セクション02:ジェシー達の射撃訓練
一方、サングリーズから少し離れた洋上でも、射撃は行われていた。
凪いだ洋上をぷかぷかと、オレンジ色の大きな風船が浮いている。
その周囲に、突如として複数の水柱が立つ。
そして、頭上を羽音と共に通り過ぎる黒い影。
海には全く似合わない地味な体色を持つその正体は、アパッチであった。
『いい感じだったわよ、ハルカちゃん。さ、次はジェシー君達の番よ』
聞こえてくるのは、乗り込むアンバーの声。
通り過ぎたアパッチの遠く後方には、さらにもう1機別のアパッチがいて、続けて風船へと向かってきている。
「りょ、了解」
そのコックピットに乗り込んでいたジェシーは、おっかなそうに返事をした。
「了解!」
一方、前席に座るレネは、とても期限がよさそうに元気な返事をしていた。
ジェシーは、兵装の安全装置を解除するボタンを確認。
『ARM』という表示が光っているのがわかる。安全装置が解除されている証拠。
つまり、自機はいつでも射撃ができる。
これが、ジェシーが落ち着かない最大の理由であった。
ジェシーらのアパッチは、射撃訓練の真っ最中である。
これから風船――浮かんでいる標的を狙って、機関砲で射撃するのだ。
「――」
目の前の標的は、機関銃で狙って当てられるほど大きくはない。アパッチのチェーンガンはあくまで対装甲車用であり、人を狙撃できるようにはできていない。
だからハルカも外している。これが普通だ。
とはいえ、当たってしまえば木端微塵になる事に変わりはない。
傷付ける事が嫌いなジェシーにとって、それほど恐ろしい事はない。
かつて見た事がある映像を思い出す。
アパッチのチェーンガンの直撃を運悪く受けてしまった人間は、木端微塵になる。
白黒でもその惨劇を思い出してしまうと、とてもトリガーなんて引けない。
例え、軍人には必要な訓練であったとしても。
だが、実際にトリガーを引くのはガンナーであるレネである。
自分では、止める事ができない――
「発射!」
レネは、迷わずに引き金を引く。
その瞬間、ジェシーは反射的に目を閉じた。
真下から聞こえてくる、射撃音。
その音は、ほんの数秒で途絶えた。
その弾丸は、狙い通り風船の周囲に着弾しただろう。
『レネちゃんもいい感じじゃない』
「うーん、でもちゃんと当てたかったなあ――って」
レネがアンバーと言葉を交わす。
レネはこの射撃訓練を、単なる射的としか見ていないようだ。
そういう性格なのはジェシーもわかっているので、否定するつもりはない。
思うのは、やっぱり俺は弱いな、という事だけ。
だから、どうしても考えてしまう。
自分は、本当にここにいていい存在なのかと――
「ちょ、ちょっとジェシー! ジェシーッ!」
急に、レネが騒ぎ始めた。
何かと思って、ジェシーは目を開ける。
すると、すぐその理由に気付いた。
「姿勢姿勢姿勢!」
機体が、大きく左に傾いている。
そして目の前に広がるのは、青い海面。
つまり、落ちている。
「――っ!?」
甲高い警告音が鳴り響いたのと、ジェシーがレバーを引いたのは、ほぼ同時だった。
アパッチは急激に機首を上げ、上昇に転じようとする。
だが、いくら体が座席にめり込むほど急激な姿勢転換をしても、急には止まれないのが乗り物の常である。
減速が間に合わない。
機首を上げても尚、重力に逆らえないアパッチは、海面へと吸い込まれていく。
「きゃああああああっ!」
らしくないレネの悲鳴。
自分の最期を、悟ったかのように。
(まずい、墜落する……!)
ジェシーも、間に合わないと直感で悟った。
このまま、腹を叩きつける形で海に落ちる。
死ぬと決まった訳ではないが、海に投げ出されるというだけでも怖い。
間もなく来るであろう衝撃を覚悟して、ジェシーは目を閉じる。
だが。
ざぶん、と海面に触れた音はしたが、強い衝撃は来ない。
「……あれ?」
レネも、間が抜けた声を出している。
ジェシーが再度目を開けると、アパッチはゆっくりとだが上昇に転じていた。
どうやら、ぎりぎり間に合ったらしい。
機体は車輪が一部海面に触れてしまったものの、何とか上昇に転じる事ができたのだ。
「はあ、よかったあ……」
ほっ、と大きく息を吐くジェシー。
これで一安心、と思ったのも束の間。
「危ないじゃない! 何やってたのジェシーッ!」
振り返ったレネに、すぐさま文句を言われる羽目になった。
耳元でスピーカーを壊さんほど響く声の大きさに、ジェシーは怯んでしまう。
『大方、また射撃の時に目を閉じてたんじゃないでしょうね?』
弱り目に祟り目。
無線からも、ハルカの鋭い指摘が飛んでくる。
『どんな天才パイロットでも、目を瞑ったまま操縦しようなんてバカはいないわよ! もう、オートホバリングしてないと安心して射撃もさせてくれないの?』
『もう、しっかりしてよジェシー君! そんなんじゃレネちゃんを守れないわよ!』
さらにアンバーまで加わってくる。
ジェシーは反論できず、ただごめん、と謝る事しかできなかった。
銃声に怯えてしまったせいで、危うく墜落しそうになるなんて。
自分がレネを怖がらせるような思いをさせてしまったと思うと、罪悪感で気持ちはどんどん沈んでいった。




