セクション01:セリカはカノジョなのか?
・前回までのあらすじ
航海中のサングリーズに、補給艦オルルーンが補給のためにやってきた。
その洋上補給作業に、ジェシー達候補生も参加したが、シエラが操縦するマーリンは、貨物を吊り下げて運ぶ垂直補給作業の最中、故障が発生しオルルーンへ緊急着艦してしまう。
補給作業が中断してしまった中、エリシアが出撃を名乗り出た。
彼女が操縦するチヌークは、マーリンを吊り下げて、サングリーズへ持ち帰る事に成功。
補給作業は再開され、長引きながらも無事に終了したのだった――
どんよりした灰色の空の下、サングリーズの飛行甲板は普段現れない存在に占領されていた。
並べられているのは、無数の装甲車。
8輪のピラーニャ装甲車と、より小型で4輪のLMV装甲車。その全てが、艦橋を背にし艦の左側に先頭を向けて並んでいる。しかもロープでしっかりと甲板に固定された状態で。
天井にある銃座には射撃手が付き、全員が機関銃を構えて海をにらむ。
その様子を、横から色とりどりの作業員達と、艦橋にいる船員達が見守っている。
特に艦橋には、艦長であるウォーロックの姿もあった。
そんな中、並んでいるLMVの中に、1台だけ長いアンテナを生やしたものがあった。
そしてその中には、JTACのセリカとレックスが歩兵用ヘルメットを被り乗り込んでいた。
「……なあ、セリカァ。付き合ってくれよー」
左の座席に座るレックスは、気怠い声で隣のセリカに呼びかける。
だが右の席のセリカは、目の前にあるコンソールから目を離さないまま、冷たく答えた。
「恋人としてなら、喜んでお断りします」
「えー、なんでだよー」
「前にも言ったと思うけど、何度でも言うわ。あたしは何人かの男と付き合った事あるけど、あんたはいっちばんカレシにしたくないタイプだから」
いっちばん、を強調して放たれた言葉に、レックスはう、と怯んでしまう。
「そんなにひどく言わなくてもいいじゃねえかぁ……心が折れるぜ……」
レックスは拗ねて座席の背もたれに力なく身を預ける。
すると、くすくすと笑う声が前から聞こえてくる。
2人の前にある運転席部分には、やはりヘルメットを被った2人の兵士がいた。
2人共男で、笑っているのは左側の運転席に座る方だ。右側の助手席に座る方は、呆れた様子でため息をついている。
その光景が癪に障ったのか、レックスは顔を僅かにしかめつつ懐から電子タバコを取り出す。
「おい眼鏡軍曹、今車内は火気厳禁だぞ」
だがそこを、振り返っていた助手席の男に注意された。
「……あーい」
はっと気付いたレックスは、渋々電子タバコをしまう。
一方、助手席の男はセリカにも目を向ける。
「そして片腕軍曹。射撃の用意はできてるか」
「……班長、いい加減名前を覚えてください。あたしは片腕じゃなくてセリカです」
「悪い。どうも人の名前を覚えるのに時間がかかる方でな」
ばつが悪そうに、顔を戻す助手席の男。
班長と呼ばれる助手席の男は、リーダー格のようだった。見た目も社内にいる4人の中では一番年上のように見える。
「でもアーチャーの名前は覚えているじゃないですか」
「そりゃ空軍から来たばかりのお前達と違って、付き合いが長いからな」
班長は、運転席の男に目を向ける。
な、と彼に問いかけると、運転席の男は黙ってうなずく。
その様子を見て、セリカは小さくだがため息をついた。
「それで、本題に戻るが射撃の用意はできているのか?」
「大丈夫です。銃座はしっかりと作動しています」
セリカはコンソールを操作しながら、説明する。
セリカ達が乗るLMVの銃座には、射撃手の姿がない。
その代わり、機関銃の下に大きなカメラがついている。
この銃座は、無人で作動しているのだ。
プロテクターと呼ばれるこの無人銃座は、セリカが今操作しているコンソールで遠隔操作されているのだ。
