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セクション02:泳いでレクリエーション

 日がようやく高くなり始めた頃、停止したサングリーズのウェルドックが開放された。

 とは言っても、これから上陸用の舟艇が出撃する訳ではない。

 空いたウェルドックから姿を現したのは、思い思いの水着を着た船員達だった。

 彼らはまるでここが砂浜であるかのように、海へ次々と飛び込んでいく。

「よーし、一番乗りっ!」

 その中に混じって、真っ先にハルカが海へと飛び込む。

「ロメアもいっきまーす!」

「あっ、待ってー!」

 さらに、ロメアとシエラが続く。

 ダークブルーのスクール水着を着ている3人は、揃って海中へと姿を消すと、すぐさま気持ちよさそうに海面から顔を出した。

「うーん、水があったかーい! やっとマカロネシア辺りに来たって感じがするねー!」

「ほんと、何だか南国の海って感じ!」

「こんな海は泳がなきゃ損ね! さ、ロメア、シエラ、行くわよっ!」

 他愛のない会話をしながら、彼女達は他の船員達共々思い思いにスイミングを楽しんでいる。

 今、停止したサングリーズの後方は、ちょっとした水泳場と化していた。

「うーん……」

 だがその中で、エリシアだけは海面を見つめたまま飛び込もうとしない。

「あの、どうしたんですか先輩? 泳がないんですか? そこに立ってるだけだと、何というか――モデルみたいですよ?」

 そんな彼女に声をかけたのは、フィリップだった。

 単に海パンを着ているだけでなく、水中眼鏡にシュノーケルというダイビングでもするかのような格好をしている。

 どこか目のやりどころに困っているように泳ぐ視線は、エリシアのすらりと細く、それでいて女性らしく丸みを帯びた優美なスタイルのせいだろうか。

「いえ……ここって、深さ何百メートルもある沖合でしょう? 足着く場所ないですし、サメがいるかもしれないじゃないですか。そう思うと、泳ぐのが少し不安になっちゃいまして……」

