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セクション02:撃てない理由

「ジェシーッ!」

 急かすハルカの怒鳴り声。

 だが、ジェシーの息は止まったまま。

 とうとうグリップを握る手が、かすかに震え始めている。

 それが数秒ほど続いた時。

「ああもうっ! アイハブ! 発射!」

 業を煮やしたハルカが、我慢ならないとばかりに何か操作しながら叫んだ。

 ぱぱぱぱぱ、と遂に機関砲が沈黙を破って火を噴いた。

「あっ!?」

 直後、ようやくジェシーが声を発した。

 右目のレンズには、装甲車が機関砲によってハチの巣となり、煙を上げる様子がはっきりと移されていた。

「あ、ああ……」

 その光景を見たジェシーは、思わず顔を逸らして目を両手で塞いでしまう。

 まるで、見るに堪えない大参事を目の当たりにしたかのように。

 それは、軍用機に乗る兵士のものとは、とても思えないものだった。

 機関砲は、数秒ほど射撃を行って、再び沈黙した。

 ハルカにコントロールを奪われた機関砲は、ジェシーが目を背けても変わらず装甲車をにらみ続けていた。

「ターゲットの沈黙、確認――ちょっとジェシーッ! 何やってんのよあんた!」

 はあ、と息を大きく吐いたハルカは、我慢ならないとばかりにジェシーに怒鳴りつけた。

「へ、へえっ!?」

 ジェシーはすっとんきょうな声を上げて後席に振り返る。

「装甲車1両撃つのに何そこまで怯えてる訳!?」

「い、いや、それは――」

「大方、また『壊すのは嫌だ』って言うんでしょうね?」

「う……」

「あれはもう廃車した奴なんだから、気にしたって無意味なのよ!」

「……」

 ハルカの説教に、ジェシーは何も反論できない。

 ただ申し訳なさそうに顔をゆっくり戻すだけ。

「あんた、一体どこまで潔癖症なの――」

 そんな時、突如鳴った甲高い警告音が、ハルカの説教を強引に止めた。

「しまった、ミサイル――!」

 ミサイル警報だ。

 見れば、どこからどもなく白煙を噴き出す小さなミサイルが飛んできている。

 真っ先に反応したのはジェシーだった。

 グリップを握っていた両手を素早くサイクリック操縦桿とコレクティブレバーに持ち替える。

 そして、両方を勢いよく引く。

 途端、アパッチは機首を上げて急上昇。

 反動で、体が勢いよく座席に押し付けられる。

 急激な上昇により、ミサイルはアパッチの真下を通り過ぎていった。

「ちょっ――勝手に操縦奪わないで! パイロットは私よ!」

 ハルカが叫んだ直後、再び警報が鳴る。

 新たなミサイルが、アパッチ目がけて飛んできたのだ。

「ごめん! 後でちゃんと返すから!」

 サイクリック操縦桿を右へ倒す。

 アパッチは右へ横転(ロール)すると、捻り込むように機首を落とし込み、急降下。

 再度ミサイルを回避する。

 だが、安心はできない。

 機体を水平に戻したジェシーは、すぐに地上の様子を確認する。

 先程の射撃目標であった、装甲車の周囲。

 そこから離れた所に、小さなミサイル発射装置がある。

 操作していると思われる人の姿も見える。

 演習用の地対空ミサイル、スモーキーSAM(サム)だ。

 三度ミサイル警報。

 新たなミサイルが飛んできた。

 誘導装置はないただのロケットではあるが、白煙を噴いて飛んでくる様は戦場を演出するには充分な臨場感がある。

 ジェシーは素早くサイクリック操縦桿を引く。

 機首を上げて急減速したアパッチは、飛んできたミサイルを目の前でやり過ごす。

 そして、そのまま後退開始。

 さらに視界を確保するため、ゆっくりと機首を左方向へ回す。

 回りながらもしっかり進む方向が定まっているのは、さながら氷上を滑るカーリングのストーンのよう。

 機体をぐるりと回転させながら一方向へ進めるのは、エンジンで直接推進力を得ていないヘリコプターだからこそできる芸当だ。

 180度機首を方向転換させたアパッチは、進路を変えないまま前進する形に戻る。

「早く、離脱して!」

「わ、わかってる!」

 尚もミサイル攻撃は続く。

 追い込むかのように飛んでくるミサイルを、ジェシーは左右に切り返しながら回避する。

 もしミサイルに近接信管が備わっていたら、もう弾頭が炸裂して機体にダメージを負っているかもしれない。

「警報が鳴り止まない! いい加減に逃げてよっ!」

 ハルカの罵声が響く。

 そんな時だった。

『こんにゃろおおおおっ!』

 突如、別の少女の声が無線で入ってくる。

 直後、スモーキーSAMの陣地に、突如弾丸が降り注いだ。

 土煙に包まれる発射装置。

 攻撃される事など全く想定していなかったのか、操作員達は慌てて逃げ出している。

 その光景を見て、ジェシーもハルカも目を疑った。

「ちょっとジェシー、今の――!」

「まさか――」

 直後。

 1機の機影が、アパッチの真横を通り過ぎた。

 もう1機いた、別のアパッチだ。

『おい、よせ! 人を殺す気か!』

『ジェシーをいじめる奴は、許さないんだからああああっ!』

 相棒のものと思われる声に全く耳を貸さず、少女は声を荒らげている。

 それに応えるように、機首下の機関砲が火を噴く。

 全てを薙ぎ払うかのように、左から右へ弾丸を撒き散らす。

 アパッチが見下ろす正面の地上が、左から土煙に包まれていく。

 明らかに狙いを定めていない。まさに無差別攻撃。

 それを目の当たりにしたジェシーは、すぐに無線で呼びかけた。

「レネッ! 聞こえる! もうやめて!」

『お前らなんか■■■■っ! ■■■■っ!』

 だが相手は聞く耳を持たず、常人が口にするのも憚れるほど過激な言葉を猛獣のように叫び、機関砲を乱射し続ける。

 間もなくして、機関砲の射撃は止まった。

 砲身自体がすぐ旋回を止めなかったのを見ると、弾切れだろうか。

『まだまだ! ロケット弾があるんだからっ!』

 だが、今度は翼下に装備されらポッドから、ロケット弾が連続で放たれた。

 正面にばら撒かれたロケット弾は、次々と地面に突き刺さり、爆発していく。

『■■■■! ■■■■! ■■■■■ーっ!』

 炎に呑まれる平原。

 手当たり次第にロケット弾を撃ち込む様は、さながらスクリーンの中で町を破壊し暴れ回る怪獣のようである。

「レネッ! レネッ! うう、ダメだ……」

 ジェシーはあきらめてつぶやく。

 さも自分の事のように苦しそうな表情を浮かべ、額に手を当てながら顔をうつむけた。


 結局そのアパッチは、弾が切れるまで射撃を止める事はなかった。

 そして、射撃場を静寂が支配する。

 黒煙だけが、風に流されてゆっくりと消えていった。

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