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セクション15:任務完了

 マーリンの影が、ゆっくりと飛行甲板の上に現れる。

 甲板から数メートル上に、ゆらゆらと僅かに揺れて吊り下げられているマーリンが。

 チヌークは、甲板上の誘導員の指示に従い、ゆっくりと6番スポットに位置を合わせる。

 着艦と違って高度が高すぎるため、エリシアは足元のキャノピーを見下ろす形でハンドシグナルを確認する。

 もちろん、レイからの報告も聞き逃さない。

『よーし、その辺りだ』

 位置は合ったようだ。

 甲板上の誘導員からも、位置を保つ指示が送られている。

 速度同調。

 6番スポットの真上に留まる位置に着くと、いよいよ高度を下げる。

 高鳴る心臓の音を感じながら、エリシアはゆっくりとパワーを落としていく。

 水いっぱいのコップをテーブルに置くかの如く慎重さで、マーリンを甲板に近づけていく。

 時間が、妙に長く感じる。

 慎重になりすぎているせいか、どのくらい下げたのか次第に麻痺してくる感覚。

 息を呑む。

 ただペースを維持する事だけを考えて、操縦を続ける。

 降りていくマーリンに、徐々に近づいていく影。

 じりじりと。

 じりじりと。

 じりじりと。

 そして遂に、影と本体が甲板を角にして繋がった。

『地に着いたぞ!』

 レイの報告。

 重かった操縦が軽くなる感覚。

 マーリンが、遂に甲板へ降り立ったのだ。

 途端、甲板にいた誰もが腕を振り上げて歓声を上げたのが見えた。

「やったー! 成功だっ!」

 フィリップも、思わず声を上げた。

「うおーっ!」

「やりました、やりましたよマスターッ! 伍長っ!」

 機内にいるスコットやロジャー、そしてシエラも、揃って声を上げていた。

 一同の声を聞いて、エリシアもうまく行ったという実感をようやく感じ取り、ふう、と息を吐き出した。

『ワイヤーカット!』

 レイの操作で、ローブがフックから切り離された。

 自由の身となったチヌークは、左旋回してサングリーズから離れていく。

 マーリンの回収は、無事に成功した。

「……ブルーバード、任務完了」

 安堵の声で、任務の完遂を告げるエリシア。

 その言葉で、肩の荷が下りた感覚がした。

 そこでエリシアは、ようやく気付く事ができた。

「先輩、凄いです! 初めての回収をミスなく完遂するなんて――あれ、先輩?」

「あ、ごめんなさい。どうも私、無意識に緊張していたみたいで――」

「え、緊張、してたんですか?」

「はい。気付いたら、背中が汗だくで――」

 フィリップの言葉に答えながら、エリシアは顔を手で拭う。

 顔の肌は、案の定汗で濡れた感覚がした。

『がーっはっはっは! だがよくやったぞエリシア! このプレッシャーに打ち勝つとは、さすがはヘリコプター科の逸材だ!』

 レイの声がした。

 プレッシャー、か。

 それでも、プレッシャーではない、いい緊張感でしたね、と自分で振り返るエリシア。

 そして。

「はい、ありがとうございます!」

 初めての事を成し遂げた充実感を感じながら、はきはきと答えたのだった。

「これで原因究明が捗りますね。さあ帰りましょう、先輩」

「はい。ブルーバード、これより帰還します!」

 かくして、チヌークは帰路に着く。

 一方、甲板では早速作業員達がマーリンのロープを解く作業に取り掛かっていた。


     * * *


 日がすっかり西へ傾き、海は空と同じ茜色に染まっていた。

 全ての補給作業を終えたオルルーンは、サングリーズとゲイラヴォルから遠ざかり、すっかり小さくなっていた。

 その様子を、ジェシーを含む女子候補生達は飛行甲板の上で眺めていた。

 海風が、一同の頬をそっと撫でる。

「何だか、いろいろあった補給作業だったね……」

「うん。散々こき使われるわ、トラブルで一時中断になるわで……いろいろありすぎ……」

 甲板に座るジェシーの言葉に、隣に座るレネが同調する。

「勉強にはなったけど、さすがにマーリンのトラブルは予想外だったわね……」

 ハルカも、共感した様子で頷いている。

「ですがよかったです。マーリンの故障原因が大きなものでなくて」

 立ったままそう言ったのは、エリシアだ。

 結論から言うと、マーリンの故障原因はほんの小さな整備不良だった。

 担当した整備士は大目玉を食らっただろうが、補給作業は無事に再開され、夕方にまでもつれ込んだが無事に終了する事ができた。

「ああもう、どうなるかと思った……マスターにまでケガさせちゃったし……」

「いいじゃない、いいじゃない! これもいい経験になったんだからさ!」

「そうよシエラ。大事なのは、同じミスを繰り返さない事」

 肩を落としているシエラを、ロメアとルビーが励ましている。

 何はともあれ、今日の作業は無事に終わった。

 一同の顔は、みんないい意味での疲れが現れている。

「みんなー、オルルーンからお届け物が来てるわよー」

 そんな時、アンバーの声がした。

 見ると、彼女は少し離れた所で一同を呼んでいる。

「スルーズ軍の未来を担う若き候補生達に、オルルーン特製のクッキーをプレゼントだって!」

「え!?」

 クッキーと聞いて、一同の目が輝く。

 それは、ジェシーも同じだった。

 まさか補給品の中に、自分達への贈り物――それもお菓子があったとは、思いもしなかった。

「では、今日の夜はクッキーで女子会にしましょうか」

「さんせーい!」

 エリシアの提案を、一同は満場一致で快諾。

「よーし! じゃあ誰が先にクッキーの所にたどり着けるか、競争だっ!」

 すると、ロメアが真っ先にそう言って駆け出した。

 あっ、ちょっと、ずるい、とシエラやレネ、ハルカも後を追う。

 ルビーも、少し呆れつつ追いかける。

 遅れてしまったのは、ジェシーとエリシアの2人。

「……行きましょうか」

「そうですね、先輩」

 2人は互いに顔を見合わせて笑むと、駆け出していった友人達の後を、ゆっくり歩きながら追っていった。


 フライト3:終

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