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インフライト3

 夕日が、まさに水平線の向こう側へ沈もうとしている。

 そんな茜色の空を、赤と緑の翼端灯を灯しながら飛ぶ、1機の航空機があった。

 4つのタンクを下げている、真っ直ぐ横へ伸びた翼。

 悠々と羽音を響かせる、4つのプロペラ。

 寸胴の胴体に、突き出たノーズ。

 KC-130Jスーパーハーキュリーズである。

 灰色の機体に描かれた国籍マークはスルーズのものであり、『Royal Thrusian Air Force』という文字も書かれている。

 そんなハーキュリーズのコックピットに、至福のひと時を過ごしている長髪の少女がいた。

「うぅーん……!」

 副パイロット席に座る少女は、顔をほころばせながらバターロールをゆったりと食べていた。

 膝上には他にバターロールが2個入った袋があり、それを左手でしっぱり押さえながら食べる様はまるで動物園のパンダのようでもある。

「やっぱりフライトで食べるバターロールって、おいしいー。パパも、食べるぅー?」

 少女は1個食べ終えると、口遣い通りのおっとりした言葉遣いで、隣にバターロールを1個差し出した。

 隣の正パイロット席に座っているのは、サングラスをかけた男だった。

 彼は操縦桿を握ったまま、正面を見たまま、困ったように表情をほころばせる。

「ヘーベのバターロールは確かにおいしいんだが……同じ物は食べられないって決まり、あるだろ?」

「……あ、そうでしたぁー」

 ヘーベと呼ばれた少女は、どこか残念そうにつぶやいて、バターロールを袋に戻そうとした。

 そんな時、コックピットの後ろから不意に1人の青年が姿を現した。

「あ、ヘーベちゃんのバターロール、余ってるの? だったら食べたいな俺も!」

 話は聞いたとばかりに、青年はヘーベに声をかけた。心底嬉しそうな表情を浮かべながら。

「あ、いいよぉー」

 ヘーベは戻そうとしたバターロールを青年に差し出す。

 それを青年が受け取ろうとした瞬間。

「リコ伍長っ!」

 不意にサングラスの男が、怒鳴り声を上げた。

 驚いた青年は、一瞬怯んで身を引いてしまう。

「今はフライト中だぞ! 少しは慎め!」

「慎めって、普通にパンをもらいに来るだけのどこが――」

「嘘つけ! そうやって娘の気を引こうって思ってるのが筒抜けだぞ!」

「な、何をおっしゃいますお義父さん! 何か俺が邪な気持ち持ってるみたいな――」

「事実だろう! 俺の娘によからぬ感情を抱いて汚そうとするなどと――」

 途端に始まった口論を、ヘーベはぼんやりと観察している。

 やかましい声など、最初から聞こえていないような表情で。

 そして。

「ダメですよぉー、2人共」

 やはりおっとりした声で、2人に呼びかける。

 その声を聞いた途端、2人ははっと我に返ったようにヘーベに顔を向ける。

 ヘーベは、袋から最後のバターロールを取り出すと、既にある1個と合わせて青年――リコに差し出した。

「リコさん。これぇー、クロエさんにも、おすそ分けしてあげてぇー」

「ヘーベ!」

「ダメですよぉー、パパはぁ、食べられない決まりじゃなぁーい」

 不意にバターロールに手を出そうとしたサングラスの男を、ヘーベはやんわりと止めた。

 う、とサングラスの男は反論できない。

「そういう訳で、いただいていきます! アルバート少佐!」

 それをいい事に、リコは勝ち誇るように男に笑んで見せると、バターロールを受け取ってコックピットから足軽に去っていった。

 はあ、と男は敗者のため息をつき、顔を正面に戻す。

「ヘーベ、あんまりあいつを餌付けするのもよくないぞ? 一度餌付けされた猛獣は、その内餌欲しさに牙を剥くかもしれないんだ」

「リコさんはぁ、そんな人じゃないよぉー。大丈夫だよぉー」

「……」

 能天気なヘーベの返答に、片手で顔を追う男。

 これ以上話しても無駄だとわかったのか、サングラスの男は業務の話に切り替えた。

「わかった。もうすぐ着陸だ。ラーズグリーズ島へ連絡とってくれないか?」

「りょうかぁーい」

 ヘーベは何事もなかったのように能天気に笑むと、インカムのマイクの位置が口元にある事を確認し、やはりおっとりした声で通信を始めた。

「もしもぉーし、こちらスルーズ空軍のぉ、コールサイン・コマンドーですぅー。応答願いまぁーす」


 スルーズ領ラーズグリーズ島。

 そこは、軍事施設以外はテレビの中継基地しかない、特異な島だった。

 既に夜中になった飛行場は、ライトの明かりが不思議な迫力を引き出しているように見える。

 ヘーベ達を乗せたハーキュリーズは、そんな飛行場へゆったりと着陸していく。

