セクション09:トラブル発生!
飛行甲板上では、作業が続いていた。
マーリンとパンテルが、交互に貨物を吊り下げて運び込み、甲板上へと降ろす。
その貨物を、フォークリフトが忙しく艦内へ運んでいく。
だが艦橋の展望台にいるエリシアは、甲板上での作業には目もくれず、ひたすらヘリの動きだけを観察している。もちろん、カメラと無線機を用意して。
『マスター、今、何回目ですか……?』
『気にするな。燃料切れが近くなったら教えてやる』
手にしている無線機から、シエラとスコットの会話が聞こえてくる。
ちょうど空では、マーリンが何個目かわからない貨物を降ろし、サングリーズから離れた所だった。
がんばっていますね、シエラちゃんも。
エリシアは視線でマーリンを追いかけながら、そう思った。
エリシア自身も、何度マーリンがサングリーズとオルルーンを行き来したかカウントしていない。していてもきっと途中でやめていただろう。
航空輸送とは行ったり来たりの繰り返しだ。ましてや固定翼機より相対的に搭載量が少ないヘリでは必然的に往復の回数が増え、根気との勝負になる。
そんな任務をよくこなせていますねと、エリシアは感心していた。
何せ、乗っているシエラの輸送任務をちゃんと見るのは、今回が初めてなのだ。
「先輩」
ふと、背後から声がした。
そこには、黒いスチール缶を手にしたフィリップの姿があった。
「注文のコーヒーですよ。ちゃんと甘味入りです」
「ありがとう、フィリップ君」
エリシアは無線機をポケットにしまうと、缶コーヒーを受け取る。
注文通りの銘柄である事を確かめると、早速エリシアは缶を開けて一口飲んだ。
そんな時、フィリップがエリシアの隣にやってきて問いかけた。
「先輩、退屈しないんですか?」
「退屈って、何がですか?」
「ヘリが同じ所行ったり来たりするのを見るなんて」
「いえいえ、これは退屈という問題ではありません。後輩がしっかり輸送任務を完遂できるか見届けたいだけです」
「そっか、マーリンに乗ってる子って、先輩の後輩なんでしたよね」
フィリップも、オルルーンの後方へアプローチするマーリンを見上げた。
しばらくエリシアと共に観察すると、ふと思い立ったように再び問うた。
「何か、心配な事あるんですか?」
「ええ。シエラちゃんはああ見えて、中等部の時は実技の成績が一番悪かったんです」
「え、そうなんですか?」
「はい。ですから、いろいろと教えたものです。あの頃は操縦についてでしたけど」
シエラが駆るマーリンは、再び貨物を吊り下げるべくオルルーンの甲板付近に近づき始めていた。
置かれている貨物の量も相当減っており、後数回運べば空になるだろう。
「教えた甲斐あって無事に中等部の過程を終えられましたけど、やはりあれからどのように成長したか実際に見てみたくて。シエラちゃん、意外とパニックになりやすいですから――」
エリシアは再び無線機を手に取る。
だがその時聞こえてきたのは、不吉な甲高い警告音だった。
『マ、マスター、何の警報ですか!?』
『メインローターに異常!? 故障か!?』
『メ、メインローター!? あれ、回転数が――!?』
動揺し始めたシエラ達の声に、エリシアだけでなくフィリップも思わず無線機に耳を近づけていた。
どうやら、何かトラブルが起きたらしい。
見れば、オルルーン甲板上に浮かんでいるマーリンのローターの回転が、明らかに遅くなり始めていた。
ローターの回転はヘリの命綱だ。回転が落ちたという事は、その分浮かぶ力が落ちている事を意味する。
『落ち着け! 訓練通りに緊急事態の手順を踏むぞ!』
『き、緊急事態、手順……!?』
『しっかりしろ! 操縦してるのはシエラなんだぞ!』
『え、えっと、ええっと――』
頭が真っ白になってしまったのか、シエラの声は完全に動転している。
そうこうしている内に、マーリンの姿勢がふらつき始める。
明らかにまずい状態になっているのは、誰の目からも明らかだった。
『メ、異常発生! 異常発生! 異常発生! 姿勢が、姿勢が維持できませんっ!』
甲板上にいる作業員が、困惑している。
その場に留まるのが精一杯だったマーリンは、遂に重力に負けて甲板に引き寄せられ始める。
「シエラちゃん!」
墜落する。
エリシアは、声が届かないとわかっていても、思わず声を上げていた。
『緊急着艦!』
マーリンは、とっさに誰もいない甲板の前部に滑り込んだ。
叩きつけるように、乱暴な着艦。
慌てて退避した作業員や、置いてあった貨物を巻き込む事なく、しかも車輪が折れる事もなかった、奇跡的な着艦だった。
オルルーンから、緊急事態のサイレンが鳴り響く。
予期せぬ事態に、サングリーズでも艦橋や飛行甲板にいる作業員達がそわそわと騒ぎ出し始める。
その上空では、ちょうど新たな貨物を受け取りに来たパンテルが、行き場を失い路頭に迷っている。
『み、皆さん、無事ですか――マ、マスター!? その腕――』
『いいから、早くエンジンを切れ……!』
『私の、私の、せいで――!?』
『早くエンジンを切れって言ってるだろ!』
『は、はいっ!』
無線を聞く限り、どうやらスコットがケガをしたらしい。
どの程度のものなのかは推察する事ができないが、オルルーンに目を向けると救護員達が素早くマーリンの中に駆け寄ってきているのが見える。
「先輩、何か、大変じゃないですか……!?」
「そのようですね……!」
一大事の空気を感じ取った、エリシアとフィリップ。
当然ながら、垂直補給が中断となったのは、言うまでもない。




