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セクション04:悔いが残らないように

「二度とスルーズの地を踏めないかもって――どういう事ですか?」

「だって、船で世界一周だぞ? 道中で何が起こるかわからないじゃないか。嵐に飲み込まれて、あっさり沈んじゃうかもしれないんだぞ?」

「嵐で沈むって……そんなやわな軍艦今はないですよ?」

「さあ、どうかな。不沈艦を名乗って沈んだ船なんて、この世にごまんといるからねえ……」

 レックスは、吸った電子タバコの煙を吐きながら、肩越しにジェシーに目を向ける。

「何にせよ、この船に何か遭ったら俺達船員は海に放り出される。その時、誰も犠牲者が出ないなんて言えるか?」

「それ、は……」

 目つきは鋭くないのに、妙に力を感じるレックスの目。

 それを前に、ジェシーは答えられない。

 100%犠牲者が出ないなんて、確実には言い切れない。

「それにあんたら、パイロット候補生だろ? 何かを間違えて墜落する事だってあるかもしれないじゃないか」

「……」

 ますますジェシーは何も言えなくなる。

 航空機に、命に関わる事故はつきものだ。

 ましてやヘリコプターは、固定翼機よりも墜落の危険が高い航空機である。だから用心して操縦しろと中等部で教えられた事を思い出す。

「そうじゃなくてもさ、テレビで殺人事件や交通事故で死人が出るニュースが流れない日はないだろ。人っていうのは誰だって、いつ死ぬかわからない生き物なんだよ」

 レックスが再び電子タバコを吸い、煙を吐く。

 その煙は、透き通った空の青に呑まれて消えていく。

 ジェシーにそれが、妙に空しく見えたのは気のせいだろうか。

「だからさ、せいぜい悔いが残らないように生きろって言いたいのさ」

 だが。

 続く言葉を、レックスは振り返りながら言った。

 心配するなと言わんばかりの、緩んだ表情で。

「俺なんてまだ20代だけどさ、後悔してる事はごまんとあるよ。若い内にやりたい事、やっておきたい事はどんどんやってかないとねえ、明日になって何か遭っても後悔しないようにさ」

 そう言って、電子タバコを懐へしまうレックス。

「レックスさん……」

 意外だったな、とジェシーは思った。

 昔は不良だったとセリカは言っていたが、実はいい人なんじゃないかな、と――

「……だからさ、セリカ」

 そんなレックスの視線が、不意にセリカに向く。

 一瞬、目を見開くセリカ。

「この後補給艦も来るしさ、今夜一緒に食事しよう?」

「喜んでお断りします」

 ストレートなレックスの誘いに、セリカは迷わずぷい、と顔を背けた。

「な、なんでだよ?」

「急に説教始めたと思ったら、そういう意図だったのね」

「いや、後悔したくないのは本当だって! だからさ――」

「後悔なら1人ですれば? あたし多分、あんたとご飯食べる事の方が後悔すると思う」

 腕を組んで、レックスに顔を向けようとしないセリカ。

 対するレックスは、ああもう、と面倒そうに頭を掻きむしっている。

「あ、あの……」

 急に話の方向が変わった事に、置いて行かれたジェシーは戸惑うしかない。

 どうやらレックスは、セリカを口説こうとしているようだ。

 もしかして自分は、それに利用されてしまったのだろうか、という疑惑が頭を過る。

「じゃ、用事思い出したから戻る」

 そんなジェシーをよそに、取ってつけたような理由を添えつつ、艦内へ戻っていくセリカ。

 レックスはおい、と呼びかけたが、彼女を呼び止めるには至らなかった。

 そして肩を大きく落とし、はあ、と深くため息をつく。

「……なあ。俺、どうしたらいい? 率直な意見求む」

 ふとレックスは、なぜかジェシーに意見を求めてきた。

 え、とジェシーは急な質問に戸惑ったものの、とっさに思いついた事を答えた。

「――た、多分、あきらめずに何回もやればいいと思います。そうすればきっと、思いは通じますよ」

「そうかあ、結局は試行回数かあ……面倒だなあ……」

 納得したのかしていないのかよくわからない感想をつぶやくレックス。

 とっさに自分の経験を語っただけだったジェシーは、うまく伝わったかなと不安になった。

『総員に告ぐ。間もなくレクリエーションを終了する。ただちに艦内へ戻れ』

 レクリエーション終了を告げる放送が流れたのは、ちょうどその時だった。

 その放送を聞き、レネはまどろみから目覚めたようにゆっくりと目を開けていた。


     * * *


 全ての船員を収容したサングリーズは、僚艦のゲイラヴォル共々航行を再開した。

 そんな2隻の正面には、もう1隻別の軍艦の姿がある。

 ゲイラヴォルより少し小さいほどの大型艦だが、戦闘に使う砲塔は見当たらない。代わりにあるのは、中央に2つそびえ立つクレーンのような装置。

「ジェシー、あれが今日来る補給艦?」

「そうみたいだね」

 飛行甲板の艦橋前部分にやってきて、その姿を見物するジェシーとレネ。

 その近くには、仲間達の姿もある。

「ほほー、番号はオルルーンのものだな」

 双眼鏡を覗き込みながら語るのは、レイだ。

「あ、艦載ヘリも見えました! やはりパンテルですねー」

「先輩、やっぱりヘリしか見てないんですか……」

 その隣でカメラを覗き込みながら語るのは、エリシアだ。その様子に、フィリップは少し苦笑している。

 この特異な装備を持つ軍艦は、戦闘を目的とした船ではない。

 しかし軍艦の長距離航海には、欠かせない存在。

 補給艦オルルーン。

 それが、この軍艦の名前である。

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