セクション11:シエラはアイドル?
学園の候補生であるジェシー達は、航海の間も授業を休む訳には行かない。
そのため、艦橋にあるブリーフィングルームを代わりの教室として、授業を受ける事になっている。
授業の時間が迫る中、ジェシー達は所定の席に座って待機していたのだが。
「随分にぎやかねー」
「うん……」
ジェシーとレネは、授業前らしからぬにぎわいに圧倒されていた。
ブリーフィングルームの一角に、茶色の戦闘服を着た体格のいい男達が集まっている。
その中心にいるのは、シエラだった。
「え? 私が操縦する機体に乗るかもしれないんですか? はい、その時はどうかお任せを!」
「おおーっ!」
シエラのはきはきとした挨拶を聞いて、男達はまるでアイドルに呼びかけられたかのように興奮した声を上げる。
「ああ、シエラちゃん癒される……!」
「シエラちゃんがいれば、次の演習も乗り切れるぜ……!」
「い、一回だけでいいから握手させてくれ!」
「待て、俺が先だ!」
「いや、俺が!」
我先にとシエラの前に寄ってくる男達を前に、シエラもさすがに引いてしまう。
「お前ら! か弱い女の子相手にみっともねえぞ!」
そんな男達を、スキンヘッドの男が怒鳴りつけ諫めた。
リーダー格と思われる彼は、他の男達を押し除けてシエラの前に出ると。ショップの店員のようなにこやかな笑みを浮かべ、
「いやー、どうもすみませんねー。こんな汚い奴らばっかりで。決して悪気はないんですよ、みんなシエラちゃんのファンなものですから。では代表して私が」
ゴマをするように遜る言葉遣いで挨拶し、シエラの両手を取った。
「あっ! ずるいですよ准尉!」
「うるせえ! こういうのは順番ってものがある! 文句はそれを守れるようになってから言え!」
「そんなあ、越権行為っすよ!」
途端、ブーイングが飛んでくるが、スキンヘッドは意に介さず逆に叱りつける。
さすがにシエラも一同の様子に唖然とした様子で、苦笑している。
「あの子、先輩の知り合いなんですよね? アイドルにでもなったんですか?」
「海軍陸戦隊の皆さんには、そう見えるんでしょうね」
ジェシー達と同じく様子を見ていたフィリップとエリシアが、そんな会話を交わす。
「まあ、陸戦隊って男の巣窟だもんね……」
そしてハルカは、呆れた様子で腕を組みながらつぶやいていた。
彼らは、揚陸艦の主戦力たる、海軍陸戦隊の歩兵だ。
海軍陸戦隊とは、言い換えれば海兵隊。つまり、上陸作戦の先陣を切る水陸両用作戦専門の部隊だ。スルーズでは海軍の一部という扱いのため、海軍陸戦隊と呼ばれる。
最も不利な条件下で敵陣に殴り込まなければならないという特性から、訓練は軍の中でも特に厳しく、結果暴言飛び交う荒くれ者の集団という印象を持たれている。
そんな厳しい環境下にある訳だから、女性が隊員になった事例はまだない。
つまり彼らは、ひどい言い方をすれば、女に飢えている。
ただ、そんな彼らが、なぜシエラにだけお熱になっているのかというと、彼女の立ち位置が大きく関係しているのだが――
「おいお前ら! 何やってる!」
そこへ、スコットが現れた。
途端、陸戦隊員達がげ、と一斉にたじろぐ。
「あ、マスター」
「もう授業やるから、さっさと帰れ帰れ!」
スコットは虫を追い払うかのように乱暴に腕を振り回し、シエラの露払いをする。
やはり虫のようにざっと下がる陸戦隊員達だが、スキンヘッドの准尉だけは、シエラの手を離して逆にスコットへ歩み寄った。
シエラに対するものと同じく、機嫌を取るような妙に遜った態度で。
「これはこれは少尉殿。シエラちゃんにご迷惑をかけた事は、私が代表してお詫びします」
「バカ言うな。お前だって迷惑かける気だったんだろ、准尉」
「とんでもございません。私は節度というものを心掛けているつもりです。そんなに過保護ですから、亭主と言われるんですよ、少尉?」
亭主、という言葉にスコットの眉が僅かに動く。
准尉の背後では、あの亭主が羨ましいぜ、と小声でつぶやく陸戦隊員がいる。
それが癪に障ったのか、スコットは刺すような視線で問いかける。
「……准尉、オレに喧嘩売ってんのか?」
「そんなつもりはないですよ。では、我々はこれで。お前ら、撤収するぞ!」
准尉の軍人らしい力強い呼び声で、一同は素早く撤収していく。
臨機応変さが重視される部隊らしい鮮やかな撤収で、ブリーフィングルームは静けさを取り戻す。
「ったく、何なんだあいつら……シエラ、変な事されなかったか?」
スコットはシエラに、ぶっきらぼうに問いかける。
「いえ、別に何も……」
「気を付けとけ。あんな荒くれ者の集団に心許したら、何されるかわからねえからな」
スコットは陸戦隊員達が去っていった先をにらみながら、シエラに忠告する。
だが、シエラは意外にも柔らかくながら反論した。
「それは言い過ぎだと思います、マスター」
「は?」
「少なくとも、あの准尉さんは悪い人のようには見えませんでしたよ?」
「……っ」
それを聞いたスコットは、困り果てた様子で額に手を当てた。




