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セクション03:見張り

「みんな楽しそうだな……」

 ジェシーは、双眼鏡を片手に泳いでいる船員達をぼんやりと眺めつつ、つぶやいた。

 すぐ近くを通り過ぎて海へ飛び込む船員と異なり、水着を着ている訳でもなく、普段通りの制服姿。

「ああ、退屈だなあ……なんでこんな時に泳げないのよぉ……」

 隣には、同じく制服姿のレネもいる。

 面倒くさそうに柵に身を預け、双眼鏡で海を眺めている。

「しかもジェシーと一緒に泳げないなんて……もうっ」

「仕方がないよ、教官のミスだったんだから……」

 不満を表すように柵を強く蹴るレネを、ジェシーはそっとなだめる。

 2人が、泳がずに双眼鏡を覗き込んでいる理由。

 それは、少し前まで遡る――


     * * *


「ジェシーを泳がせられないって、どういう事なの教官!?」

 ばん、とレネが乱暴に机を叩く音が、空室のブリーフィングルームに響く。

「ごめんなさい、かんっぜんに私のミスだったわ……レクリエーションで泳ぐイベントがあるって事、すっかり忘れてたの……」

 その机にレネと向かい合う形で座るアンバーが、気だるそうに頬杖をつきつつ説明した。

「だからジェシー君の水着の事、全然考えてなかった……普通に海パンで泳がせたら、ジェシー君は男ですってバレちゃうでしょ……?」

「あ……」

 はっと気付くレネ。

 そして、隣のジェシーは苦笑するしかない。

「かと言ってうまく水着を用意できたとしても、何かの拍子で男だってバレる可能性はゼロじゃない……つまり、ジェシー君は泳がない方が身のため――いえ、チームのため、サングリーズのためなのよ」

「うー……じゃあ、泳ぐなら1人で泳げって事?」

「そういう訳にもいかない。何か遭ったら誰も止められないし。よって――」

 アンバーはそう言うと、露骨に面倒くさそうな手付きで2つの双眼鏡をテーブルに置く。

「レネちゃんにはジェシー君と一緒に、見張りをお願いするわ」

「えー、見張り!? 一体何を見張るのよ!?」

「みんな沖のど真ん中で泳ぐ訳だから、サメが寄ってくるかもしれないでしょ。そのために、泳いでる人の近くでサメみたいな影がいないか見張ってもらうの。結構重要よ、この仕事」