 そして通常通りに駐機し、エンジンを停止。

 全ての作業を終えてラーズグリーズの基地に降り立ったヘーベが真っ先にしたのは。

「今日もお疲れさまぁ。ゆっくり休んでねぇ、ハークさん」

 これまで乗っていた乗機をねぎらい、胴体を撫でた後そっと口付ける事だった。

 1秒にも満たない口付けの後、ヘーベは乗機の前を後にしようとしたが、あ、と不意に何かを見つけ、持っていたバッグを落として駆け出した。

 彼女が駆けて行った先にいたのは、別のハーキュリーズだった。

 しかし塗装は茶色系の迷彩という全く違うものだった。

 国籍マークも、黄色い三日月と星が特徴的なもので、スルーズのものとは全くの別物だった。

「これはこれはぁ、E型ハークさんじゃありませんかぁー。スルーズにいた頃はぁ、パパがお世話になりましたぁー」

 ヘーベはまるで学生の頃世話になった先生に対するかのような態度で挨拶し、ゆっくりと敬礼した。

 それを、通りかかった整備士がやや不審な目で見ていた。

「ヘーベちゃん、何やってるの?」

 そこへ、リコが足早にやってきた。

 ゆっくりと敬礼を解き、振り返ったヘーベは能天気な笑みをたたえて答える。

「あ、リコさん。ちょっとしたぁ、ご挨拶だよぉ」

「ちょっとした、ご挨拶? カイラン軍のハークに?」

「はいー。このハークさん、昔スルーズ空軍にいたぁ、E型ハークさんだよぉー。ほら、プロペラの形、違うでしょぉ?」

 ヘーベは、そう言ってプロペラを指差した。

 確かに、自身が乗ったハーキュリーズのプロペラブレードが三日月型6枚なのに対し、こちらは四角形。枚数も4枚しかない。

 それは、2つのハーキュリーズのバージョンが違う何よりの証拠。

 ヘーベが乗ってきたのは最新のバージョンだが、目の前にいる旧型は、エンジンが旧型のためプロペラの形が異なっているのだ。

「そうか、このハーク、スルーズ軍から退役した後、カイランに――」

「あ!」

 すると、ヘーベはまた何かを見つけて駆け出した。

 ちょっと、と気付いたリコも慌てて後を追う。

 彼女が向かった先にいたのは、ハーキュリーズとは全く別の航空機だった。

 昔ながらの尾輪式で、エンジンは2つ。先程のハーキュリーズと同じ茶色系の迷彩で、カイランの国籍マークを付けている。

 明らかに現代の航空機とはかけ離れたレトロなデザインは、ハーキュリーズと並ぶと時代錯誤のように見えてしまう。

「これはこれはぁ、ダコタさんじゃありませんかぁー。あ、今はターボダコタさんでしたねぇー。スルーズにいた頃はぁ、グランパがお世話になりましたぁー」

 その前で立ち止まると、先程の旧型ハーキュリーズと同様に挨拶し、ゆっくりと敬礼するヘーベ。

 そんな彼女に、リコが追い付いて問いかける。

「ヘーベちゃん、今度は、何?」

「これぇ? ずっと昔スルーズ空軍にいたぁ、ダコタさんだよぉー。今はターボプロップエンジンになってるんだよぉ」

「いや、ダコタなのはわかるよ。骨董品クラスの輸送機だもん。スルーズじゃ歴史飛行班で飛んでるくらいだから……」

 何を隠そう。

 目の前の輸送機、ダコタは80年も前に設計された古い輸送機。こうやって軍の所属機として今なお現役で活動しているのは、奇跡と言っていいほどの年代物なのだ。

「それより、さっきからパパとかグランパとか言ってるけど――?」

「どっちもぉ、パパとグランパが昔乗ってたのぉー」

 リコの疑問に、ヘーベは心底嬉しそうに答えた。

「え? パパとグランパって、あのアルバート少佐と、さらに上の――?」

「はいー。凄いよねぇ……こぉーんなにいっぱい飛行機がいる中でぇ、パパとグランパが乗った飛行機に出会えるなんてぇ……」

 ヘーベは、そう言って両手を広げながら、辺りをぐるりと見回す。

 見渡せば、この基地にいるのは、輸送機だけではない。

 スルーズ軍の戦闘機、F-15Tストライクイーグルや、ミラージュ2000-5。

 早期警戒機E-737ウェッジテイルに、空中給油機KC-30ボイジャー。

 無人偵察機MQ-9リーパーや、カイランの新鋭戦闘機FC-1シャオロンの姿もある。

 多種多様な航空機が駐機場(エプロン)に並ぶのは、まさにショーのような光景だが、残念ながらこれらはショーのために集まった訳ではない。

「まあ、合同軍事演習だからね……」

 リコは、複雑な表情を浮かべて、ぽつりとつぶやいた。


 カイラン共和国への重要な足掛かりとなる島、スルーズ領ラーズグリーズ島。

 ここはそう遠くない未来、仮想の戦場へ入口となるのだ――

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