セクション02:王子の野望
「これが、強襲揚陸艦サングリーズ……はあー、なんちゅう船や……」
床に置かれたノートパソコンの画面に見入っていた少女は、そんな感想をもらした。
水色の髪をショートカットにしている彼女は、どういう訳か寝間着姿のままだった。
ノートパソコンで流れているのは、とある公開演習のネット中継だった。
オフシーズンの砂浜を利用して、新型強襲揚陸艦の演習を公開で行うのだ。
とはいっても、実際にはこの新型強襲揚陸艦の『お披露目』という側面が強く、一般からの関心も高かった。一般客が大勢砂浜に押しかけている様子が中継でもわかるほどだ。
なぜなら――
「シーザー様、演習見ないんかー?」
少女は、すぐ近くにあるベッドに振り返る。
窓から明るい日差しが差し込むそこには、誰かが寝ている。頭まで毛布を被っているせいで、どんな様子なのかは確認できない。
「……僕はいい。1人で見てていいぞ、リューリ」
だが、被った毛布越しに聞こえる少年の声は、どこか気怠そうだった。
リューリと呼ばれた少女は、仕方なく顔を画面へ戻す。
そこには偶然、来賓として招かれていた1人の美少女が映っていた。
高貴な紫色のケープを纏い、腰まで伸ばした金髪を持つ彼女は、特等席で演習を見て拍手を送っている。
「く……っ、なんで僕が負けたって理由で来賓から外すんだ……! 1回だけ負けたからって、そんな仕打ちありなのか……! くそっ、フローラめ……っ!」
同時に、ベッドの中から何やらぼそぼそと愚痴る声。
それを聞いたリューリは、何か思い立ったようでその場を立ち、ベッドの横へと向かう。
ノートパソコンを、ほったらかしたままで。
「シーザー様、まだ落ち込んでるん?」
「……」
毛布にくるまって姿を見せない少年に、そっと呼びかけるリューリ。
少年は答えない。
それが、いじけている子供のように見えたのか。
リューリはそっと、くるんでいる毛布を取る。
すると、毛布の下に隠れていた少年の素顔が露わになった。
金髪碧眼の整った顔立ちは、いかにも『貴公子』という言葉がふさわしい美形。だがその表情は、全てを台無しにするほど暗く沈んでいた。
何か、とてつもなく不幸な出来事に遭ったかのように。
いや、実際に遭ったからこそ、彼はこの表情をしている。
「すまない、リューリ……今はほっといてくれないか……」
少年――シーザーは、覇気のない碧眼でリューリを一瞥し、そう言った。
「せっかくできた休暇に君を連れてきたのはよかったが……こんないい部屋まで取ったのに気晴らしにもならない……僕が相手してやれなくて、君もつまらなかっただろう……?」
ごろん、とシーザーはリューリに背を向ける。見せる顔がないと言わんばかりに。
そんな彼を前に、リューリは、
「そんな事、ないで。全然、気にしとらんから」
その場に座り、シーザーと同じ目線に立って、そう答えた。
「きっとこれも、運命なんよ。シーザー様がちゃんとした国王になれるように、神様がくれた試練やって、ウチは思うで」
「……これが運命? なら、こうやってつまずくのも運命だって言うのか」
シーザーは振り向かないが、リューリは話を続ける。
その手をそっと金髪に伸ばし、子供をあやす母親のように優しく撫でながら。
「大丈夫や、シーザー様は1人じゃあらへん。ウチはどんな事があってもシーザー様の味方や、いつでもいっぱい力になるで。だからシーザー様、いつまでもくよくよしたらあかん。もっとウチの事頼って。ウチは世界中のどこへだって、シーザー様について行くから」
「リューリ……ん?」
そんな時だった。
シーザーは急に何か思い立ったように、いきなりリューリの方へ振り返った。
「おい、今なんて言ったリューリ?」
「え!? もっとウチの事頼ってって――」
「違う、その後だ!」
ずい、と迫るその碧眼は、先程までの沈みっぷりが嘘のように輝きを取り戻している。
彼の予期せぬ気迫にリューリは圧倒されてしまったが、自分が言った言葉を思い出しながら、質問に答える。
「えーっと、ウチは世界中のどこへだって――」
「それだ!」
シーザーは自身の頭を撫でていたリューリの手を強く握り絞めると、がばっと素早く起き上がった。
「ありがとう、リューリ! 今思いついたんだ、あいつを見返す方法が!」
「え、そ、そうなん? それって、何なん?」
圧倒されっぱなしのリューリは、戸惑いながらもシーザーが目覚めた理由を問う。
すると、シーザーは得意げに答えた。
「世界一周さ!」
「世界、一周?」
その言葉の意味が、リューリには一瞬わからなかった。
「つまりな――」
シーザーは、思いついた事を興奮気味に説明する。
すると、リューリもようやく納得できた。
彼がこれから、行おうとしている事の全てを。
「そ、そんな事、本当にできるんか?」
「できるさ。僕を誰だと思っている? スルーズ王国の王子だぞ? この提案くらい、すぐ通して見せるさ」
シーザーは手を離してベッドを出ると、ハンガーにかかっていたある服を手に取った。
紫色のケープ。
それを寝間着の上から羽織った姿は、先程中継の映像に映っていた少女と重なって見えた。
「もちろん、君もついてきてくれるだろう?」
戻ってきたシーザーが、試すようにリューリへ問いかける。
無論、リューリの答えは決まっていた。
「……はい! シーザー様となら、どこへでも!」
リューリは迷う事なく、シーザーの胸に飛び込んだ。
シーザーはそれをしっかり受け止め、抱擁を交わす。
そのまま、彼は不敵な笑みを浮かべた。
彼の視線は、リューリの肩越しに置きっぱなしのノートパソコン――その映像に再び映っている金髪碧眼の美少女に向いていた――