セクション04:王子、激しく怯える
ジェシーとレネは、休憩室にいた船員からルートを聞く事ができたおかげで、目的地である艦橋のブリーフィングルームに辿り着く事ができた。
当然ながら、そこには既にアンバーやハルカ、エリシアやフィリップの姿があった。
「で、どうだった? サングリーズの艦内見学ツアーは」
先に席についているアンバーの問いは、からかうようなものではったが、妙に顔色が悪く、話し方もどこか余裕がない。
「見学ツアーどころじゃなかった……」
走り回った反動で疲れ気味のレネは、正直に答えた。
「だから言ったでしょ、案内が必要だからって。軍艦ってのは広いんだからさ……」
アンバーは、はあ、とため息をつく。
「もう予定より30分も遅れたんだからね!」
ハルカも畳みかけるように指摘する。
さしものレネも懲りたのか、ごめんなさい、と謝るしかなかった。
ジェシーも、反論は何もしない。
あの時休憩室でレネと合流できなかったらどうなっていたかな、と少し考えてしまった。
ふと脳裏に浮かぶのは、よくわからない問いかけをした謎の男。
今思えば、あの人は一体何者だったのだろう。
服装からして、明らかに軍人ではなさそうだったが、艦の兵站を務める軍属の民間人でもなさそうだった。
「あの、教官。少し関係ない話なんですけど――」
「何?」
「今サングリーズに、軍属じゃない人は乗ってるんですか?」
だからか。
自然と、ジェシーはアンバーに問うていた。
「軍属じゃない人……? さあ、知らないわ。テレビ局が入ってるなんて話も聞いてないし。艦長さんなら何か知ってるかもしれないけど――どうしてそんな事聞くの?」
「……いえ、何でもないです」
アンバーも知らないようだ。
だからジェシーも、それ以上話を進める事はなかった。
その一方で、アンバーははあ、とため息をつきながら頬杖をつく。
明らかに気だるげな様子。
ハルカが、気になって問いかけた。
「教官、何だかさっきから様子がおかしいですよ?」
「ええ、ちょっとおかしいかも――」
アンバーが言いかけた時。
ふと、ブリーフィングルームの外から何やら声が聞こえてきた。
「ったく、こんな時に遅刻するとはどういう神経した奴なんだ!」
「し、仕方ないやてシーザー様、道に迷っただけみたいやし――」
少し前に聞いたような少年の声と、聞き覚えのない少女の声。
直後、ブリーフィングルームのドアが乱暴に開かれた。
そこにいたのは、結団式で空軍を痛烈に批判したばかりの王子、シーザー。
そして、水色の髪を持つ、控えめな印象の少女だった。両手で何やらプリントの山を抱えている。
王子の出現に、ブリーフィングルームの空気が一瞬で変わる。
「その道に迷うって言うのが――」
だが。
シーザーはブリーフィングルームを見回した途端、ある一点――レネに視線が釘付けになってしまう。
あり得ないものを見たかのように目を大きく見開き、レネを指差す。
「げ、お前はレネ・スクルド!? なぜここにいる!?」
「呼ばれたからに決まってるでしょ。久しぶり」
一方のレネは、特に驚く事もなく冷淡に手を小さく上げて挨拶する。
「ふ、ふざけるな! 僕は、お前みたいな乱暴者を呼んだ覚えなどないぞ!」
シーザーがレネを指差す人差し指は、明らかに震えていた。
恐れている証だ。顔色が真っ青なせいで、隣にいる少女が少し不安がっている様子を見せている。
王子が纏う空気は、もはや見るも無残に崩れ去ってしまっていた。
「おい陸軍の教官! どうしてこいつを呼んだか説明しろ!」
「えー、私は『優秀な生徒を選べ』って言われたから、それに従っただけ……」
動揺の表れか、教官に溜め口で問うシーザーだが、アンバーも相変わらず、気だるげに答えるだけ。
「な、何だと……!? こんな乱暴な女が、優秀扱いされるとは……くそっ、どんな頭をしているんだ陸軍はっ! このサングリーズを本気で沈める気なのか!」
「お、落ち着くんやシーザー様!」
ますます動揺――いや、怯えが増していくシーザーを、少女が訛った言葉でなだめ始めた。
「落ち着いてられるかリューリッ! あいつに、あいつに僕は昔ひどい目に遭ったんだ! あいつは関わってはいけない女だ! そんな奴がいる所なんかにいられるか!」
だが、シーザーの動揺が収まる気配はない。
リューリというらしい少女を無視して、シーザーはブリーフィングルームを逃げるように出て行ってしまう。
「誰かー! レネ・スクルドを即刻サングリーズから降ろせ! ろくな事にならないぞ!」
「シ、シーザー様ーっ!」
助けを乞うように廊下へ叫ぶシーザーの後を追って、リューリも机の端にプリントを置いてから姿を消してしまう。
ブリーフィングルームが、気まずい沈黙に包まれる。
王子が主導するはずのオリエンテーションは、一瞬にして台無しとなってしまった。
「相変わらず中身ない男」
だが、その犯人たるレネは、頬杖をつきながらつまらなさそうにつぶやくだけ。
その場違いな言動に、ジェシーは思わず質問していた。
「……ねえレネ、王子に一体何をしたの?」
「さあねー、覚えてない。1回喧嘩したくらいしか」
喧嘩。
その単語を聞いただけで、ジェシーはレネがどんな事をしたか察してしまった。
シーザーが過剰なまでに苦手意識を持ったとなれば、容易に想像がついてしまう。
恐らく、口にするのも憚れるほど、ひどい事をされたのだろうと。
「誰かー、多分あれオリエンテーションのプリントだと思うから、配ってくれるー?」
そんな中。
アンバーが、面倒くさそうに一同へ呼びかけていた。




