セクション21:シエラのミス
「あの人、まだ――」
背筋が冷たくなるのを感じたジェシーは、つぶやく。
「あいつ……」
レネも、見覚えのある顔だと思い出したようだ。
映像がズームインされる。
謎の男は、どこか嘲笑しているような顔で、じっとこちらを見返している。
まるで映像越しに見る自分自身に向けられているような感覚。
まさか、とジェシーは思わず顔を上げ、肉眼で艦橋を確かめた。
いた。
謎の男の視線は、紛れもなく自分自身に向いていた。
思わず息を呑む。
離陸前といい、なぜ自分を見ているのか。
それが、妙に怖くなる。
何だか、怪しい人間に絡まれてしまったような感覚がして――
『ジェシー君、ジェシーくーん?』
そんな時、アンバーの呼びかけではっと我に返った。
「あ、はい教官。何でしょう?」
『今、ブルーバードが着陸したから、もう少ししたらもう一度発艦するわ。レネちゃんに操縦を代わって』
「はい、わかりました」
既に、後方ではチヌークが着艦を終えていた。
訓練はこれで終わりかというとそうではなく、ハルカ以外のパイロットを交代して、もう一度着艦動作を練習する。
「やっとあたしの番?」
「そうだよ。ほら、ユー・ハブ・コントロール」
ジェシーはレバーから手を離し、わかりやすく上げて見せる。
「アイ・ハブ・コントロール。よーし!」
レネがレバーを握る。レネはようやく出番が来たと気合充分のようだ。
これで、操縦の明け渡しは完了。
チェーンガンの位置が、正位置に戻る。
『よし、じゃあ行くわよ』
アンバーが、機内に戻っていく。
『フィリップ君。後はお願いしますね。私はちょっとカメラを――』
『先輩、やっぱり撮る気満々ですね……』
エリシア達が乗るチヌークも、準備を整えているようだ。
その間も、ジェシーは謎の男の視線が気になり、艦橋の根元へ視線を向けた。
だが、その姿はいつの間にか消えていた。
気が済んだのかな、とジェシーは推測したが、同時に少し安心できた。
それから間もなくして、3機は再びサングリーズから発艦した。
* * *
発着艦の訓練を何度か行って、ジェシー達の訓練はようやく終了した。
先に着艦しローターも止まっていたマーリンの後ろに並ぶ形で、3機は着艦する。
作業員によって機体はチェーンでしっかりと甲板に固定されてから、エンジンを停止。
ローターの回転が減速していく中、ジェシー達はそれぞれの機体から降りる。
「さ、解散して早く撤収するわよ。王子のハリアーが帰ってくるまでに、甲板を片付けないといけないからね。あと、デブリーフィングに遅れちゃダメよ」
一度集まったリザードチームは、アンバーの指示で解散。
ジェシー達3人は、横に並んで歩きながら会話する。
「動く場所への着陸って難しい……ジェシー、なんで簡単にできたの?」
「え? 俺は普通に説明通りにやったらできたって感じだったけど……」
「それじゃ説明にならないー!」
「ごめんごめん、でもどう説明したらいいのかな……?」
ジェシーがレネへの回答に悩んでいると、そこにハルカが口を挟む。
「ジェシーってほんと、操縦に関しちゃ天才よね」
「そんな、別にそういうものじゃ――」
「天才には凡人の考えがわからないって奴?」
「う……」
ハルカの鋭い指摘に、ジェシーは気が重くなりながらも苦笑する。
「おかえりー、みんな!」
そんな時、3人を先に降りていたシエラが出迎えた。
「発着艦の訓練、どうだった?」
「いつもやってるシエラが羨ましくなったわ。今度ご教授願いたいわね」
「そうだね、せっかく集まれたんだもん、教えあっこくらいしなきゃね!」
ハルカが代表して、シエラと言葉を交わす。
「ご教授願うなんて、優等生らしからぬ言い方じゃない」
「うるさいレネ!」
レネのからかいを一蹴して、ハルカは話を続ける。
「で、そっちのファストロープ訓練は?」
「サングリーズの上は初めてだったけど、何とかできたよ。マスターも助けてくれたし」
そんな中、シエラの背後にスコットの姿が現れる。
どこかシエラに話しかけようとしているようだが、タイミングを探っているようだ。
それに気付いたハルカは、さりげなくシエラの背後を指差した。
「マスターね……シエラ、噂をすれば、ほら」
シエラは、ハルカの意図に気付いて振り返り、スコットの存在に気付く。
「あ、マスター! どうかなさいました?」
「いや、あの飴についての話なんだが……今大丈夫か?」
「あ、飴の事ですか? 大丈夫です」
2人が話し始めるのをみたハルカは、そっとシエラから離れた。
そして、ジェシーとレネにもジェスチャーで離れるよう強く催促する。
理由は、ジェシーにも何となくわかった。
ハルカは、2人の邪魔をしないよう気を使っているのだろう。
「よかったら、すぐにでも飴をもらいたいんだ。そうしたら、すぐ買い物に行ってやるよ」
それを証明するかのように。
スコットの誘いを聞いたシエラは、目を輝かせた。
「ほ、本当ですか!? わかりました! 私、後で伍長さんに――」
「……伍長さん?」
だが。
2人の雰囲気は、伍長という単語で変わってしまった。
「……あ」
シエラが、はっと口を塞ぐ。
言ってはいけない事を口にしてしまったと、察したように。
「おい、その伍長って、ロジャーの事か?」
「え、いや、その、これは……」
スコットの鋭い問いかけに、視線を逸らすシエラ。
視線を逸らした事が、「イエス」という答えになっていた事は誰の目からも明らかだった。
「……あいつ!」
すると、スコットは全てを察したかのようにシエラへ背を向け、走り去ってしまった。
「あっ、マスターッ! これは、違うんです!」
シエラの呼びかけも、全く届かない。
間もなく、スコットがたまたま近くにいた丸刈りにした男――ロジャーに食いついたのが見えた。
「おいロジャー! シエラに何吹き込みやがった!」
「え? 何の話だ? 知らねえな……?」
「とぼけんじゃねえ! またよからぬ事企んでんだろ!」
その様子を見たシエラは、力が抜けたように膝が甲板に落ちる。
「そ、そんなあ、マスターとの買い物があ……」
そのまま、がっくりとうなだれる。心なしか、しゃくり上げるような声もする。
ジェシー達は、事情が全くわからないながらも、突然の事態に戸惑いを隠せない。
そんな時、3人の元にエリシアがやってきた。
「シエラちゃん、どうしたのですか?」
「さあ、俺も知りたいです……」
エリシアの問いに、ジェシーはそう答えるしかなかった。