 エリシアは苦笑する。

「あー、大丈夫ですよ。ちゃんと見張りもいますから。それに、こういう所だからこそ、何か面白いものが見れそうじゃないですか」

「まあ、そうですけど……」

「じゃあ、僕が泳いで大丈夫だって事を証明して見せますよ」

 そう言うと、フィリップは先に海へと飛び込んだ。

 そして、海面に顔を出すと危なげなく泳いで見せる。

 デモンストレーションのつもりだろうが、それを見てもエリシアの表情は変わらない。

「エスコートしてくれる訳じゃ、ないんですね……」

 どこか残念そうにつぶやくエリシアの視線の先には、手を引っ張られながら泳ぐ王子シーザーとパートナー・リューリの姿が。

「ほら、全然怖くないだろ?」

「でも、手放したくないですシーザー様っ!」

「全く、しょうがない奴だな」

 演説の時とは全く別の優しい様子で、リューリを導くシーザー。

 そんな様子を見て、ふう、とため息をついたエリシアがふと横に目を向けると、水着姿のままその場で腕立て伏せをしているルビーの存在に気付く。

 泳ぐ場所にも関わらず筋トレをしているのは、少々場違いな感じが否めない。

 通りすがる船員の視線が集まるのは、決してその引き締まっていながらも凹凸がはっきりした体型に目を奪われるだけではないはずだ。

 ふと、顔を上げたルビーと目が合うエリシア。

 ルビーは体を起こす事もせず、

「泳がないんですか、先輩?」

 と、問いかけた。

「そっちこそ泳がないのですか、ルビーちゃん……?」

 エリシアは、自然とそう問い返していた。

 そんな時だった。どぼん、と大きく飛び込む音が響いたのは。

 海面に飛び込む者は、ウェルドック以外にもいたのだ。

「いやっほうっ!」

 海パン姿のスコットは海軍旗がなびく艦尾の甲板側面から勢いよく飛び込んだ。

 姿勢を真っ直ぐ垂直に保ち、海面へと落ちる。

 間もなくして、スコットは海面から顔を出し、ふうーっ、と爽快な息を吐いた。

「うわあ、あんな高さから飛び込めるなんて……すごいですマスター! かっこいいです!」

 近くにいたシエラは、それを見て思わず拍手していた。

 何せ、10メートルを超える高さからの飛び込みである。この高さになると、常人が恐怖するのはもちろん、飛び込み方を間違えれば骨折してしまいかねない。

 それを、スコットは平然とやってのけたのだ。

「お、おう、普段鍛えた甲斐があったって奴だな。シエラもやってみるか?」

「え、いや、私は……」

「そうだな。シエラは真似しない方がいいな。変な事やって骨折なんてオレもさせたくない。すまん、忘れてくれ」

 スコットは少し戸惑い気味な様子でシエラに背を向け、ウェルドックへと戻っていく。

 その近くでは、俺もあそこから飛び込むぞ、俺も俺も、と便乗しようとする陸戦隊員がいたのだが。

 シエラは、しばしスコットの後姿をぽかんと見つめていたが、

「ひゃっ!?」

 突如海中から何かに引きずり込まれるように、海中へ姿を消してしまった。

 そんなシエラの様子に気付く事なく、ウェルドックに上がろうと手をかけるスコット。

 そこへ、

「マスターッ!」

 不意に姿を現したシエラが、スコットの広くがっしりした背中に抱き着いてきた。

「っ!? シエラ!?」

 背中に柔らかな胸元を押し当てられて動揺するスコットをよそに、シエラはどこか誘うように話しかけた。

「気が変わっちゃいました。あの飛び込み、一緒にやらせてくださいっ!」

「え!? いや、いいのか? 結構危険だぞ?」

「こーんな惚れ惚れしちゃう素敵な体をお持ちのマスターがお側にいれば、怖いものなんてありませんよー」

「……!?」

 露骨に褒められて、ますます動揺の顔色を濃くしていくスコット。

 周囲の視線が集まっても、シエラは離れる気配がない。全く気にしていない様子だ。

 そして遂には、抱き着いたままスコットの正面に回り込んでしまう。

「お、おいシエラ、何か変だぞ? 密着しすぎだって……!」

「え? もしかしてマスター、私の体にドキドキしちゃってます?」

 充分すぎるほどたわわに発育した体を武器に、明らかに挑発しているシエラ――であったが。

「ロメア、悪ふざけはやめなさい」

 不意にウェルドックから顔を覗き込んだルビーが、首を突っ込んできた。

 ロメア、と聞いてスコットが我に返る。

「え、悪ふざけ? 何の事かなルビーちゃん――」

 シエラはぎく、と一瞬肩を震わせ、ルビーから露骨に目を逸らす。

 その直後。

「マ、マスタァー、どこですかぁー、眼鏡が、眼鏡が……」

 不意に、離れた所からシエラの悲痛な呼び声がした。

 見れば、眼鏡をかけていないもう1人のシエラが、海から顔を出してぎこちない速さで泳いでくる。

 それを見たスコットは、確信して目の前のシエラをにらみつける。

「あ! お前さては――!」

「い、いや、あっちがロメアですって! 私を騙そうとしてるんですよ!」

「騙そうとしてるのはそっちでしょ、ロメア!」

 とっさにスコットから離れたシエラ――いや、ロメアであったが、ルビーに手を掴まれてしまう。

 そして、ルビーの手がかけている眼鏡に伸びる。

「やめてよルビーッ! 少しは夢を見させてよっ!」

「なら人様に迷惑かけない方法でやりなさい、よっ!」

 だが、眼鏡を取ったまではいいものの、ロメアが抵抗してルビーの腕を掴み、取らせようとしない。

 艦上と水上の間で繰り広げられる、しばしの攻防戦は、どちらかが力を入れすぎたのか、眼鏡を海へ放り投げてしまうという形で終わりを告げた。

「あっ!?」

 ロメアとルビーの声が重なる。

「おい、何やってんだよ! 人の眼鏡なくしたら大変だぞ!」

「そ、そんな事言われても――」

 スコットに注意されるも、ロメアは戸惑うしかない。

 波で揺らめく海面に落ちた眼鏡の姿は、どこにも見当たらない。ましてや色も目立たないものなので、もはや探し出すのは不可能な状態だった。

「もう、沈んじゃった、かな……?」

 取り返しのつかない事をしてしまったかのように、ロメアが呆然とつぶやく。

 そんな時。

「シエラちゃん、眼鏡、落としてましたよ」

 たまたま近くを泳いでいたスキンヘッドの准尉が、落とした眼鏡をちゃっかりシエラに渡していた。

「って、あれ? シエラちゃんが、2人……?」

 だが彼は、ロメアの存在にも気付き、目を白黒させていたのだった。


 長期間の航海をする軍艦では、暖かい海に来ると船から飛び込んで泳ぐレクリエーションをする習慣がある。

 特に強襲揚陸艦には、ウェルドックという上陸作戦用の設備を持っている関係で、このレクリエーションがやりやすい。

 船内の限られた空間の中での生活を強いられる船員達にとって、このレクリエーションは航海中開放的な気分に浸れる貴重な時間だ。

 故に彼らは、気分転換やストレス発散とばかりに、思い思いの水泳を楽しんでいるのだ。

 だがその中に、ジェシーやレネの姿はない。

 2人は何をしているのかと言うと――

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