セクション12:作戦名はパイプスモーク
オルルーンの艦載機パンテルが駐機されているサングリーズの飛行甲板で、チヌークの準備が整えられた。
位置はパンテルが駐機されている4番スポットの後方――5番スポットより少し後方にある専用のDスポットである。
タンデムローター機であるチヌークは、前後のスペースを大きく取らなければならないため、通常の着艦スポットではなく大きめの専用スポットを使うのである。
そんなチヌークの前に、フライトスーツを着たエリシア達4人が集まっていた。
「では、行きましょう。今回の作戦名は――」
「えっ、ちょっと待ってください先輩。作戦名なんてあるんですか?」
「もちろんです、フィリップ君。私が考えました。その作戦名は、『パイプスモーク』」
タバコのパイプを意味する言葉を聞いて、フィリップとルビーは首を傾げる。
「何ですかそれ? 変な名前ですね」
「いえいえ、とても由緒ある名前です。それは、チヌークがデビューした半世紀ほど前に遡ります」
「は、半世紀ほど前?」
エリシアの説明に、ますますわからないと首を傾げたままのルビー。
それをよそに、エリシアは得意げに人差し指を立てて説明を続ける。
「当時チヌークは、激戦が続くベトナムの地で、被弾して飛行不能に陥った航空機の回収任務に従事していたのです。その作戦名こそ、『パイプスモーク』でした。今の状況にぴったりだと思いませんか?」
「……」
どうです、と胸を張るエリシアではあるが、フィリップとルビーは沈黙してしまう。
「がーっはっはっは! 面白いじゃないか! ベトナムでの活動に肖るとは! よし、やろうじゃないか、『オペレーション・パイプスモーク』!」
好意的な反応をしたのは、レイだけ。
それを見て、フィリップとルビーは苦笑するしかない。
「……まあ、いっか。先輩らしいし」
「そうね。代案もないし、これでいきましょう」
「決定ですね」
フィリップとルビーの承諾を確認し、エリシアは宣言する。
「では、行きましょう!」
「はい!」
「了解だ!」
それを合図に、4人はチヌークへと乗り込んでいった。
チヌークのエンジンが始動し始めた。
飛行甲板に、甲高いタービン音が響き始める。
コックピットに座るエリシアは、計器盤のディスプレイでエンジンの回転数に異常がない事を確認する。
「いつも通りの調子ですね」
「いやー、こんな時に故障しなくてよかったですね。予備機ないですから」
各部のスイッチを操作しながら、フィリップが声をかける。
すると、やはりエリシアは得意げに語り始めた。
「チヌークは世界一のヘリですから。信頼性もピカイチです。たった1機だけでも充分活躍可能である事は、歴史も証明しています」
「え、そうなんですか?」
「こんなお話です。ある所に、1機のチヌークがいました。彼女は、遠い島で起きた戦いに向かうために、3機の仲間と共に輸送船に積まれて戦地にいる空母の所まで運ばれました。ですが彼女が空母へ向かうために離陸した直後、輸送船に敵の対艦ミサイルが直撃、輸送船は他の仲間達や予備パーツもろとも海の底へ沈んでしまったのです」
「あのー、先輩?」
フィリップが困った表情を浮かべたが、気分が高揚していたエリシアは、全く気にしていなかった。
「ですが。彼女はたった1機だけで島で起きた戦いを影ながら支え、戦いが終わるまで輸送任務を全うしたのです。その活躍ぶりを見た兵士達は、彼女が使っていたコールサインから、こう呼んだそうです――」
「先輩、積もる話は後で聞きますからチェック続けないと――!」
「――え? あ、そ、そうでした! こんな話をしている場合ではありません! すみませんフィリップ君! つい気分が――」
はっと我に返ったエリシアは、顔を真っ赤に染めてフィリップに謝罪する。
「いや、別にいいですよ。じゃあ、チェック続けましょうか」
「はい、どこからでしたっけ?」
苦笑するフィリップと共に、エリシアは機体のチェックを再開した。
やがて、チヌークのローターが回り始める。
2つのローターが歯車のように噛み合って互い違いに回転し、やがて規則正しい羽音のハーモニーを響かせ始める。
その後作業員達が、機体に繋がれたチェーンを外していく。
「おやっさん、忘れ物はありませんか?」
『問題ないぞ! 担架もしっかり積んである!』
「了解しました。フィリップ君、行きましょう」
機内にいるレイに確認を取るエリシア。
さあ、後は発艦するのみ。
手順は既に訓練済みなので、心配はない。
エリシアはフィリップと共に、正面に立つ誘導員に敬礼した。
そして、誘導員が両手を高く上げ、上昇の合図を送った。
「ブルーバード、発艦!」
エリシアがゆっくりとコレクティブレバーを引く。
回転する2つのローターが、僅かに上へとしなる。
その直後、機体が宙に浮かび上がった。
すぐさま機体を左に傾け旋回し、サングリーズから離れていく。
「ブルーバード、発艦完了!」
エリシアが宣言すると、そのままチヌークはサングリーズの後方へ、ゆったりと旋回していった。




