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セクション20:恐れるな、勇敢であれ

 セネット基地の港湾施設――サングリーズが停泊している場所のすぐ脇で、航空部隊の結団式が執り行われた。

 ジェシーらを含む航空部隊に参加する面々が、それぞれ所属毎に分かれて整列する。

 その先頭に立つのは、旗を持った兵士が1人ずつ。

 合わせて3つある旗には、それぞれ異なるエンブレムが描かれていた。

 赤い制服の陸軍は、交差させた剣のエンブレム。

 青い制服の空軍は、翼を広げた鷲のエンブレム。

 そして白い制服の海軍は、錨のエンブレムであった。

 さらに今、ここにもう1つの旗が加わる。

 お立ち台に入場してきた、スルーズの国旗だ。

 上から紫、白、黒で塗られた三色旗。

 それが台上に運ばれてくると、敬礼の号令が響き渡った。

 一同は、一糸乱れぬ挙手の敬礼をする。

 旗も、素早く前方へ真っ直ぐ倒し、敬礼の姿勢になる。

 直後、軍楽隊によって国家の演奏が始まった。

 吹奏楽によって演奏されるそれは、王国らしくスルーズ家を称えるものだ。

 ゆったりとした曲の演奏が空に響き、旗が風でなびく。

 そんな様子を見下ろすサングリーズも、どこか誇らしげに見えた。


「長くなったが、最後にこれだけは話しておこうと思う」

 お立ち台の上で、白い制服姿の男が語り続ける。

 男は黒い口ひげを生やしており、肩の階級章は、大佐を示している。

「君達も知っているとは思うが、先代の戦艦サングリーズは、かの第二次大戦を戦い抜いた軍艦だ。当時、この国は恐怖に浸食されつつあった。大西洋はドイツの軍艦が跳梁跋扈し、海上交通は寸断の危機に瀕し、この国はいつか文字通りの孤島となってしまうのではないかと、誰もが怯えていた。そんな国民達に希望を与えたのが、サングリーズだったのだ。サングリーズは、決して華々しい戦果を挙げた訳ではない。だが、その戦いぶりが国民達を勇気づけ、やがて大西洋の平和を取り戻す事に繋がった」

 彼の名は、ウォーロック。サングリーズの艦長を務める男だ。

 彼の挨拶を、一同は視線を逸らさずに聞いている。

「あの戦いから75年――今は世界情勢の混迷で、世界のバランスが再び乱れようとしている。そうなれば、この国にも遅かれ早かれ影響が出るだろう。既にそれを感じ取り、少なからず恐怖を感じている人々もいる。そんな時代に、サングリーズという名の船が蘇ったのは、偶然ではないと私は信じている。我が軍はこんな時代だからこそ、世界のバランスを保つために行動しなければならない。だからこそ、私は我が軍の未来を担う君達に、サングリーズのモットーを胸に刻み込んで欲しい」

 ウォーロックは少し間を取った後、かっと目を見開く。

「――『恐れるな、勇敢であれ』」

 今までのどの言葉よりも強調されたその言葉が、会場に響き渡る。

「『恐れる』をどう捉えるのか。何をもって『勇敢』と言うのか。その答えを、今回の特別航海の中で見つけ出してくれる事を私は切に願う。私からは以上である」

 ウォーロックが話し終えると、一同は号令によって再び敬礼した。

 それを終えると、ウォーロックはお立ち台から降りて行った。

(『恐れるな、勇敢であれ』か……)

 ジェシーは、胸の中でその言葉を噛みしめる。

 だが。

「はあ、偉い人の話ってほんと長すぎだよねえ……」

 隣に立つレネが、ため息をつきながら言った言葉に、呆れてしまう。

「しーっ!」

 ジェシーはすぐさま、小声で注意する。

 そんな時だった。

『次は、今回の特別航海に候補生として参加する、シーザー・ロイ・スルーズ王子からお言葉をいただきます』

 司会のアナウンスか発した名前に、ジェシーは耳を疑った。

「シーザー?」

 レネもその名前に反応して、ぽつりとつぶやく。

 お立ち台に顔を戻すと、1人の少年が上がってくるのが見えた。

 貴公子という言葉がふさわしい、金髪碧眼の少年だった。

 白い制服の上から纏っているのは、紫色のケープ。

 それは、この国の高貴な王族である事の証となるもの。

 ジェシーが、これまでテレビでしか見た事のないものだった。

(あれが、シーザー王子……)

 シーザー・ロイ・スルーズ。

 スルーズ王国の王位継承者たる、王家の御曹司。

 そういえば、海軍分校でパイロット候補生となっていた事を思い出す。

 一同と敬礼を交わした後、シーザーはマイクの前で語り始めた。

「まずは、強襲揚陸艦サングリーズの特別航海実現に向けて助力してくれた多くの軍関係者の方々に、深く感謝する。陸・海・空三軍の航空学園から優秀な生徒を揃えて編成された、まさに特別と言える今回の統合航空戦闘部隊の一員に加われた事に、私も王子として大変誇らしく思っている」

 どこか威圧的にも聞こえる口調で、シーザーは語り始める。

 妙に機嫌が悪そう、とジェシーは感想を抱いたが、その理由はすぐに明らかとなった。

「だが。この統合航空戦闘部隊には、早くも暗雲が漂い始めている……なぜなら、空軍が派遣したチヌークが、機材の都合で1機しかいないというのだ!」

 そう強く主張した途端、これまで微動だにしていなかった一同が、困惑し始めた。

 特に、陸軍と海軍の隊員に、それは多かった。

「本来、チヌークは2機が派遣されるはずだった。だが空軍のチヌークは先日発生した機材トラブルに伴う機体点検によって、1機しか送る事ができないと言ったのだ! 空軍の不手際で、貴重な輸送ヘリが1機減らされてしまった! 輸送ヘリが1機でも減れば、その分作戦行動に支障をきたす事を、空軍は気付いていないと言わんばかりの暴挙と言わざるを得ない!」

 まるで政治家のネガティブキャンペーンのように、シーザーは空軍を非難し続ける。

 エリシア達がどんな反応をしているかをジェシーは知る由がないが、困惑しているである事は容易に想像がつく。

「HTMSサングリーズのHTMSとは、どういう意味か諸君らも知っているだろう? 『スルーズ国王陛下の船』という意味だ。つまりこのサングリーズの名を汚す事は、所有者である我ら王家の名を汚す事に等しい! 統合航空戦闘部隊の諸君には、くれぐれも王家の顔に泥を塗るような行為は行為は慎んでもらいたい! ましてや世界を巡る航海となれば、猶更である! 以上!」

 シーザーの感情的な主張によって、会場は気まずい静寂に包まれる。

 その中でも、ジェシーは彼の奥底にある感情を読み取れていた。

 ――恐れるな、勇敢であれ。

 先程ウォーロック艦長が告げたサングリーズのモットーに、真っ向から反するものであるという事を。

 王子たる者が、航海が始まる前にそんな事をしていいのかと、ジェシーは不安を抱かずにはいられなかった。

 それは、他の隊員や候補生達も同じに違いない。


 かくして、特別航海は三軍の間に亀裂を残す形で幕を開ける事になってしまった――


 フライト1:終

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