セクション10:無関係でいられない世界情勢
「何見てるんだろ? 行ってみる、ジェシー?」
「うん」
気になったジェシーは、レネと共に2人の元に向かい、声をかけてみた。
「何見てるんですか、エリシア先輩?」
すると、エリシアとフィリップは揃って顔を向けた。
「あ、ジェシーちゃん! レネちゃんにハルカちゃんも! 今カイラン軍のヘリが映っていたので――あ、もう終わっちゃいました……」
エリシアに促されるままに、ジェシーはテレビを見てみる。
テレビでは、ニュース番組が流れていた。
スルーズとは異なる、どこかの国の軍隊の映像。
砂漠地帯を、ライフル銃を手にかけていく異人の歩兵。
そして、同じ砂漠で炸裂する爆発。
それは、とある戦いを記録した資料映像だった。
ジェシー達は、見た途端に視線を離せなくなってしまう。
「先輩、こんなセンシティブな問題やってる時もヘリで興奮するなんてどうかと思いますよ」
「そ、そうは言われましても……マニアってみんなそうだと思いますよ?」
フィリップが苦言を呈するが、エリシアは苦笑しながらはぐらかすだけ。
こんな事になるのも、無理もない。
映像の隅にあるテロップには、物騒な英文が書かれていたのだから。
『ケージ軍国境付近に集結か カイラン警戒を強める』
最近、何度もニュースで見る2つの国の名前。
今流れている映像は、遠く離れた地ながらスルーズにとって決して無縁とは言えない、海外情勢のニュースだった。
「またケージの話? 軍が集結なんて、何を始める気なのかしら?」
「そんなの決まってる。『第三次カイラン・ケージ戦争』だよ」
レネの疑問に、フィリップが少し苛立った声で答えた。
カイラン共和国とケージ共和国。
アフリカに存在する両国は、北にカイラン、南にケージという形で国境を接しており、独立して間もない頃から国境線を巡って争いを繰り返してきた犬猿の仲だ。
過去には『カイラン・ケージ戦争』という二度の大きな衝突があり、それ以外にも小競り合いを何度も繰り広げている。
そのため、両国が接する国境線の部分は、現在も世界地図では点線で描かれている。
そして今、カイランの地で新たな『嵐』が起きようとしていた――
「あの撃墜事件から、ここまで発展するなんて……」
ジェシーがつぶやくと、映像が切り替わった。
このニュースの発端となった、ある事件の一部始終を捉えた映像だ。
砂漠の真ん中で、黒い煙を上げて落ちて行く戦闘機。
その上を、悠々と飛び去って行く別の戦闘機。
この日、カイラン軍の戦闘機が、領空侵犯を行っていたケージ空軍の戦闘機を撃墜。ケージ軍機のパイロットは未だ行方知れずになっている。
領空侵犯した戦闘機が撃墜されて情勢が悪化するという出来事自体は、決して珍しい事ではない。世界中のあちこちで起きている事だ。
だが、この事件には謎が多い。特に、撃墜に至った経緯について。
ケージ側が撃墜を大きく非難したのに対し、カイラン側は事故で墜落したと主張する以外は一切の情報を調査中と称して公開していない。
その態度が、ケージの気に障ったのは明らかだった。
ケージ軍のパイロットは既に死亡していてカイラン側が隠蔽しているなど、暗い噂も飛び交う中、カイランとケージは再び三度目の『嵐』に繋がりかねない緊張状態になっている。
「戦争に、なるのかな……?」
ジェシーは、不安になる。
カイランの情勢は、スルーズ人にとって他人事ではない。
カイランは、スルーズのかつての植民地であり、独立後も貿易で密接な関係にあるのだ。
故にスルーズは、ケージがカイランに対し事を起こす度に武力をちらつかせ、二度の『カイラン・ケージ戦争』では実際に軍をカイランの地へ派遣し武力介入を行った。
つまり、カイランで事が起きればスルーズも無関係ではいられなくなるのだ。
軍人の候補生として、不安にならないはずはない。
「ならない、ならない。だって、これからカイランとやる『アライド・ウェーブ』演習で、ケージがビビらない訳ないでしょ」
レネが、笑いながらフォローする。
だがそれは、ジェシーにとってフォローにはならなかった。
「それ、サングリーズも――俺達も参加するんでしょ?」
そう。
実はこのサングリーズ、レネが言った合同軍事演習『アライド・ウェーブ』参加を最初の目的にしている。
つまり、自分達の初陣が、ケージを牽制するための合同軍事演習になるのだ。他人事で済まされる事ではない。
「そう、なんだよね……僕達、結構責任重大なんだよね……」
フィリップも、不安なのか顔を僅かにうつむける。
実践参加が禁じられている候補生にとって、実戦に近い環境を体験する数少ない機会。
国際情勢がかかった演習で、無様な真似はできない。
自分達には分不相応なのではないかと思うほど、そのプレッシャーは大きい。
「平気平気! あたしが全部ぶっ飛ばしてやるから! ね?」
だが、レネは2人とは裏腹にやる気満々の様子。
がちり、とその手に持っていたコーラの缶が少し凹む。中身を空けていたら、潰れていたかもしれない。
ジェシーはそれも、不安だった。
演習でレネが暴れるような事があったら、どうなるんだろう、と。
「そういえば、ファインズの航空学園にカイランからの留学生が来たって話を聞きました。もしかしたら演習に参加するのですかね、フィリップ君?」
「来ないと思いますよ、先輩。演習先まで飛ばせませんから。留学生の戦闘機は船で運ばれてきたんですよ? 空中給油できないですし、パイロットもフェリー飛行の技能ないですし」
一方、エリシアはプレッシャーの事など全く気にしていないかのように、普段と変わらぬ様子でフィリップに疑問を投げかけていた。




