セクション25:隻腕でも歩兵でいる訳
「……セリカさん。無礼を承知で聞きます」
ジェシーは、尚も痛みで歪めるセリカの顔を見つめながら、問うた。
答えてくれるかな、と少し不安になりつつも。
「左腕がないのに、軍隊に入れたんですか?」
「そんな訳、ないでしょ……? 左腕がなくなったのは、軍に入った後。軍の訓練とは、関係ない事故で、ね……」
意外にも、セリカは答えてくれた。
ジェシーは、さらに問う。
「それなら、後方部隊とかへ配置換えにならなかったんですか?」
「……どうしてそんな事聞くの?」
逆に、問い返される。
ジェシーは少し迷ったが、答える事にんする。
「片腕をなくしても歩兵で居続けるなんて話、聞いた事なくて――だって、ライフル銃もろくに持てないじゃないですか」
「そうね……確かにそうよ。片手で銃を撃つ事はできても、弾のリロードはできないもの」
セリカは、天井を見上げて答える。
まるで、以前は普通にできていた事を悔いるかのように。
だが、すぐに視線をジェシーに戻し、再度問う。
「で、だから何だって言いたいの? 隻腕の女に歩兵は務まらない、とか?」
「い、いえ、そういう訳では――」
「遠慮しないで言って。あたし、本音が知りたいから」
躊躇うジェシーだが、セリカは怒る様子もなく促してくる。
ジェシーの思いに悪意がない事を、既に見抜いているかのように。
ジェシーはうつむきながらも、思った事をそのまま語る。
「その、もっと自分を大切にした方がいいと思いまして――片腕でも歩兵を続けるなんて、セリカさんには、似合わないと思います。それよりも、片腕をなくしただけで済んだなら、助かった命を無駄にしないように大切に生きるべきかと――」
言い終わってから、ジェシーは恐る恐る顔を上げる。
意外にも、セリカの表情は変わっていなかった。
「……そう言われても、仕方ないよね」
そして、再び天井を見上げていた。
「障害者になったなら、障害者らしくおとなしく生きろって、みんなよく言う……けどそれって、何か違う気がするんだよね。障害者でも、スポーツしたい人はスポーツしてるんだし」
セリカの言う事も、一理ある。
障害があるとなかろうと、どう生きるかを決めるのは彼ら自身だ。
ジェシーも、それを否定するつもりはない。
障害者スポーツをする人間を、無茶だからやめろなんて言うつもりもない。
だが、やはりわからない――
「でも、歩兵なんですよ? もしかしたら、死ぬかもしれないじゃないですか? セリカさんは、望んで歩兵を続けてるんですか?」
「もちろん」
「それは、なぜです?」
「そう来るか……変な話かもしれないけど、あたしの夢は一言で言えば――」
セリカは顔を降ろす。
どう言おうか考えているのか、少し間を置いた後、ジェシーに顔を向けて答えた。
「世界の危機を救う、って所だから」
世界に危機を救う?
それはどういう事なのかと、ジェシーが疑問を抱く一方で。
「おー、世界の危機を救うって、かっこいいじゃない!」
レネは感心した様子で声を上げ、セリカもでしょ、と笑みを見せる。
直後、艦橋のドアが急に開いた。
「あ、いた。おーい、セリカ軍曹ー」
やる気がなさそうな男の声がする。
セリカが反応して顔を向ける。
そこには、眼鏡をかけた男の歩兵がいた。年齢はセリカと同じくらいだろうか。
「あんたの番が回ってきたぞー」
「あ、もうこんな時間か。ごめん。あたしもう行かないと。積もる話はまた後でしましょ」
どうやらセリカも、射撃の訓練に参加していたらしい。
そう挨拶してから、彼女は足早に甲板へ出ていく。
床に落ちたHLMの事を、忘れたまま。
「あ、ちょっと! これ忘れてますよ!」
それに気付いたジェシーは、拾って慌てて呼びかける。
あ、と忘れ物に気付いたセリカは、慌ててジェシーの前に戻り、ありがとう、とHLMを受け取ってから、今度こそ甲板へ去っていく。
ジェシーはなぜか、その後を追って甲板に出ていた。
「またファントム何とかにやられてたのか?」
「まあね。今は収まってきたから大丈夫」
「あーあ、ほんと損してるよね、あんたは。左腕さえあれば見た目は完璧なのに……」
「うっさい」
眼鏡の男とそんなやり取りをしながら、セリカは的が並べられている甲板後部へ向かう。
的の前に立つと、普通の歩兵と変わらぬ手付きで本物のピストルを用意する。
遠目から見ていても、ジェシーにはそれが信じられなかった。
「片腕だけになっても世界の危機を救いたいなんて、やっぱりかっこいいよねー、ジェシー?」
同じく眺めていたレネがそんな事を問うたが。
「そこまでして、やりたい事なのかな、軍隊で……」
ジェシーは、自然とそんな疑問を口にしていた。
人助けがしたいなら、どうして消防に行かなかったのか、と前に言われたせいか。
世界の人を助けたいなら他にも選択肢があるはずなのに、と思わずにはいられなかった。
セリカがピストルを構える。
風で、ぺらぺらな左腕の袖がなびく。
間もなく射撃が始まる。
ジェシーはそれが始まる前に、艦橋の中へと戻っていった。
セリカと話をした、あの場所へ。
「あっ、ちょっと待って!」
レネもすぐに、その後を追いかけてきた。
だが。
「へえ……お前、銃声が嫌いなのか」
ドアを開けて入った途端、一番会いたくない相手と鉢合わせてしまった。
「……!?」
ジェシーは息を呑む。
あの謎の男は、相変わらずくちゃくちゃと何かを噛みながら、ジェシーを見下ろしていた。




