セクション01:ロメアとルビー、来訪
・前回までのあらすじ
遂にサングリーズが出港した。
慣れない艦上での生活に一騒動起こす事こそあったものの、最初の一日が過ぎていく。
そんな中、ジェシーは軍人らしからぬ風貌をした謎の男と出会う。
「お前は、戦場でどう撃たれたい?」
謎の問いを投げかけた彼は、さらにジェシーに忠告する。
レネは、世界を敵に回しかねない危険人物であると。
手を切らないと、手を噛まれるくらいじゃ済まなくなると。
だがジェシーのレネへの思いは、レネの側にいたいという思いは、揺らぐ事がなかった――
サングリーズがセネットを出港してから、数日経ったある日。
この日の早朝、まだ日が出て間もない頃、サングリーズの甲板に空からの来客があった。
ジェシー達は、その来客を出迎えるべく甲板に上がっていた。
既に空からは、ヘリの飛行音が聞こえ始めている。
「あっ、来ましたよ! SHマーリンです!」
カメラのファインダーを覗き込んでいたエリシアが、声を上げた。
朝の日差しを浴びながら、後方から甲板へ進入してくる、1機のマーリン。
ただし、外見はサングリーズにいるマーリンと少し異なる。
そもそもブームには、『NAVY』としか書かれていない。
このマーリンは、サングリーズで使用されているものとはタイプが異なるのだ。
「ローターを含む全長22.83メートル、全高6.6メートル、空虚重量10.5トン……CHマーリンとスペックは変わらないのに形ではっきり用途がわかるのって本当に面白いですよねー」
そうつぶやくエリシアは、やや興奮気味だ。
誘導員の指示に従いつつ、飛行甲板の上にやってきたマーリンは、SH-101と呼ばれる海軍向けの対潜任務型だ。対して海軍陸戦隊の輸送型はCH-101と呼ばれ、それぞれSHマーリン、CHマーリンと通称されている。
SHマーリンはやかましく羽音を響かせながら、甲板の4番スポットに危なげなくふわりと着艦。
作業員によってチェーンで機体を甲板に固定されてから、エンジンが止まる。
甲板が静けさを取り戻し、ローターの回転が鈍っていく中で、レネが素朴な疑問を口にした。
「ねえ、SHマーリンってサングリーズに降りる訓練する意味あるのかな? 揚陸艦に対潜ヘリがいるなら最初から積んでると思うし」
「サングリーズもSHマーリンを積む事は想定されているよ、レネ」
それに答えたのは、シエラだった。
「サングリーズは揚陸艦任務だけじゃなくて、制海艦任務もできるから」
「せい、かい、かん……?」
「すっごくわかりやすく言うと、空母」
それを聞いて、ああ、とレネは納得した。
「そっか、サングリーズは空母にもなるんだった」
サングリーズは分類こそ強襲揚陸艦だが、揚陸戦力を積まず航空戦力のみに装備を特化すれば立派な軽空母となる。そうすれば、対潜水艦用のヘリコプターを積む余裕も生まれるのだ。
サングリーズを空母と見る見方があるのも、こういった運用法があるからかもしれない。
「あっ、降りてきた」
そんな時だった。
ジェシーが、SHマーリンのクルーが降りてきたのに気付いたのは。
ヘルメットを被ったまま、バッグを片手に機内から現れたのは、ジェシー達の見知った顔だった。
「改めてみると、サングリーズって広いわね……」
「そりゃスルーズ史上最大の軍艦だもん、当然だよ!」
シエラと瓜二つな少女と、褐色肌の少女。
ロメアとルビーである。
2人は随伴艦のゲイラヴォルから、マーリンに乗ってやってきたのだ。
そんな2人に、ジェシーは歩み寄って出迎える。
「お疲れ、2人共」
「それと、ようこそって所でしょうかね。はい、チーズ!」
カメラを構えたエリシアにも動じる事なく、笑顔を作るロメアとルビー。
ぱっとフラッシュが光る。
2人の笑顔は、マーリンを背景としてしっかりと写真に納まった。
「そんな訳でどうも。お邪魔しまーす」
「それなら艦長とかに言うべきじゃないの?」
他愛もない会話を交わすロメアとルビーが、サングリーズにやってくる事を楽しみしていたのは、明らかだった。
いくらSNSでやり取りができるとは言っても、直接会える事が楽しい事に変わりはない。
「ねえねえ、またみんなで女子会やらない?」
「あ、それいい! サングリーズなら設備もゲイラヴォルよりいいのありそうだし!」
「見学の合間に時間ができたら、悪くないかもね」
レネの提案に2人共乗り気なのが、何よりの証拠だ。
「それじゃ、早速――」
すると。
不意にバッグを置いたロメアの視線が、シエラに向く。
ぎく、と嫌な予感を感じて僅かに身を引いたシエラ。
その予感通りに、ロメアは素早くシエラの眼鏡に手を伸ばし、
「いただきっ!」
あっさりと奪い取って、一目散に逃げ出す。
「あっ、こらーっ!」
慌てて追いかけるシエラと、奪った眼鏡を得意げにかけるロメア。
たちまち、2人の追いかけっこが始まった。
「よーし、今日はシエラになり切っちゃうぞー!」
「もーっ、油断したらすぐいたずらするんだからーっ!」
2人はまるで犬のようにぐるぐると回りながら駆けていく。
すぐ近くを通り過ぎて困惑する作業員など、お構いなしだ。
ロメアはフライトスーツ、シエラは制服なので辛うじて区別はつくが、あまりにぐるぐる回っているので、ずっと見ているとどちらがロメアかシエラかわからなくなりそうである。
そんな2人を見て、ジェシー達はただ苦笑するしかない。
「もう、何やってるのロメア……ここで体力使っちゃったらこの後泳げなくなるわよ?」
ルビーが、呆れた様子でつぶやき、2人の元へ歩いていく。
泳ぎ、か。
ジェシーは、その言葉からある事を思い出す。
「泳げなくなる……そうだ! 今日は泳げる日だった! ねえジェシー、戻ったらすぐ水着準備しよ!」
思い出したのはレネも同じだったようで、すぐ赤い目を輝かせてジェシーに問う。
だがジェシーは、心底レネに悪いと思いながら答えた。
「いや、その事なんだけど――」




