セクション07:垂直補給
マーリンはサングリーズの左舷から離れていくと、そのままぐるりと旋回を続けサングリーズの後方へと回り込む。
左舷のサングリーズ、右舷のゲイラヴォルに挟まれる形で、洋上補給のため並走するオルルーンの姿がある。
その後部には、ほとんどの軍艦と同様のヘリコプター甲板。
だがそこに、艦載していたはずのパンテルの姿はなく、代わりに複数の大きな箱入り貨物が置かれていた。
「シエラ、あれがサングリーズへのお届け物だ。早速垂直補給、始めるぞ」
「はい!」
スコットの指示に、はっきりと返事をするシエラ。
「ロジャー、準備はいいか?」
『こっちもOKだぜ』
機内にいるロジャーにも、確認を取る。
「ではアプローチ、開始します!」
宣言したシエラの操縦によって、マーリンは車輪を下げ、ゆっくりとオルルーンのヘリコプター甲板へ進入を開始した。
今回シエラ達に与えられた任務。
それは、甲板に並べられた貨物を運んでサングリーズへ届ける事。
すなわち、垂直補給である。
各種燃料は補給艦から直接補給するが、それ以外の物資は、梱包してヘリコプターを利用し運ぶのである。
とは言っても、機内に積み込んで運ぶ訳ではない。
甲板には貨物がぎっしりと並べられており、そもそも着艦するスペースなどない。
その代わり、マーリンの腹からは1つのフックが顔を覗かせている。これを利用し、貨物を吊り下げる形で運ぶのである。垂直補給という名称は、この運び方に由来する。
シエラは、甲板にいる誘導員の誘導に従い、シエラはマーリンをオルルーンの甲板へとゆっくり近づけていく。
この時点では、軍艦への着艦と同じやり方なので、特に不安はない。
やがて、マーリンは甲板の上に到達すると、甲板上で速度を同調させ静止状態になる。
さて、問題はここから。
シエラは大きなずれが生じないよう調整しつつ、甲板を見下ろすが、甲板がどんな様子かを確認する事ができず、不安になる。
何せ作業は、シエラの視界には入らない、マーリンの真下で行われているのだ。
2人の作業員が、ペンダントと呼ばれる長い棒をマーリンのフックに繋げ、素早く離れる。
その様子を、開かれていた右側のドアからロジャーが見守っていた。
『繋がったぜ!』
「よしシエラ、上昇していいぞ」
「は、はい!」
甲板を見れば、作業員もハンドシグナルで上昇の合図を送っている。
シエラは、ゆっくりと左手のコレクティブレバーを引く。
ゆっくりと高度を上げ始めるマーリン。
すると、ペンダントによって繋がれた貨物数個が、甲板を離れマーリンによって持ち上げられた。
「っ!」
ぐっ、と機体に貨物の重みがかかる感覚が、レバーを介して伝わってきた。
重い。
上昇の力が鈍る。
姿勢が若干ふらつく。
まるで、大きく重い箱を両手で持った時のよう。
マーリンが吊り下げられる最大重量は、およそ5.4トン。
この貨物自体はそこまで重さがある訳ではないが、それでもここまで重さを感じるなんて。
レバーを握る手に、自然と力が入ってしまう。
「慎重に、慎重に……」
シエラは呪文のように繰り返しつぶやきながら、操縦を続ける。
高度を確保してから後退し、ゆっくりとオルルーンから離れていく。
これからこの状態のまま、サングリーズへ戻らなければならない。
機首を下げて前進に転じようとした瞬間、慣性で後方へ振られた貨物に機体が引っ張られそうになる。
うわわ、とシエラは一瞬戸惑ったが、何とか気持ちを落ち着かせる。
下手に大きく動けば、機体が吊り下げた貨物に振り回されてしまう。そうなれば、すぐ墜落に繋がってしまう。
トレーに乗せた料理を、ひっくり返さないように運ぶかのごとく、慎重に操作する。
やんわりと前進へ転換したマーリンは、そのままサングリーズを目指す。
サングリーズの飛行甲板後部には誘導員が待機しており、さらに受け取った貨物を運ぶためのフォークリフトが数台待機している。
ここに、貨物を降ろすのだ。
「大丈夫か、シエラ? 代わるか?」
「大丈夫、です……」
スコットの言葉に何とか返事はできたが、シエラにはあまり話す余裕がない。
貨物の様子を見張るロジャーに、海に落ちた貨物がないか確認してもらう事もできない。
気が付けば手が汗だくで、ちゃんと整った呼吸ができているかどうかも怪しい。
それでも、やり遂げなきゃ、最後まで。
そう心の中で言い聞かせながら、シエラはサングリーズへマーリンを向かわせる。
ゆっくりと飛行甲板の上に辿りつくマーリン。
今度はその上に、貨物を降ろさなければならない。
もちろん、乱暴に降ろせば貨物の中身が飛んでもない事になってしまうのは、容易に想像がつく。
恐らくエリシア達も見守っているだろうが、残念ながらシエラにそれを確認できる余裕などない。
誘導員の指示に従って、所定の位置に制止した後、ゆっくりと高度を下げる。
やはり慎重に、慎重に。
貨物が、ゆっくりと甲板へ降り立つ。
機体が貨物の重さから解き放たれた感触を、シエラも感じ取れた。
誘導員が、右手で真横に空を切るハンドシグナルを送った。
貨物を切り離せ、という意味だ。
「切り離せ!」
スコットが合図すると、フックからペンダントが外れた。
これで、お届けは完了。
後は誘導員のハンドシグナルに従い、飛行甲板から離れていく。
「はあ、できたあ……」
シエラは、なかなか大きく吐き出せなかった息を、ようやく吐けた。
とりあえずは無事に運ぶ事ができて、一安心だ。
『シエラちゃん、丁寧な運び方だったぜ』
「ありがとうございます、伍長さん……」
「まだ気を抜くなよ。燃料がなくなってバトンタッチするまで続けるんだからな」
「はい、マスター……」
だが、まだ気は抜けない。
これを全ての貨物を運び終えるまで、何度も繰り返さなければならないのだ。
こんな慎重な作業を延々と繰り返すと思うと、失敗なくできるのか不安になってくる。
責任は重大だ。ここで失敗して補給物資を台無しにしたら、多くの人に迷惑がかかる。
それでも、やらないと。先輩達だって応援してくれているのだから。
大丈夫、ちゃんとうまくできる。
見れば、サングリーズの甲板には、オルルーンの艦載ヘリであるパンテルが、やはり貨物を吊り下げて運んできている。
その間に、シエラは新たな貨物を運ぶべくマーリンをオルルーンへ引き返させたのだった。




