セクション04:おかしいでしょうか
「ジェシー、そんなに落ち込まなくても――」
「……ごめんレネ、今は独りにさせて」
追いかけて心配してくるレネを、ジェシーはやんわりと跳ね除けた。
レネの足が止まる。
さすがのレネも、これ以上食らいついてくる事はなく、1人取り残される。
「ジェシー君、一体どうしたんですか? 元気なさそうですけど……」
「さっきのフライトでちょっとヘマしちゃってから、ずっとああなの……」
背後から、そんなエリシアとレネの会話が聞こえてきた。
2人がどんな気持ちで会話しているのか考える余裕がないまま、ジェシーは歩き続ける。
そんな時、どん、と何かにぶつかった。
「いてっ!」
聞き覚えのある声。
ずっとうつむいていたせいで、ちゃんと前を見ていなかった事に気付いたジェシーは、慌てて顔を上げる。
「おい危ねえぞ! こっちはケガ――って、お前」
「ジェシー」
目の前にいたのは、相変わらず包帯で腕を首から下げているスコットだった。
隣には、シエラもいる。
ジェシーは2人が正面から歩いて来ていた事に気付かずに、軽くぶつかってしまったのだ。
「あ……ご、ごめんなさい」
ジェシーはすぐ謝るが、その声は自然と弱々しいものになってしまう。
他に言う事は何もないので、ジェシーはそのまま2人をよけて歩こうとした。
「どうしたのジェシー? 何か元気ないよ?」
だが。
シエラに、顔色を見透かされてしまった。
ジェシーは引っ張られるように足を止めてしまったが、答える気にはなれなかった。
「何か考え事か? 事情は知らないが、変に考えすぎるのはよくないぞ。ましてや今は演習が迫ってるからな。全力を出せるように、万全のコンディションを整えないと」
スコットの言葉は、全く励みにならなかった。
これがスポーツの祭典であれば、励みになったかもしれない。
だが、事はそんなに華やかなものでもなければ、健全なものでもない。
そう思ったからか、うつむいたジェシーの口は自然と開いていた。
「それは、人を殺すつもりでやれるように、って事ですよね……」
「へ?」
声を裏返すスコット。
さらに、ジェシーは問いを投げかける。
「少尉も、人を殺すつもりで演習に出るんですよね……?」
「な、何だよそれ。物騒な言い方だな。オレは、輸送ヘリのパイロットだけど、まあ、それなりの覚悟は持ってるつもりだ」
スコットは困惑している様子ながらも、予想通りの返答をした。
わかっていた。
スコットは輸送ヘリのパイロットで、直接人を殺す役目をする訳ではない。
ジェシーも、陸軍の輸送ヘリ・クーガーのパイロットが目標だった。
だが、輸送ヘリは、直接ではなくても攻撃に関与するのだ。人を殺す事に、全く無関係ではいられない。
思い出すのはハルカの言葉。
――第一志望だったクーガーなら、人殺しをしなくていい、とでも思ったの?
――クーガーだって、ドアガンで武装する事があるんだから。攻撃に回らないと思ったら、大間違いよ。
どうして。
どうしてスコットに、そんなハルカの言葉を否定して欲しいなんて期待を、抱いてしまったのだろう。
「というかお前、確か攻撃ヘリの候補生なんだろ? どうしてそんな――」
「そんな事したくないって思う俺って、やっぱり――おかしいでしょうか……?」
ジェシーがそう言うと、スコットもシエラも僅かに驚いた様子を見せた。
場が、しばし沈黙する。
その状況こそが、「おかしい」という返答である事に、ジェシーはすぐ気付いた。
「……ごめんなさい、今のは忘れてください」
では、と挨拶して、ジェシーは2人の横を通り過ぎていく。
スコットとシエラは、一切呼び止めない。
いや、逆にかける言葉がわからないのかもしれない。
「ほんとジェシーちゃん、どうしちゃったのでしょう……?」
「あ、エリシア先輩。ジェシーの事、何か知ってるんですか?」
「いいえ、私にもわかりません……そもそもあんな事をジェシーちゃんが言うなんて、思ってもいませんでした……まるで、学園に来た事を後悔しているみたいな――」
「後悔って、どうして――」
「ちょっと、一体何があったの?」
「ハルカちゃん」
去り際に、そんなやり取りが背後から聞こえたような気がした。
* * *
相変わらず曇っていた空は、次第に暗くなろうとしていた。
既に制服に着替えていたジェシーは、独り飛行甲板の隅に立ち、冷たい風を横から浴びつつ、サングリーズが行く先をぼんやりと見ていた。
そこにあるのは、小さな孤島。
特別航海最初の目的地、スルーズ領ラーズグリーズ島である。
ラーズグリーズ島は、決して観光地ではない。
元々は無人島だったというこの島は、現在スルーズ軍の航空基地や軍港が存在する軍事拠点となっている。すぐ側にあるアフリカの国・カイランとケージににらみを利かせるための。
他にあるのは、テレビの中継基地のみ。
この島の存在意義のほぼ全てが、軍事用途にあると言ってもいい。
故に、ごく普通のスルーズ人ならば、ほぼ足を踏み入れる事がない島なのである。
「……」
そんな島に、できるなら近寄りたくない。
だがこの島こそ、これから始まる軍事演習『アライド・ウェーブ』の拠点なのだ。
これからあの基地を中心として、戦いが始まる。
人が死ぬ事はないが、ここ最近不穏な動きを見せる仮想敵国・ケージを威圧し、牽制するための戦いが――
「こんな所で何をしているのかね?」
と。
不意に背後から声がした。
「……!」
驚いて、振り返る。
そこにいたのは、海軍の軍服を着た、黒いひげの男。
自分が絶対に、一対一で会う事はないだろうと思っていた人物。
「か、艦長……!?」
サングリーズ艦長、ウォーロック。
その存在感に、ジェシーは圧倒されそうになる。
どうしてこんな所に、と聞く暇もなく、ウォーロックは口元を緩めて告げた。
「何か考え事があるなら、聞いてあげよう。乗組員の声に耳を傾けるのも、艦長の務めだ」




