セクション01:いざサングリーズへ
・前回までのあらすじ
既に廃車となった装甲車さえも撃つ事ができない中性的な少年、ジェシー。
そんな彼の身が危なくなると、すぐさまやってきて暴れ出す少女、レネ。
スルーズ空軍航空学園陸軍分校にてアパッチを操縦する2人は、新型強襲揚陸艦サングリーズによる世界一周特別航海の選抜メンバーに選ばれた。
海軍のセネット基地にやってきた一同は、同じく特別航海のため集結した、中等部時代の仲間達と再会。
だが、特別航海は、開始する前から波乱の様相を見せ始めていた――
日が傾き始め、赤く染まった空の下。
港では、一同が各々の荷物を手に、まさにサングリーズへ向かおうとしている所だった。
結団式を終えた後なので、一同は全員服装を制服で統一しており、陸軍の赤、海軍の白、空軍の青が揃い、とても色合いが華やかだ。
ちなみにルビーと唯一の男であるジェシーだけは、スカートではなくズボンスタイルである。
「みんなとは、ここで一旦お別れね」
「えっ、サングリーズに乗るんじゃないの?」
「何ボケてるの。私達の乗艦はあっちでしょ。大尉に怒られたい?」
「冗談、冗談」
漫才のようなやり取りを交わすルビーとロメア。
ルビーが指差す先には、サングリーズの反対側に停泊している、別の軍艦だった。
サングリーズよりも小型で、艦橋と砲塔を備えた、標準的な現代の軍艦という外見。しかし、艦橋の周りには六角形のアンテナがいくつか貼られているのが目立つ。
「ゲイラヴォル……だったっけ? こっちも確か最新鋭だったよね」
「ええ、そうよ。私もこの船で特別航海に出れる事を、とても光栄に思ってるわ」
ジェシーの問いに、ルビーが答える。
スルーズ海軍が誇るイージス艦・ゲイルドリブル級だ。
今いるのはその4番艦にして最新艦、ゲイラヴォル。今回の世界一周航海を、サングリーズの随伴艦として共にする事になる。
ルビーとロメアはこのゲイラヴォルに所属しているため、航海の間、2人とはしばらく顔を合わせられなくなる。
とはいっても、寂しさはない。顔を合わせられなくても、SNSでいつでも話せるから。
「それじゃ、後でスマホで会いましょ」
「ま、多分ほんとにサングリーズに乗れるかもしれないけどね!」
ルビーとロメアが、挨拶をして一同の前を離れていく。
一同も手を振りながら、そんな2人を見送った。
「エリシアさん、空軍のチヌークが1機しかないって、本当なんですか?」
「はい、シエラちゃん。2か月前に大事にはなりませんでしたが機体トラブルがありまして、全機飛行停止して機体点検を行っていたのです。少し前から安全確認ができた機体から飛ばせるようにはなったのですが、何分運用機数自体が少ないですから、部隊に負担をかけないために単機のみという形になってしまったのです」
「それは、大変ですね……」
サングリーズへ向かう中、エリシアがシエラとそんな会話をしている。
「ですから文句を言われても仕方がないのですが――それにしても、今日の王子、かなり不機嫌そうでしたね……シエラちゃん、王子って元からああいう人なんでしょうか?」
「実は私もちゃんと話したことはなくて、あまり知りません……女子からは人気なのは知ってましたから少し意外でしたけど……」
そこに、レネも加わる。
「意外でも何でもない。あれがシーザーの『素』よ。人前ではいい顔してるくせに、琴線に触れたらすぐカーってなっちゃうの」
「レネちゃん、王子と会った事あるんですか?」
「まあ、顔合わせた事ある程度だけど」
「さすが騎士の家ですね……」
そんなレネとエリシアのやり取りを、ジェシーはレネの隣で黙って聞いていた。
すると、シエラが話を振ってくる。
「という事は、ジェシーも王子に会った事あるの?」
「いや。多分、俺と知り合う前の話だと思う……」
ジェシーが本心で答えたそんな時、ぱんぱん、と手を叩く音が聞こえた。
「はい、お話はそこまで」
アンバーだった。サングリーズへかけられたタラップの前にいて、その隣にはハルカもいる。
「あ、はい!」
ジェシーは、レネと共にすぐに向き直る。
それを確認してから、アンバーは説明を始める。
「これからサングリーズに乗り込むけど、部屋割りについて教えるわよ。あ、空軍さんと海軍さんには関係ないから、あっち行ってて」
なぜかエリシアとシエラに釘を刺してくるアンバー。
2人は疑問に思いながらも、言われた通りに離れていく。
「部屋割りかあ……確か今の軍艦って、部屋が男女毎に分かれてるんでしょ?」
一方で、レネはどこか不機嫌そうな表情を浮かべていた。
まさか、とジェシーは思った直後。
「つまり、ジェシーと一緒になれない……軍艦だから合法的にジェシーと一緒に寝られると思ったのに……っ!」
悔しそうに震える拳を握るレネ。
やっぱりそうだったんだ、とジェシーは苦笑してしまう。
アンバーの判断は、ある意味正しかったのかもしれない、とも。
「大丈夫よ。レネちゃんとジェシーちゃんは一緒の部屋だから」
「えっ!?」
すかさずフォローを入れたアンバーの言葉に、レネの表情がぱあ、と明るくなる。
そして、アンバーはレネの耳元で小さくささやく。
「サングリーズじゃ、ジェシーは女の子って事にしてるからね。その代わり、この事は内緒にしておくのよ」
「あ……ありがとうございますっ!」
レネが、珍しくアンバーに敬意を見せた。
事があれば上官にさえ牙をむく彼女が敬意を払うという事は、余程嬉しい事だったのだろう。
傍から見ているハルカは、呆れている様子だ。
だがレネは気にも留めず、ジェシーの腕に無邪気に抱き着いてきた。
「じゃ、行こっジェシー! 教官、あたし達の部屋って何番なの?」
「あ、ちょっと待って。案内が必要だから、まずは艦橋にあるブリーフィングルームに行ってオリエンテーションする事になってるんだけど――」
「じゃあ、そこに行けばいいのね! よしっ!」
アンバーの言う事も聞かず、レネは抱いたジェシーの腕を引っ張ってタラップへと駆け出してしまった。
「あっ、ちょっと、待って! 人の話は最後まで――」
「いいから! ああ、素晴らしきかな強襲揚陸艦ライフーッ!」
レネの駆ける足取りは、浮足立っているように軽い。呼びかけても止まる気配がない。
結局、アンバー達よりも先にサングリーズへと乗り込む事になってしまった。
でも、まあこれでよかったのかな、とジェシーは楽観的に考えていた。
自分にとっても、レネと同じ部屋で一緒に過ごせる事は、婚約者――いや恋人として嬉しい事であったから。
* * *
だが。
間もなく、ジェシーはその考えが甘かった事を認識させられた。
「もうっ、どこなのよここーっ!」
レネの怒りの叫び声が、狭い廊下に響き渡る。
艦内の廊下を行き交う内に、迷ってしまったのだ。




