セクション03:謎の男は問いかける
「はあ、はあ、はあ――」
ジェシーは息が切れそうになりながらも、複雑に入り組んだ廊下を駆ける。
途中行き交う船員に何度か聞いてみたものの、手掛かりが見つからない。
なので今の所、しらみ潰しに探すしかない。
ただでさえゴールが見えない迷路の中で、はぐれた恋人を探すのは、さらに迷路の深みにはまっていくような感覚がする。
「はあ、はあ、レネ……!」
レネを独りにさせられない。
もし知らない男に絡まれたら、どうなるかわからない。レネではなく、絡んだ相手が。
乗り込んで早々問題行動を起こすなんて、シャレにならない。
だから、何とかして見つけないと。
ジェシーはそんな思いだけを頼りに、廊下を進んでいく。
ふと目の前に、開けた部屋の入口が見えてきた。
ドアがなく、談笑する人の声が聞こえる所を見ると、どうやら休憩室のようだ。
あそこにいる人に聞いてみよう。
そう思って、休憩室へ滑り込もうとした直後。
急に、誰かが休憩室から出てきた。
陰から姿を現したので、気付けなかった。
「あっ!」
そう叫んだ直後。
ジェシーは現れた人影に正面からぶつかり、強く尻餅をついてしまった。
「いたた……ご、ごめんなさい……」
真っ先にジェシーは謝る。
相手は倒れなかったようで、未だ立っている。もしかしたら、怒っているかもしれない。
そう思いつつ顔を上げた途端、ジェシーは息を呑んだ。
明らかに軍人らしからぬ風貌をした男が、そこにいたからだ。
口元が無精ひげで覆われ、黒い革ジャンを羽織っている、いかにも豪放そうな顔立ち。
ガムでも噛んでいるのか、くちゃくちゃと音を立てながら、顎を上下させている。
彼は、両手をポケットに入れたままの姿勢で、まるでチンピラのような目つきでジェシーを見下ろす。
「あ――」
背筋の毛が逆立つ。
関わってはいけない人間に、関わってしまった感覚。
怒りを買って暴力を振るわれてしまいそうな雰囲気。
相手が何者なのかを探る前に、防衛本能が先走ってしまう。
「その……悪気はなかったんです! ちょっと、人を探していただけで――」
立ち上がりながら、事情を説明し始めるジェシー。
すると。
「お前、その制服――学園の候補生か?」
男はジェシーの制服を見て、冷たい声で問うた。
見下ろされているせいもあってか、妙に威圧的。
回答を、ジェシーは拒む事ができない。
「あ、はい……」
「嬢ちゃんのくせしてズボン履いてるたあ、変わった趣味してるんだな」
「……!?」
その言葉に、背筋が凍り付く。
一瞬、自分が男だと見抜かれたのかと思ったから。
「……ま、最近の制服は女でもズボンは選べるらしいし、どうでもいいか」
だが、それは杞憂だったようだ。
男だとバレなかった事については安心できたものの、まだ威圧されている感覚は消えない。
「それより、そのウイングマーク――パイロット候補生と見た。何に乗ってる?」
「アパッチ、ですけど……?」
恐る恐る答えると、男は僅かだが目を見開いた。
「アパッチ? お前が? とてもそのようには見えねえな」
疑うように顔を近づけ、ジェシーの顔をじっと覗き込む。
自然と顔を引き、目を逸らしてしまうジェシー。
見栄を張っていると思われているのだろうか。
ジェシーはアパッチに乗りたくて乗っている訳ではないのだが、その弱みを今目の前の男に知られてはいけないと直感した。
「アパッチに乗ってる奴は、そんな虫も殺しませんって面はしてねえ」
「その、いろいろと、事情がありまして――」
「……そうか」
すると、男は顔を離す。
追及するのをやめたのだろうか。
そうジェシーは思い、逸らした目を戻したが。
「なら、1つ聞いてみるか」
「な、何でしょう?」
「お前は、戦場でどう撃たれたい?」
男は、ジェシーを試すように眼差しを鋭くして問うた。
「ど、どう撃たれたい……?」
その問いの意味が、ジェシーにはわからなかった。
だが、男の猛獣のような眼差しが、さあ答えろとばかりに答えない事を許さない。
ジェシーは、再び視線を逸らしながらも何とか言葉を絞り出す。
「で、できるなら、撃たれたくないです……」
すると、男の眼差しが急に鋭さを失った。
答えを聞いた途端、興味をなくしたかのように。
「……そうか。つまらん事聞いたな」
その声にも先程までの威圧感が消え、気怠そうなものになっていた。
ますます男の意図がわからないジェシー。
「邪魔したな」
もう用はないとばかりに、男は革ジャンを翻してジェシーの前を去っていく。
何が何だかわからないまま、その後ろ姿を見送っていると。
「ジェシーッ!」
ふと、聞き慣れた声が背後からした。
はっと振り返ると、こちらに急ぎ足で駆け寄ってくるレネの姿が。
「レネ! どこ行ってたの? 探したんだよ!」
「それはこっちのセリフ! というか、あいつ誰?」
レネの視線が、ジェシーの背後に向けられる。
顔を戻すと、さっきの男がまだいた。
背を向けたまま、足を止めている。
「1つだけ忠告してやる、か弱い嬢ちゃん」
すると男は、顔を向けないまま語り始めた。
「撃たれたくないって思ってるようじゃ、戦う人間として半人前未満だ。悪い事は言わねえ、さっさとやめちまいな」
そして、今度こそジェシーの前を歩いて去っていく。
その足音が、妙に大きく響く。
「何言ってるの、あいつ?」
「さあ、俺も知りたいよ……」
結局ジェシーもレネも、男が何者なのか知る術はなかった。
だが、最後に言い残した言葉は、ジェシーの胸に刺さる何かがあった。




