セクション20:初めての着艦
「シエラもがんばってるんだな……」
マーリンのフライトを見ていたジェシーは、つぶやく。
アパッチとチヌークの編隊は今、周回飛行を終えてサングリーズの横を通り過ぎた所だった。ちょうどファストロープ降下の訓練を終えたマーリンと入れ替わる形だ。
陸上の基地でもそうだが、着いた所でいきなり着陸する事はない。まずは基地の状態を確認してから戻って着陸に入るのが、軍用機の基本的な着陸法だ。
『さ。着艦シーケンス開始よ、ハルカちゃん』
『了解』
先頭を行くアンバー・ハルカ機が、左旋回を開始。
その後を追って、ジェシーも機体を左旋回させた。
先程と同じコースを、再び周回する形になる。
ただ前回と違うのは、編隊の間隔が再び広がり、着艦に向けたチェックを行う事だ。
表示などに異常はない。安心して着陸に入れる。
「こちらリザード2、最終点検完了」
『了解リザード2、4番スポットへの進入を許可する』
管制室と交信するジェシー。
見れば、アンバー・ハルカ機は、既にサングリーズの左側に位置を付けている。
位置は、3番スポットだろうか。
「ああー、なんかこうしてると暇だなあ……」
「もう少ししたら操縦代わるから、ちゃんと安全確認して」
「はーい。今は大丈夫よー」
妙におとなしいレネに注意をしつつ、ジェシーは最後の旋回に入る。
サングリーズを正面に捉えた。
既に、誘導員がハンドシグナルで誘導を始めているのが見える。
車庫入れをする自動車のように、少しずつ速度を落としていく。
速度をサングリーズと同調させながければならないのが、難しい所だ。
ジェシーら陸軍は、当然の事ながら動く艦に対する着艦の機会がほとんどない。
それはつまり、慣れていない事を意味する。
ジェシー達も当然ながら、するのは初めてである。経験者は教官のアンバーだけ。
実際ハルカ・アンバー機は、着艦寸前機体がふらふらと安定していない様子だった。
それでも着艦には成功したものの、片足から降りる安定しない着艦になってしまい、アンバーから厳しい指摘。
『なんか安定してなかったわよ、ホバリング。もっと丁寧に降りなさい』
『は、はい! すみません教官!』
それを見ていると、不安になる。
理屈は頭でわかっていても、うまくできるかどうか。
しかも、レネと一緒に乗っているのだ。自分だけミスをするのはまだしも、他の人を巻き込んでしまうとなると、さらに手が強張っていく。
「気を引き締めよう」
ジェシーはそれだけつぶやいて、機体を慎重にサングリーズの左側へ近づけていく。
4番スポットの横に付けると、誘導員が右へ寄せるように合図する。
速度に気を配りながら、4番スポットの真上へ。
講義で教わった通り、甲板上にあるマークを目印にして位置を合わせる。
横線を、自らが座る後席に合わせるように。
縦線に、機首の向きを合わせるように。
「よし」
降下の合図が出た。
左右や前後に揺れないように気を配りつつ、ゆっくりと高度を落とす。
レネ・ジェシー機は、ふわりと降り立つように、甲板へ着地した。
意外とすんなりできた、というのがジェシーが最初に抱いた感想だった。
『おー、いい着艦じゃない。初めてとは思えないわねー』
すると、アンバーから褒め言葉が飛んでくる。
見れば、アンバーはキャノピーを開けて甲板に降りており、緊急用無線機を手にレネ・ジェシー機を見ていた。
アパッチは後方視界が皆無に等しいので、こうでもしないと後方が見えない。
とはいえ、こんな事をしてまで僚機の様子を見に来る教官は初めて見たが。
「ありがとうございます、教官。でも、何もそこまでしなくても――」
『何言ってるのジェシー君、教え子の飛び方はしっかり見ておかないと――ってレネちゃん! 何やってるの!』
と。
アンバーが急に、レネを名指しして叫びを挙げた。
見ると、周囲の作業員達が、レネ・ジェシー機を見て何やら狼狽している様子だ。
「え、どうしたんですか!?」
後席から見てもレネが何をしているのか全くわからないので、計器のディスプレイを見る。
見ると、照準装置に映る白黒映像が、作業員達を映している。動かしていないなら、アンバー・ハルカ機の後姿が見えるはずなのに。
それで驚いている、という事は――
『チェーンガンを勝手に動かさない! おもちゃじゃないんだから!』
「えー、だって退屈だったし……」
レネとアンバーのやり取りで、ようやく意図がつかめた。
妙におとなしいと思っていたレネは、勝手にチェーンガンを操作していたのだ。
チェーンガンは、機首の照準装置の向きと連動して操作する事も可能である。つまりレネは、チェーンガンを作業員達に向けていた事になる。
いくら弾は入っていないとはいえ、何の予告もなく銃を向けられれば、誰だって驚くに決まっている。
「レネ、周りをびっくりさせちゃダメだよ」
「びっくりさせるくらいならいいじゃない」
ジェシーが注意しても、レネは全く聞かない。むしろいたずらをする子供のように面白がっているようだ。
チェーンガンは、レネの操作によってあちこちに向けられる。
『ジェシー君! やめさせなさい!』
「わかってます! レネ、いい加減にして……!」
アンバーに促されるまでもなく、ジェシーは止めようとしたが、レネはやめる気配がない。
コックピットの前席と後席は、隔たれた空間だ。手を伸ばすには物理的に届かない上に、間は防弾ガラスで遮られている。
つまり、レネがいるのは、近そうで遠い位置。
普段のように、手を伸ばして止める事などできない。
かと言って、コントロールを奪える方法がある訳でもない。
どうしたら、とジェシーが焦り始めた、そんな時。
「あ」
レネが何かに気付いた様子だった。
それと連動して、チェーンガンも止まる。
今まで面白がっていた様子とは異なる反応。
気になったジェシーはディスプレイに目を向ける。
そこに映っていたのは。
「……!」
チェーンガンを向けられてなお、平気な顔をして艦橋に背を預けている、あの謎の男だった。