セリカのレバー操作により、右へ左へ小刻みに回り、向きを微調整する。
「しっかりやれよ、片腕軍曹。艦長も見ているんだからな」
「もちろんです、ルーラー班長」
名前を呼ばれなかった事への反論とばかりに、セリカは名を付けて班長に答える。
レバーを握る右手に、自然と力が入る。
そして、内臓のヘッドホンから聞こえる無線に、耳を傾ける。
『射撃よーい――撃てえっ!』
その合図と同時に、セリカはトリガーを引く。
各々の車両の銃座に装備された、M2重機関銃が火を噴く。
ぱぱぱぱぱ、という連続した銃声がいくつも重なり、飛行甲板に響く。
そして放たれた弾丸はというと、装甲車達の正面へ狂いなく飛び、何もない海面に落ちて小さな水柱を作る。
その様子は、セリカが操作するコンソールの画面にも、はっきりと映っていた。
射撃は、ほんの10数秒で終了。
全ての車両が、全ての弾を撃ち尽くして終了となった。
「射撃終了。レックス、リロードして」
「あーい、めんどくさ……」
セリカの指示で、レックスは天井のハッチを開けて、体を乗り出す。
そして予備の弾丸を入れた箱を天井へ持っていき、リロード作業を始めた。
「やっぱり、目標ないと全然すかっとしない……」
一方セリカは、画面を見つめながら、そんな事をつぶやく。
目標のない射撃。
一見すると何の意味があると思われる行為だが、もちろん理由はある。
これは射撃訓練というよりは、使用期限が過ぎた弾薬の処分という側面が強い。
故に兵士にとってはある種のストレス発散の手段でもあるのだが、目標となるものがないのでセリカにとっては物足りないものがあったようだ。
「なあ片腕軍曹」
そんな時、班長のルーラーが声をかけてきた。
セリカは、思わず苛立った声で答えていた。
「だからセリカです!」
「悪い悪い。お前あの眼鏡と、一体どういう関係なんだ?」
「そんな事聞いて、どうするんですか?」
「いや、ただ気になっただけさ。仲がいいんだか悪いんだかよくわからねえしな」
「仲がいいなんて、とんでもないです! あいつはただの――」
思わず声を上げて怒鳴ってしまうセリカ。
だが。
「俺のカノジョです」
レックスの声が、不意に割り込んできた。
「へ!?」
驚いて、声を裏返すセリカ。
見れば、レックスは作業を終えて車内に戻り、元の席に座って天井のハッチを閉めていた。
「だからあげませんよ。というか班長、奥さんと子供いるんでしょう? 男しかいなくて寂しいからって浮気するのはみっともないです」
普段とは全く違う、妙にクールな声で主張するレックス。
な、な、な、とセリカは顔を真っ赤に染めて声が震えてしまっている。
「何言ってるの! あたしはあんたのカノジョになった覚えなんてないわよ!」
「俺にとっては、もうカノジョなの」
ようやく口に出せた言葉も、レックスに言い返されてしまう。しかも唯一の腕である右腕を両手でしっかりと取られてしまった。
ますます顔の赤みが濃さを増すセリカ。
そんなセリカの顔を、まじまじと見つめ、身を乗り出してくるレックス。
狭い車内で、逃げる事はできない。
「俺は本気。だからさ――」
「こ、この変態っ!」
セリカは、レックスの足を思い切り踏みつけて反撃した。
「いてーっ!?」
表情に違わぬ間抜けな声を上げて、セリカから身を引いてしまうレックス。
「な、なんだよぉ、せっかく口説かれそうになってる所を助けてやったのに、こんな仕打ちはねえだろ!?」
「口説かれるって、何を根拠に? それにあたしは助けてなんて一言も言ってないです!」
ぷい、と顔を背け、レックスと口喧嘩を始めるセリカ。
だがその顔からは、赤みが全く消えていない。
「……はあ。わかった! 茶番はそこまででいいから仕事に戻れ!」
それを見たルーラーは、呆れてため息をつくと、そう怒鳴って2人を制止。
そして運転席のアーチャーは、1人くすくすと笑っていた。




