セクション24:隻腕のJTAC
「あ、あの……」
気になったジェシーは、勇気を出して聞いてみた。
「何?」
「その袖――」
「ああ、この事? まあ、誰だって見たら驚くわね」
女性は、明るい表情を保ったまま、左の袖を見下ろす。
「あたしはね、左腕がないの」
ほら、と左の袖を右手で持つ謎のピストルでつつく。
袖は簡単に潰れ、ぺらぺらと力なく揺れる。
ジェシーは、ぞっとしてしまう。
本当に、袖の中には何もなかった。
「そう、ですか……あなたは、本当に軍人なんですか――」
さらに問いかけようとした矢先。
再び乾いた銃声が響き始め、ジェシーは思わず目を閉じ、耳も塞いでしまう。
射撃の練習が、再開されたのだ。
「どうしたの?」
「いえ、あの――」
女性に様子を問われても、ジェシーにはごまかす言葉が浮かばない。
「ジェシーったら、銃声くらいで怖がらない」
代わりに、レネに言われてしまった。
ふーん、と女性は何やら興味深そうにつぶやくと。
「じゃあ、ちょっと向こうで話しましょうか」
持っている謎のピストルで、艦橋を指した。
連れて行かれたのは、艦橋への出入り口。
中に入って、ドアを閉める。これで、銃声は気にならなくなった。
廊下は狭いので、人が通る時に邪魔にならないかなとジェシーは不安に思ったが、女性は構わず壁にもたれかかって2人と向き合う。
「自己紹介、しないとね。あたしはセリカ。空軍でJTACをやってるの」
「JTAC……? JTACって、あの爆撃を誘導する――?」
「そう、アメリカ行って訓練受けて、資格取ったのよ。このピストル型のレーザーマーカーは、その証みたいなもの。HLMって言ってね、まだスルーズには正式配備されてない『試供品』なの」
女性――セリカは得意げに、謎のピストルを顔の横に構える。
JTAC。
それは、地上から爆撃を誘導する役目を担う特殊な歩兵だ。
地上部隊を支援するために航空攻撃を仕掛ける際、誤爆が起きてしまうと大変な事になる。それを防ぐべく、地上から爆撃する位置を的確に指示する役目を担っているのだ。
歩兵ではあるが、スルーズでは空軍に所属しており、必要に応じて海軍陸戦隊や陸軍の歩兵部隊に派遣される。
「あなた達、航空学園の選抜メンバーなんでしょ? もし『ティーウ』ってコールサイン聞いたら、あたしだと思って。で、あなた達の名前は?」
「俺は、ジェシー。こっちは、レネです。航空学園陸軍分校から来ました」
今度はジェシーが代表して自己紹介。
するとセリカは、レネの顔をまじまじと興味深そうに覗き込み問いかけてきた。
「ジェシーにレネ、ね。ところであなた、もしかしてあの噂の『怪獣』さん?」
「か、『怪獣』?」
初めて呼ばれた名前に、レネが少し驚く。
ジェシーも、それは同じだった。
「そう、『学園の陸軍分校には、赤い髪の凶暴な怪獣がいる』って噂があったから、ぜひ話してみたいなー、なんて思ってたの! あなたなんでしょ? 朝甲板で騒ぎを起こしたの――」
「あ、うん……」
「やっぱり! 間違いない! あなたが怪獣さんだったんだ! こうやって話せたのも、何かの運命かもね!」
セリカは、心底楽しそうに語る。
まるで、左の袖の事など全く気にしていないかのように。
「えへへ、怪獣だなんて、なんか照れちゃうなあ……」
「それ、褒め言葉じゃないと思うよレネ……」
照れて頭を掻くレネに、ジェシーが突っ込む。
まさかレネの悪評が、他の軍にも広まっていたなんて。
怪獣とはよく言ったものだ。それほどレネの暴れっぷりにぴったりな言葉はない。
「それで、あなたが『怪獣使い』さんなんでしょ?」
と。
今度はジェシーの顔を、セリカが覗き込んできた。
さすがにジェシーも、予期せぬ呼ばれ方に動揺してしまう。
「え!? な、何の事ですか!?」
「さっきの噂には続きがあるの、『怪獣がただ1人言う事を聞く、緑の髪の怪獣使いもいる』って。だからあなたなんでしょ? この子を鎮める事ができるんでしょ?」
「え、ええ、まあ……」
「やっぱり! 間違いない! 怪獣さんと怪獣使いさん! 今度みんなにも話してあげないと!」
セリカは一人合点して興奮気味だ。
まるで、テレビに出ている有名人に直接会ったかのように。
「ジェシー、あたし達お揃いね」
「いや、お揃いって言われても、複雑だなあ……」
一方、通り名が揃った事が嬉しそうなレネに対し、ジェシーの心境は複雑だった。
素直に喜んでいいのか、よくわからずに。
「ねえねえ、あなた達アパッチに――うっ!?」
そんな時。
突然セリカの表情が、苦痛を感じたように歪む。
右手から、ピストル型レーザーマーカー・HLMが滑り落ちる。
開いた右手が、ぺらぺらな左腕の袖を乱暴に握る。
「もうっ、こんな、時に……っ!」
そして、力なく背中から壁にもたれかかるセリカ。
明らかに様子がおかしい。
ジェシーもレネも、何が起きたのかわからず困惑してしまう。
「あ、あの、どうしたんですか……?」
「平気……ちょっとした、発作みたいなものだから……」
セリカは笑ってみせるが、作り笑いなのは明らかだった。
苦しみを和らげるように深呼吸をする彼女の顔には、汗が流れ始めている。
「幻肢痛、って言うんだけど――」
「幻肢痛?」
聞き慣れない名前にレネは首を傾げるが、そういえば聞いた事がある、とジェシーは思い出していた。
四肢を失った人がかかるという、あるはずのない四肢が痛むという病気。曰く、その痛みはかなり強烈で、ハンマーで叩かれるようなものだという。
そこで、ジェシーは問おうとしていた思い出した。
左腕がない彼女が、なぜ歩兵になっているのだろうか。
そもそも歩兵は、五体不満足では務まらない職業のはずだから。




