セクション22:落ち込むシエラ
「うううううう……」
昼食の時間。
食堂にてシエラは、食事も持ってこないままテーブルの上に力なく伏せていた。
それだけ、ショックが大きかったのだろう。
「そうですか……マスターさんと良い雰囲気になった所を自分のミスで……それは確かに傷付きますね……」
あはは、と苦笑する右隣のエリシア。
「シエラは変な所で素直すぎるのよ。助言した人が人なんだから、隠さなきゃいけない事はちゃんと隠さないと」
水をコップ一杯飲みながら指摘する、左隣のハルカ。
一同は、シエラがスコットと何があったのかを、彼女から直接聞いていた。
スコットの悪友ロジャーからアドバイスをもらった事。
そのおかげで、最初はうまく行きかけた事。
だが、うっかりロジャーの事を口走ってしまった事で、彼の悪だくみだと勘違いされてしまった事を。
「それにしても、シエラがあの少尉の事を好きだったなんて……」
向かい側のジェシーは、ホットサラダを食べながら、素直な感想を言う。
「え、ジェシーちゃん、意外に思いました?」
「いや、そういう訳ではないです先輩。ただ、前はそんな関係じゃないって言ってたから……」
「恋する女の子っていうのは、そういうものじゃないですか」
エリシアが、柔らかい笑みを浮かべる。
シエラがスコットにほのかな思いを寄せていた事には、レネも含めそれほど驚かなかった。
彼女がマスターと呼ぶほど慕う相手であった事から、違和感がなかったのだろう。
エリシアは、SNSでこっそりと名前は伏せながら「好きな人がいる」事を聞かされていて、前から知っていたようだ。
「あ、何かロメアが『失恋したならマスターさんあたしにちょうだーい!』って言ってるよ」
ジェシーの隣に座るレネが、テーブルに置いていたジェシーのスマートフォンを勝手に覗き込んでいた。
「ちょっとレネ」
気付いたジェシーは、すぐ注意した。
案の定、シエラは余計にううううう、と落ち込んでしまった様子だった。今頃ロメアも、隣にいるルビーに注意されているだろう。
「シエラちゃん、落ち込まないでください。こういう時に話を聞けるうってつけの人がいるじゃないですか」
そんなシエラに、エリシアはそっと肩を叩きながら話しかける。
どうやら、解決してくれそうな人を知っているようだが、ジェシーには心当たりがない。
「うってつけの人って、誰ですか?」
ハルカが問いかけると、エリシアの視線が、真っ直ぐジェシーとレネに向けられた。
その目は、自信ありげに輝いている。
「え?」
まさか、というジェシーの予感は、的中した。
「現在絶賛恋愛中のジェシーちゃんにレネちゃん、お2人だったらこういう時どうします?」
うってつけの人とは、自分達2人の事だったのだ。
急に話を振られて驚くジェシーに対し、顔を青ざめたのはハルカだった。
「ちょ、ちょっと先輩。婚約――いや違う、レズカップルに聞いてどうするんですか!」
「性別は同じでも、愛情の形は変わりないじゃないですか」
「だ、だからって、異性愛にも通じるとは限りませんよ? あの2人はアブノーマルなんです、アブノーマル!」
「ノーマルでもアブノーマルでもいいじゃないですか。恋に王道はないですから」
急に異性愛と同性愛についての議論を始めるハルカとエリシア。
そういえば、自分達はそんな風に見られていたんだな、と改めて思い出すジェシー。
艦内では女という事で通している以上、ジェシーとレネの関係は対外的に同性愛という事になる。
「そう言われてもねえ……あたし達、婚約――」
「しーっ! バラしちゃだめだよ!」
一方で、真剣に答えようとしているレネを、ジェシーは慌てて黙らせる。
自分達が婚約者同士であるという事は、エリシアやシエラには伝えていないのだ。
理由は単純、話がややこしくなるからである。
幸いにも、ハルカとの議論に夢中なエリシアには気付かれていないようだ。
「ごめんごめん。じゃあなんて答えるの? シエラの事、このままほっとく訳には行かないでしょ」
「そ、それは……」
とはいえ、レネの言う通りではある。
シエラの事を、このままにしておく訳にはいかない。
だが、どうも気の利いた言葉が思い浮かばない。
「お見合いの時の事、話せばいいんじゃない?」
「ダ、ダメだよそれは!」
「なんで? ちょっと脚色すれば――」
「そうしても、人に話せるものじゃないよ、あんな事……」
エリシアが議論を展開している陰で、こそこそと議論を進めるジェシーとレネ。
困り果てたジェシーは、何気なく視線を外す。
そんな時。
「あ」
ジェシーは、食堂の入り口付近で、スコットの姿を見つけた。
「どうしたの?」
「あれ」
ジェシーが指した指を追って、レネもその存在に気付く。
そんな時、スコットの視線がちら、とこちらに向いた。
目が合ってしまう。
すると、スコットはすぐ視線を戻し、入り口の前を右往左往し始めた。
まるで、何かに迷っているかのように。
「何やってるんだろう……?」
「……わかったわ! きっと、シエラに何か用があるのよ!」
すると、レネがひらめいたように、
「シエラに、用?」
「そうじゃなきゃ、あんな動物園のクマみたいにうろうろしないでしょ。すぐ呼んで来ようよ」
「でも、もしかしたら違うかもしれないじゃない」
ジェシーは、半信半疑だった。
シエラに関係なく、たまたまここに来ただけかもしれない、と。
「あー、もういいわっ!」
すると、我慢できないとばかりにレネが席を立った。
乱暴に立ち上がった事でテーブルが揺れ、議論をしていたエリシアやハルカも気付く。
獲物を狙うような目でスコットをにらんだレネは、真っ直ぐ彼の元へと駆けていく。
「えっ、ちょっとレネ!」
慌てて、ジェシーが後を追う。
あの目は、喧嘩をする時の目。
故に、不安がジェシーの頭を過る。
まさか、レネは――




