セクション14:シーハリアー発艦
『いい風が吹いてるようだな』
シーザーは艦橋でなびく旗を見て、つぶやいた。
サングリーズは既に風上に向かって航行しており、向かい風がシーハリアーに吹いている。
滑走して離艦するための、強い向かい風を確保するためだ。
そんな中、SNSではこんなやり取りが交わされていた。
エリシア
VTOL戦闘機なら垂直に離艦すればいいと思うのですが。
ルビー
何言ってるんです。VTOL機の垂直離陸は非効率的なんですよ。
シーハリアーはVTOL戦闘機なので、滑走せず垂直離陸すればいいように思われるが、それは揚力に頼らないという事であり、結果エンジンに大きな負荷がかかってしまう。
故に、VTOL機でも余程の事がない限りは短距離を滑走して離陸する。ヘリコプターと全く同じ使い方という訳には行かないのだ。
離艦できる環境が整った中で、最終チェック開始。
シーザーがコックピット内で計器などを確認している間、白いジャケットの作業員が離れた所からさっと点検。
すぐ近くで点検しないのは、シーハリアーの特異な設計がある。
シーハリアーのエンジンノズルは、胴体の側面にある。片面に2つずつの計4つだ。
この関係で、側面にエンジン噴射が広がりやすく近づきにくいのだ。
そんなノズルが、やや下方に向けられ離陸体勢になる。
そして、黄色いジャケットを着たランチオフィサーが、シーハリアーの右側に待機。
「レネ、そろそろ発艦だよ!」
「え……?」
ジェシーはレネの耳元で警告をうながすが、レネは聞き取れていない様子。
『発艦準備完了!』
シーザーが、ランチオフィサーに向かって敬礼した。
準備OKの合図だ。
ランチオフィサーも敬礼を返し、すぐさまその指を軽く振った後、身を低くして勢いよく手を振り下ろした。
そのまま指差した先は、艦首にあるスキージャンプ台。
シーハリアーのエンジン出力が上がる。
『カレント1、行くぞ!』
その声と共に、シーハリアーは勢いよく飛び出した。
ジェシー達の前を通り過ぎると、熱いジェット噴射が容赦なく吹き付けてくる。
とっさに身を伏せる。特にジェシーは、レネを巻き込むまいと彼女に覆い被さる形で伏せていた。無線機を落とすのも、全く気にせずに。
シーハリアーは勢いよくスキージャンプ台を駆け上がり、ふわりと空へ飛び立つ。
特に姿勢を崩す事はなく、全く危なげのない離艦だった。
「び――――た……」
ジェシーが体を起こすと、レネが驚いた様子でシーハリアーの後姿を見送っていた。
その声は、やはりやかましいせいで聞き取れない。
なぜなら、離艦するシーハリアーは1機だけではないからだ。
もう1機のシーハリアーが後を追うように発艦レーンに入った。パイロットは、水色のヘルメットを被っている。
ジェシーは落とした無線機を拾って、耳を傾けてみる。
『ひゃー! いよいよ発艦やー! テンション上がってきたでーっ!』
異様に興奮気味な様子で話す少女の声は、どこか訛った喋り方をしている。
その喋り方自体には聞き覚えがあったが、ジェシーには心当たりがない。そもそもこのようなテンションの人物と、艦内で会った事がない。
パイロットとランチオフィサーが敬礼し合うと、ランチオフィサーが発艦の合図を送る。
呼応して、エンジン出力が上がるシーハリアー。
『カレント2、行っくでー! いやっほおおおおおうっ!』
パイロットの叫びを現すかのように、激しく飛び出すシーハリアー。
再び襲い来るジェット噴射から、ジェシー達は身を守るべく身を伏せる。
そして、シーハリアーはスキージャンプ台を駆け上がり、飛び立っていった。
『カレントチーム、発艦完了!』
最後に、パイロットが高らかに完了を宣言したのを確かめて、ジェシーは無線機を耳から離した。
飛行甲板は静寂を取り戻している。もう普通に会話しても大丈夫だ。
「レネ、大丈夫だった?」
「うん……飛ばされるかと思った……」
体を起こしたジェシーは、未だ手を離してくれないレネに声をかけた。
レネの様子に特に違いはない。ただ、あまりに驚いたせいなのか、ジェシーの制服にしっかりとしがみついていた。
よかった、とジェシーは安堵の笑みを浮かべた時。
「がーっはっはっは! いやいや、シーハリアーの発艦なんざ久々に見たなー!」
聞き覚えのある声が、ジェシー達の背後から聞こえた。
見ると、そこにいたのはレイだった。隣にはフィリップもいる。
「おやっさん。発艦を見てらっしゃったのですか?」
「もちろんだとも! スルーズから空母がいなくなった時は、もう見られないと思ったからなあ! ははははは!」
エリシアの問いかけに、豪放な声で答え、笑うレイ。
「でも、シーハリアーってあと何年かで退役するんですよね……いい加減オンボロだし……」
だが。
一方のフィリップは、どこか寂しそうに言った。
それでも、レイは声色を変えず、フィリップの肩を乱暴に叩いた。
「まあ、就役から30年の歴史に花を添えられただけいいじゃないか! ははははは!」
「確かにそうですよね……一時は空母と一緒にお払い箱にされかけたから、それよりは……」
レイの笑いに、フィリップも釣られて苦笑していた。
何の話をしているんだろう、とジェシーは思ったが、何気なく見たスマートフォンに、その答えが書き込まれていた。
ルビー
シーハリアーの後継機、F-35Bに決まったそうよ。これで将来は安泰ね。




