セクション08:ホースを接続
「よーいしょ! よーいしょ!」
艦内に威勢のいい声が響く。
ジェシー達が手繰り寄せ続けていたガイドロープは、いつの間にやら銀色の固いロープへと変わっており、引っ張る力も相当に重くなっていた。
故に、全員で息を合わせ、綱引きのごとく引っ張っている。
「そーれ! 引っ張れーっ! 引っ張れーっ!」
傍から監督しているアンバーは、まるで運動会を観戦する親のごとく、ノリの良い声援を送っている。
酔い止めを飲んでいるせいなのか、とても調子がいい。
だが生憎ジェシー達には、そんな彼女に構える余裕などない。
頬を流れる汗が証明するように、かなりの体力を使ってしまっているのだ。
ジェシーも、華奢な体が証明するように、体力に自信がある訳ではない。
座り込みたい衝動を何とか抑えつつ、手が滑らないように気を付けてロープを引き続ける。
「こんな力仕事、女がする仕事じゃないわよっ!」
「都合の悪い時だけ、女の子ぶらないのっ! 暴れん坊なくせにっ!」
「何ですってっ!」
「少しはその暴れる力を、役立てろって、言いたいのっ!」
ロープを引っ張りながら、口喧嘩をするレネとハルカ。
そんな2人を、ジェシーがやはり手を動かしながらなだめる。
「2人共、そのくらいにして! あと、もう少しだから!」
引っ張っているロープの先にあるのは、更に巨大なホースが括り付けられていた。
ジェシー達がロープを引っ張る度に、オルルーン側から少しずつ引き寄せられる。
これこそ、本命である燃料を補給するためのホースである。
今までロープを引っ張っていたのは、全てはこのホースを引き寄せるため。
ガイドロープに、ホースを引き寄せるための銀色のロープを括り付け、人力で給油口の所まで引っ張るのである。
「さあ、もうひと踏ん張り! がんばれ若者! ファイトーッ!」
ホースが近づいてくる度に、アンバーのテンションが上がっていく。チアガールにでもなったつもりなのだろうか。
それはともかく、ホースがようやくサングリーズへと届いた。
そして、もうひとつ引っ張る。
すると、ホースの先がしっかりと給油口に接続された。
これでようやく、給油開始となる。
「や、やったあ……」
ジェシー達が、ようやく手を離す。
硬直した身をかがめつつ、肩で息をするレネとジェシー。
すると意外な事に、ハルカが床にばったりと仰向けに倒れた。
「終わったあ……」
両手両足で大の字を描き、大きく胸を上下させるハルカ。
その消耗ぶりは、レネと口喧嘩していたのが嘘のようである。
「ハルカ、大丈夫?」
「大丈夫、じゃない、わ……」
ジェシーが問いかけても、弱々しい返事しかしない。
恐らく、泳いだ事もあって体力に余裕がなかったのかもしれない。
そういう意味では、自分達は泳がなくて正解だったかな、とジェシーは思う。
そんな彼女に、アンバーがしゃがんで話しかける。
「お疲れ、ハルカちゃん。何か食べたいものある?」
「うーん、お、おにぎり……」
「おにぎり……? そんな郷土料理はちょっとないわねえ……」
「そう、でした……すみません……」
残念そうに、目を閉じるハルカ。
疲れた時のおにぎりって、おいしいんだけどなあ、ともうわ言のようにつぶやく。
アンバーは、さらにジェシーとレネにも聞く。
「ジェシー君達は?」
「いや、今は普通に水がいいです……レネもいいよね?」
「うん、のど乾いたし……」
じゃあ私も水でいいや、とハルカもつぶやく。
結局、リクエストは水という事になった。
「よし、じゃあ水持ってくるから少し待っててね―」
アンバーは軽やかな足取りで、その場を後にする。
それを見届けて、ジェシーとレネは床に座り込んだ。
改めて、外を見てみる。
オルルーンとサングリーズが、ホースで繋がって航行している。奥には、ゲイラヴォルの姿もある。恐らく、一緒に補給を受けているのだろう。
曰く、接続が終わってから給油開始には、しばらく時間がかかるという。
それもあって、給油作業が全て終わるまで数時間はかかるらしい。
ヘリの羽音も聞こえる。
オルルーン後部のヘリコプター甲板で、ヘリが垂直補給を行っているのだ。
「シエラもがんばっているかな……」
ジェシーが、ふとつぶやく。
すると、それにレネが口を挟んできた。
「シエラも大変よねえ、間を何度も何度も行ったり来たりしなきゃならないんだから。燃料がもったいないって思わない? 船と船繋げられるならヘリ使わなくたっていい気がするのに」
「ロープウェイみたいにして物資を運ぶ方法もあるにはあるわよ。ま、でもヘリ使った方が何かと便利って事でしょうね。船が隣り合う必要ないし」
ハルカが、レネの疑問に答える。
「でもそんなパシリみたいなフライト、あたし嫌」
レネが、そんな感想を漏らす。
「逆に言えば、それができる輸送ヘリのパイロットはすごいって事だよね。縁の下の力持ちって感じで」
だが、ジェシーの感想は正反対だった。
何せ、本来輸送ヘリのパイロット志望だったのだから。
ヘリの利点のひとつは、何と言ってもその垂直離着陸能力で物を運べる場所を選ばない事。
例え地上のインフラが麻痺してしまっても、ヘリならば輸送を行え、取り残された人々を救う事ができる。
そういう事ができる人こそ、ジェシーが本来目指していたもの。
ヘリの羽音ば響き続ける中、ジェシーは天井を見上げ、羨んで言葉を続ける。
「俺も、そんなパイロットになりたかったなあ……」




