話――」
「はい、私も初めて聞きました。ジェシーちゃんが考えていた事なんて――」
休憩室を出たエリシアとシエラは、歩きながら会話する。
「思えば私達、将来の事なんて、あまり話した事がありませんでしたからね……でも、ジェシーちゃんらしいと言えばらしい事でしたけど……それよりも、ハルカちゃんです」
「……やっぱり?」
「はい。いくら軍人家系の出身とは言っても、あれだけの事を言われると、考え方を押し付けられているみたいで――」
「でも、間違った事は言ってませんよね、ハルカも」
「はい。そこが難しい所です」
エリシアは、うつむきながら黙り込む。
その顔を覗き込んだシエラは、ふと思い立ったように問うた。
「……エリシア先輩って、どうして航空学園に入ったんですか?」
「ヘリコプターの事が勉強できるからです」
エリシアが、ゆっくりと顔を上げる。
「勉強、ですか?」
「はい。中学の頃から航空機について勉強できる学校は、航空学園しかありませんでしたから」
「じゃあ、戦うって事は――」
「そうですね。考えてない方かもしれません。ハルカちゃんが聞いたら、きっと『それなら普通の航空学校に行けばいいじゃない』って言われそうですけど、早くから勉強できるってだけでも魅力的でしたし、軍隊の一員となる事も、立派な勉強になると思っていました。そういう意味では、ジェシーちゃんと似たもの同士かもしれませんね」
エリシアは苦笑する。
「ですから、私はジェシーちゃんの考え方も、ありだとは思っています。心配な所はありますけど……シエラちゃんは、どう思います?」
「あ、はい。私も、エリシア先輩の言う通りだと思います――」
そんな時、不意に着信音が鳴り響いた。
反応したのはシエラだった。
すぐにスマートフォンを取り出して着信に出るシエラ。
「もしもし、レネ? あ……うん。そうなんだ、こっちも全然。そうなの……」
電話の向こうの相手はレネらしい。
それを察したエリシアは、小声でシエラに確認を取る。
「レネちゃんからの連絡ですか?」
「はい、ジェシーはまだ見つかってないみたいで……」
「そうですか。でしたら、もし見つけたら『私達も心配しています』と伝えるように言ってください」
「はい。あ、もしもしレネ?」
シエラは、再び電話に戻る。
その間、エリシアは何か愁いを吐き出すように、ふう、とため息をついたのだった。




