インフライト2
空共々夕焼けに染まった海原。
その中心で、ぽつり1機だけホバリングしている1機のヘリコプターがいた。
マーリンだ。
しかし、その尾部の形状はサングリーズに搭載されているものと若干異なっている。
するとその胴体の真下から、何やら筒形の機械が姿を現す。
1本のワイヤーで吊り下げられているそれは、ゆっくりと白い波紋が広がる海面へと下ろされ、やがて海中へと姿を消していく。
それはまるで、釣り竿の先端に付けられたルアーのようでもあった。
『ディッピングソナー作動開始』
ヘルメットのインカムで友人ルビーの声を聞いて、コックピットにいるロメアはだらしなく座席に背を預ける。
「ああー、何か釣りって退屈するなあ……」
「何を言います、ロメアさん。釣りというのは、待つ事こそが醍醐味のひとつなんですよ」
その左隣。
副パイロット席に座るやや老けた顔の男が、穏やかな声で言った。
「穏やかな景色を眺め、風を全身で浴びながら、かかるのをじっと待つ……」
「あの大尉、ここコックピットですよ? 風なんて感じられないじゃないですし、周りはなーんにもない海じゃないですか」
そんな彼に、ロメアは不満そうに反論する。
「こんな退屈な景色眺め続けて、なーんにもかからなかったら傷付かないですか?」
「まあ、そういう時もありますが、釣りというのはそういうものですよ。まあ、これはかからないと大変な事になってしまうものではありますけどね」
だが、男は感情的になる事もなく、のほほんとした様子で答えた。
それを聞いたロメアは、ますます不満の色を強くし、うー、と顔をうつむける。
「ああもう、庭で椅子揺らしながらお茶飲んでるおじいさんみたいな事言っちゃって……今頃シエラはあのイケメンマスターといちゃいちゃしてるんだろうなあ……ああー、もうやだこんなオッサンとのフライトー! 早くサングリーズに行きたーい!」
遂には、この空気に耐えられないとばかりに天井を見上げて駄々をこね始めてしまう。
『うるさいぞロメア! 機内で騒ぐな!』
「……はい」
だが、すぐインカム越しに別の男から注意され、ロメアはうなだれて再びうつむいた。
そんなロメアの態度を見ても、大尉と呼ばれた男の態度は変わる事がなかった。
『大尉、少しは注意してくださいよ』
「まあまあ、機内は賑やかな方がちょうどいいじゃないですか。ソナーも人の耳頼りな時代じゃありません。それに我々はオッサン呼ばわりされても文句は言えませんからね」
『それは、そうですが……』
2人の男のやり取りなどどこ吹く風、ロメアはうつむいたまま力なく嘆き続ける。
「ああもうやだもうやだ、サングリーズ行きたいぃ……あのウェルドックから海に飛び込んで泳ぎたいよお……イケメンと一緒に……」
そんな時だった。
『皆さん、ソナーに反応を探知! 解析結果は潜水艦!』
突如として、ルビーの真剣な声がインカム越しに入ってくる。
それで、場の空気は一瞬で引き締まった。
会話は一瞬で止まり、ロメアも反射的に顔を上げる。
「えっ、もう来たの!?」
「どうやらかかったみたいですね……ロメアさん、状況開始です!」
「は、はいっ! 状況開始!」
軍人は切り替えが早くなければならない。いざとなれば嘆いている暇などない。
ロメアは少し慌てた様子で、学んだ通りの計器操作を始める。
彼女達の釣り――対潜水艦戦闘訓練は、まだ始まったばかりであった。