 ゆったりと席を立ったアンバーは、もう用はないとばかりにブリーフィングルームを出ていく。明らかに苦しそうな、おぼつかない足取りで。

「じゃ、そんな訳でよろしく……うええ……」

 そして、手をひらひらと振りながら、ドアを開けて去っていく。

「ちょっとーっ! ジェシーの水着ならこれから用意すればいいでしょーっ! ジェシーと一緒に泳がせてよーっ!」

「レネ、落ち着いて! 俺は大丈夫だから!」

 怒鳴りながら追いかけようとするレネを、ジェシーは必死で止めた。

 船酔い状態のアンバーと交渉しようとしても、うまく行かない事は容易に想像がついたから。


 そしてこの後、友人達に事情を説明して残念がられたのは言うまでもない。

 事情を察したハルカがうまくフォローしてくれたとはいえ、ジェシーは申し訳ない気持ちになった。


     * * *


「でもやっぱり、泳ぎたかったかな……レネと一緒に……」

 ジェシーは、楽しそうに泳ぐ友人達を見て、つぶやいた。

 それを聞いたレネの反応は早かった。目を輝かせて、すぐに食らいついてくる。

「ジェシーもそう思う? じゃ、こんな所から抜け出して、泳ぎに行きましょ!」

「いや、それはダメだよ。見つかったら怒られる」

「えー、でも――」

「それに、ちゃんと準備しなきゃダメだし、また次の機会にしよう」

 ジェシーは、不満そうなレネの頭をそっと撫でてなだめる。

 だがレネは、不服そうにその手を掴み、自ら頬へと持っていく。

「じゃあ、充電くらい、させてぇ……んん……」

 レネは自らジェシーの掌の暖かさに溺れ、表情をとろけさせていく。

 ちょっと、とジェシーは注意したものの、手を離す事ができない。

 レネが物理的に離してくれない事もあるが、何よりレネの表情のかわいさでどうしても離す気が起きなくなってしまう故に。こういう所はどうしても憎めない。

「そうやって怪獣さんを飼い慣らしてたのね」

 と。

 不意に背後から別の声がして、ジェシーは振り返る。

 そこにいたのは、左腕の袖を海風でなびかせる、1人の女性。

 ジェシーのレネの様子を見て、暖かく微笑んでいる。

「セリカさん」

「みんなと一緒に泳がないの?」

「あ、いえ、ちょっと見張りを頼まれていて――うっ!」

 女性――セリカに説明しようとした直後、手に痛みが走る。

 レネが、ジェシーの手を甘噛みしたのだ。

「はむ……んん、じぇしぃ……」

「ちょ、ちょっとレネ……」

「ねえ、大丈夫? 噛まれてるんじゃない?」

「へ、平気です、レネの愛情表現ですから……」

 ジェシーは苦笑するしかない。

 こんな事をしていたらさぼっていると思われそうだが、レネはジェシーの手をしっかり掴んで離さず、じっくり味わうように指をしゃぶり続けている。

 変に手を出すべきじゃなかったかな、と少しだけ後悔する。

「へー、随分ラブラブなんだなー」

 と。

 今度は見知らぬ男の声がした。

 真っ先に反応したのは、セリカだった。

 見れば、彼女の隣にいつの間にかもう1人、男が立っていた。

 年齢は、セリカと同じくらいだろうか。眼鏡をかけており、その表情はなぜか眠そうでやる気を感じさせない。

「レックス」

「セリカ、こいつらが前言ってた怪獣と怪獣使い?」

「そうよ。ジェシーに、レネ」

 セリカは、レックスと呼んだその男に、ジェシーとレネを紹介する。

 誰だろう、知り合いみたいだけど、とジェシーが思っていると、それを察してセリカが紹介する。

「ああ、この人はレックス。あたしの腐れ縁」

「腐れ縁って何だよ、ひどい言い方だな……まあ、よろしく」

 レックスはそう挨拶すると、懐から何やら紫の棒型機械を取り出した。

 そしてそれを、おもむろに口にくわえようとする。

 すると、セリカが露骨に顔をしかめた。

「あ、またタバコ吸うの?」

「タバコじゃない。電子タバコだよ。あんたが嫌い嫌いって言うから変えたんじゃないか」

「それでもタバコには変わりないじゃないの。本気で禁煙する気あるの?」

「ニコチン入ってないって前から言ってるだろ? あー、もうめんどくさ……」

 レックスはセリカやジェシーに背を向けて、紫の棒型機械――電子タバコを口にくわえた。

 人差し指でスイッチを押しながら普通のタバコと同じように吸い、ふう、と白い煙を吐く。

 若く見えるのに喫煙なんて珍しいな、とジェシーは思った。ジェシーにとって、タバコは年寄りが吸うイメージしかなかったのだ。故に、電子タバコというものも初めて見た。

「ごめんね。レックス、見ての通りヘビースモーカーなの。何でも、昔は不良だったみたいでね……」

 セリカが苦笑して謝った途端、げほっげほっ、と咳き込むレックス。

 まるで、彼女の発言に動揺してしまったように。

「そんな訳だから、受動喫煙には気を付けてね」

「あ、はい……それよりセリカさんは、泳がないんですか?」

 そんなレックスを気にせず話すセリカに、ジェシーは素朴に思った事を口にした。

「え? あたしが泳がない理由?」

「そんなの、片腕がない女の水着姿なんて、誰得って話だよ」

 驚くセリカをよそに、レックスが代わりに答える。

 む、と顔をしかめて振り返り、反論するセリカ。

「ちょ、失礼ね!」

「事実を言っただけだよ。あーあ、セリカも左腕さえ残ってれば完璧な美人なのにな……」

「うっさい。そっちこそ、タバコさえ吸ってなければ少しはマシな男なのにー!」

「……うるせー」

 レックスは、セリカに背を向けたまま、電子タバコを吸い続ける。

 無駄だとわかったのか、ふん、と顔を戻してしまうセリカ。

 何なんだろう、この2人。

 仲が悪いように見えるけど、何だか心の底から憎み合っているように見えない。

 ジェシーは、率直に思った。

 一方レネは、そんな一同の事もどこ吹く風とばかりに、ジェシーの手に頬を摺り寄せる猫と化していた。

「……なあ、ジェシーだっけ?」

 ふと。

 レックスが、背を向けたままジェシーに声をかけてきた。

「え、何ですか?」

「そいつの事、大事にしてやれよ」

「え……!?」

 ジェシーは、目を白黒させた。

 この人は、いきなり何を言い出すんだと。

 セリカも同じ事を思ったようで、少し驚いている様子だった。

「そうしてられるのも、今の内かもしれないからな」

「い、今の内って……?」

 ますます言葉の意図がわからなくなるジェシー。

 追いつかない彼の思考をよそに、レックスは語りかける。

「もしかしたら俺達、二度とスルーズの地を踏めないかもしれないんだぞ?」

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