セクション23:レネの計らい
「ちょっと少尉! あんたシエラに用があるんでしょ?」
レネは、上官に対するものとは思えないきつい口調で、スコットに声をかけた。
「へ? なんでお前――」
「だったら、さっさと来る!」
「おい、ちょっ、何する!?」
「いいから!」
「ま、待て! く、苦しい!」
レネはあろう事か、スコットを強引に捕まえ、肘で首を絞めつけながら引っ張っていく。
傍から見れば、大の男に関節技でもかけているようにも見える。
何という強引なやり方。
おかげで、周囲の船員達の視線が集まり始めている。
そんな事もお構いなしに、レネはシエラの隣へスコットを連れて行く。
これを目の当たりにしたハルカは、自然と席を開けてシエラの隣にスペースを作っていた。
「シエラ! マスターさんがご用みたいだから連れてきたよ!」
そこで、スコットを離して乱暴にシエラの前へ突き飛ばす。
テーブルを支えにして何とか倒れずには済んだが、何なんだよ、とスコットは咳き込みながらも困惑気味だ。
「マス、ター……?」
シエラの顔が、ようやく上がった。
2人の目が合う。
途端、周囲の視線が気になるスコットは僅かに視線を泳がせたが、どん、とレネが乱暴に背中を叩くせいで、飛行にも引けない様子だ。
気を引き締めたのか、スコットは少し息を吸って、話し始めた。
「……シエラ、さっきは、ロジャーが迷惑かけたな」
「え……!? いえ、違うんです! 迷惑なんて、そんな……」
「……一緒に買い物する話、したよな?」
「え、はい……?」
少し間が置く。
ロジャーはしばし思案するように視線を逸らした後、再びシエラの瞳を見て告げた。
「ロジャーが迷惑かけたお詫びだ。何か好きなもん買ってやる」
「え……!?」
途端、嘘、とばかりに目を見開くシエラ。
その視線に動揺したのか、スコットは僅かに視線を逸らす。
「ほ、本当ですか……!?」
「バ、バカ。こんな所で嘘ついてどうすんだっての」
視線を外したまま、ぶっきらぼうに答えるスコット。
すると、シエラはがたん、と席を立ち、
「あ、ありがとうございますっ! 私、嬉しいですっ!」
満面の笑顔を取り戻し、感謝の言葉を告げたのだった。
「何か、丸く収まっちゃった……」
予期せぬ展開に唖然としてはしまったが、でもこれでよかったかな、とジェシーは安堵した。
レネが強引に連れてきた事が、結果的に功を奏した。
ふと、レネに視線を向けると、彼女はどうだ、と言わんばかりに親指を立てていた。
そんな中。
「くーっ! あんないけ好かないヤツにシエラちゃんを取られるなんて――っ!」
「よせ、ここで乱入なんてみっともねえぞ」
「じゅ、准尉は悲しくないんですか!」
「俺も悲しいさ……だがここは、我慢だ!」
奥で声がしたので見てみると。
離れた所で嫉妬の視線を送る、スキンヘッドの准尉ら陸戦隊員達の姿があった。
* * *
午後の空いた時間。
図書室で自習をしていたジェシーは、レネにこんな提案をされた。
「ねえ、甲板で実戦部隊が射撃の練習するんだって! 見に行こうよ!」
「射撃の練習って……そんなの見てどうするの?」
「何言ってるの! 実際に銃撃つ様子見られるのよ! 自習なんかよりずっと面白いって! ほらほら!」
ジェシーはうきうきした様子のレネの提案を断る事ができず、結局彼女に引っ張られる形で甲板へと連れて行かれてしまった。
射撃訓練が行われていたのは、甲板の最後尾であった。
簡素な的が横一列に並べられ、そこに向けて歩兵達が両手で構えたピストルを発砲する。
それを、2人は少し離れた所から眺める。
だが。
「……っ!」
乾いた銃声がする度、ジェシーは目を閉ざし、耳を両手で覆ってしまう。
彼にとって銃声は、生理的に受け付けない音だ。
なぜなら、一番嫌いな『破壊』に直結するから。
思わず逃げ出そうと足が動いたが、レネががっしりと腕を掴み、逃がそうとしない。
「ジェシーったら、大げさすぎよ。花火だと思えばいいのに」
普通に映画を楽しんでいるような様子で言うレネ。
だが、それで済むほどジェシーの心は穏やかではない。
「へーきへーき。怖くない怖くない」
ジェシーを引き寄せたレネは、ぽんぽん、と子供をあやすようにジェシーの背中を叩く。
情けないと思いつつも、ジェシーはそれに抗う事ができなかった。
そんな時、銃声が止んだ。
ジェシーは、ゆっくりと目を開ける。
見れば、射撃していた歩兵が、別の歩兵と入れ替わっている。どうやら撃つ歩兵が交代するようだ。
案の定、的は穴だらけ。
ジェシーはそれを見るだけで、胸が痛くなる。
そんな時だった。乾いた音と共に、何かが足元に当たった。
「ん?」
ふと足元を見ると、そこには茶色のピストルがあった。
「あれ、ピストル?」
レネも気付き、それを手に取ってしまう。
「ちょっとレネ、勝手に触っちゃダメだよ!」
「あれ? 変ね、このピストル……」
ジェシーが注意する一方で、レネは銃口を覗き込みながら変な事をつぶやいた。
「ライト……?」
妙に太い銃口には、穴が開いていない。
代わりに、大きなライトが付いているのだ。
このようなピストルは、見た事がない。ジェシーも気になって思わず覗き込んでいると。
「あああー、ちょっとちょっと!」
背後から、女性の声が聞こえてきた。
レネと振り返ると、少し慌てた様子で迷彩服姿の女性が駆け寄ってきていた。
「ごめんなさい、それ私のなの」
「あ、失礼しました!」
ジェシーはレネの手からピストルを取ると、女性に差し出す。
女性はそれを、右手で受け取る。
「よかった、大きな傷はないみたいね」
女性はピストルの状態を確認して、つぶやく。
彼女は髪をボブカットにしており、快活そうな顔と細い体つきもあって、誰から見ても美人だと思うであろう容姿をしていた。
「あ」
だが、ジェシーはおかしな事に気付く。
ピストルを持つ腕とは反対の左腕――その袖が、明らかにぺらぺらだった。
本来なら見えるはずの手もない。
まるで、そこに何も入っていないかのように。




