セクション18:アパッチ、チヌーク発艦
ジェシー
じゃあ、行ってくるね。
ロメア
はーい、また後でねー!
ルビー
幸運を。
スマートフォンで書き込みを確認してから、ジェシーは顔を上げた。
ジェシー達は、フライトスーツを身に着けてから、再び飛行甲板に戻ってきた。
向かう先はもちろん、甲板に並べられているアパッチだ。2機が前方の1番、2番スポットに置かれている。
エリシア達空軍組も、最後部に置かれているチヌークに向かっている。今回もまた、フライトを共にするのだ。
先頭のアパッチに乗るハルカとアンバーと別れて、ジェシーはレネと共に2番目の機体へ。
紫のジャケットを着た機付長に敬礼をしてから、レネは先にキャノピーのハッチを開け、ガンナー席へと潜り込む。
その間ジェシーは、機体を時計回りにぐるりと回って各部に異常がないか点検。
普段通りに点検を終えて、ジェシーはコックピットの前へと戻ってくる。
そんな時、ジェシーは艦橋に近くにある人影を見つけた。
「あ」
それは、以前顔を合わせた、革ジャン姿の謎の男。
艦橋の壁に背を預けながら、明らかにジェシーの事をじっと見ている。そして相変わらず、口の中で何度も何かを噛んでいる。
「何見てるんだろ……」
自然と、つぶやいていた。
謎の男は、ジェシーと視線が合っているにも関わらず、全く動じる様子がない。
それが、何だか気味が悪い。
「ジェシー、何やってるのー?」
レネの声がして、我に返る。
そうだ、こうしている場合ではない。
「あ、ごめん」
ジェシーは、謎の男の視線が気になりつつも、コックピットへと向かった。
先頭のアパッチのローターが、ゆっくりと回転し始めた。
少し遅れて、レネ・ジェシー機のローターも、回転を始める。
そして、後ろにいるチヌークのローターも。
甲板が、3機のヘリの羽音に包まれた瞬間だった。
いよいよ、サングリーズからの発艦。
軍艦から発艦するのは初めてだが、普段の離陸と飛び方が少し違うだけで根本的に大きく変わる訳ではない。
そのためかジェシーも緊張はそれほどなかった。
『あー、ガンナー席は楽でいいわー』
『教官、そんなに船酔いに参ってるんですか……?』
『まあね……』
『ガンナー席でも酔わないでくださいよ?』
『それは保証できないわねえ……慣れてる分だけマシだけど……』
『……』
無線で聞こえてくる、アンバーとハルカの声。
今回は、ハルカがパイロットを担当し、アンバーがガンナー席に座る。アパッチに乗る者は、パイロットとガンナーのどちらにも対応できるように訓練されるからだ。
『はーい。そんな訳で、発着艦訓練始めるわよ。みんな、いい?』
「は、はい。大丈夫です……」
相変わらず船酔いの影響を引きずるアンバーのダウナーぶりに、ジェシーも大丈夫なのかな、ちゃんと評価してくれるのかな、と不安になってしまう。
『ねえ、大丈夫なんですか、あの教官?』
『恐らく大丈夫だと思いますよ、フィリップ君』
チヌークに乗るエリシア達も、それは同じようだ。
「これなら、ちょっとくらい手抜きしても大丈夫なんじゃない、ジェシー?」
そしてレネは、小声でそんな事を言ってくる始末。
「ちょっとレネ……!」
『手抜きが何ですって……?』
だが。
アンバーは、ダウナーさに反して妙に敏感だった。
これには、さすがのレネも肩を一瞬震わせてしまった。
「いえ、何でもありません……」
仕方なく、ジェシーが代表して謝った。
『そう、ならよし……じゃハルカちゃん、発艦開始よ』
『了解』
そうこうしている内に、発艦の時間になった。
敬礼を交わした誘導員が、先頭のアンバー・ハルカ機に合図を送っている。
『リザード1、発艦』
ゆっくりと浮かび上がるアンバー・ハルカ機。
その頃ジェシーは、未だ謎の男が自分を見ている事を横目で気にしつつも、レネもと共に右斜め前の誘導員と敬礼を交わした。
合図を確認して、ジェシーはコレクティブレバーを引く。
「リザード2、発艦します」
甲板から浮かび上がるレネ・ジェシー機。
2機のアパッチが、位置を保ったまま揃って浮かび上がった状態になった。
その後、アンバー・ハルカ機が先に左旋回。
レネ・ジェシー機もその後を追いサングリーズから離れていく。
『ブルーバード、発艦です!』
最後に少し遅れて、チヌークが後に続く。
こうして、3機の発艦は迅速に完了した。
『リザードチーム、発艦完了』
ハルカが、代表して発艦完了を告げた。
2機のアパッチは、高度を取りながら互いの間隔を少しずつ詰め、編隊を組む。少し間をあけて、チヌークがその後に続く。
『さ、これから周回軌道に入るわよ。ないとは思うけど、艦の位置を見失わないようにね』
「了解」
アパッチとチヌークは、サングリーズの近くをぐるりと回る飛行――周回軌道に入る。
通常の飛行場でも行う、航空機の基本的な飛行だが、サングリーズは動いている。アンバーの言う通り、艦の位置には注意を払わなければいけない。
「うわー! 凄いねジェシー、辺り一面海だよー!」
そんな中、レネは歓喜の声を上げていた。
ここは周囲に陸地がない、大西洋のど真ん中。
見渡す限りの海原と、それを区切る水平線。
陸軍での普通の実習飛行では、ほとんど見られない光景だった。
このような海を見られるのは、まさにパイロットの特権だろう。
「こんな海に飛び込んだら、気持ちよさそう!」
『何言ってるのレネ。そんな事したらサメに食べられるに決まってるじゃない』
「何よ、夢のない人ねえ。ねえジェシー?」
とはいえ、ハルカとのやり取りには、ジェシーも苦笑するしかなかった。
「ん、あれは?」
そんな中、ジェシーは自分達と入れ替わるようにサングリーズへ向かう別のヘリを見つけた。
マーリンだ。
『教官、10時方向にヘリです』
ハルカの報告を聞いて、アンバーが説明を始めた。
『先に発艦したマーリンね……これから訓練を始めるんでしょう』
「訓練って、何のですか?」
『ファストロープ降下』




