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セクション18:もう1人のシエラ

「シエラ、何かお前おかしいぞ? 変なものでも飲んだか?」

「そんなあ、私は至って普通ですよ、マスター?」

 腕を抱いたまま、更に密着するシエラ。

 何か誘っているかのような態度に、スコットは対応がわからない様子だ。

「また何してるの、ロメア」

 そんな時。

 冷静な声が、シエラを呼び留めた。

 はっと振り返るシエラ。

 そこにいたのは、褐色肌の少女。白い制服姿だが、下はスカートではなくズボンだった。

 まるで定点カメラのように冷静な赤い瞳で、シエラを見つめている。

「ルビー……?」

 スコットが、褐色の少女の名をつぶやく。

 一方で、彼女の顔を見たシエラは、若干動揺している様子を見せている。

「な、何の話……? というか私、ロメアじゃないよ……?」

「とぼけないで」

 急に動揺し始めるシエラに、褐色の少女――ルビーは足早に歩み寄る。

 そして、ゆっくり手を伸ばす。シエラがかけている眼鏡に。

「あっ、やめて! エッチ!」

「なんで眼鏡だけでエッチになるの」

「マスターッ、助けてーっ!」

 抵抗するシエラを一蹴し、褐色の少女は容赦なく眼鏡を取った。

 状況を呑めずにいるスコットが、ただ見ているだけなのを良い事に。

 返してー、とシエラは手を伸ばすが、ルビーはシエラよりも背が高く、眼鏡を持つ手を高く上げただけでシエラの手が届かなくなる。

 そのまま離れていくルビーに、スコットが呼びかける。

「おい、ロメアって、まさか――」

「そうです。こっちはシエラじゃありませんよ、スコットさん」

「ち、違うよルビーッ!」

 何とかジャンプして取り返そうとするシエラだが、ルビーは顔色一つ変えずかわす。

「私がっ! 本物の、シエラですっ! マスターッ、信じてくださいっ!」

「マスターッ!」

 だが。

 そんなシエラの声を遮る、別の悲痛な声が響いた。

 シエラの背後。

 そこには、()()1()()()シエラがいた。

「そっちはロメアですよ……うわっ!」

 やはり眼鏡はかけておらず、よく見えないせいか躓いて転びそうになっている。

「げ」

 もう1人の自分を見たシエラは、明らかにまずいものを見たかのように動揺していた。

 すると、スコットはようやく事実に気付き、シエラを強くにらんだ。

「あ! お前さてはまたオレにいたずらする気だったんだな!」

「ち、違います! む、向こうがニセモノですって! 騙されないでくださいっ!」

 一瞬、目を泳がせたシエラは、苦し紛れとばかりにもう1人のシエラを指差す。

 だが、スコットには全く通じない。

「その手はもう通じねえぞ!」

 シエラから離れていくスコットは、ルビーから眼鏡を受け取る。

「大丈夫です、スコットさんの判断は正しいですよ」

 ルビーはそう言って、彼の背を後押しする。

 スコットはもう1人のシエラに歩み寄り、眼鏡を渡した。

「大丈夫か? また眼鏡を盗むなんて、ひどい妹だな」

「あ、ありがとうございます……」

 眼鏡をかけて視界を取り戻し、安心した様子のもう1人のシエラ――もとい、本物のシエラ。

 そして、偽物と断定された方のシエラは、うぐぐ、と悔しそうに歯噛みしていた。

 スコットの冷たい視線が、偽物のシエラに向けられる。

「お前、またトイレ掃除やらせっぞ……?」

 まるで町をうろつくゴロツキのような、威嚇する鋭い目つき。

 全身からあふれ出るその気迫に、肉食動物に狙われた草食動物のごとく怯んでしまった偽シエラは、

「こ、こうなったら、逃げるが勝ちっ!」

 素早く踵を返し、その場から逃げ出そうとした。

 だが。

 その襟の後ろを、あっさりと誰かに掴まれてしまった。

「観念なさい、ロメア」

 ルビーだ。

 偽シエラはしばし手足をじたばたと動かし抵抗したが、逃げる事ができない。

 そうしている内、1枚の紙がポケットから落ちた。

 それには、『You've had it!!(ドッキリ成功!!)』と書かれていた。

 とうとう観念してがっくりと肩を落とす偽シエラ。

「相変わらずだね、ロメアも……」

 一連の騒動を見ていたジェシーは、苦笑しながらそれだけつぶやいた。

 偽シエラの正体は、シエラの双子の妹ロメアだ。

 眼鏡をかけていない事を除けば、容姿はシエラと瓜二つ。

 故に、いたずら好きなロメアはこうやってシエラを入れ替わるいたずらを仕掛ける事が多いのである。

「あ、ジェシー。久しぶり……」

 ジェシーの姿に気付いたロメアは、苦笑しながらひらひらと手を振った。


     * * *


 いろいろとごたごたはあったものの、晴れて兵舎に中等部の旧友達が集まった。

 ロメアがいたずらの『罰』を受けた影響で時間は大幅に遅れたが、シエラが提案した女子会は、兵舎の一室で無事に開かれる事となった。

 床に置かれたお菓子袋を中心として、ジェシーら7人が取り囲む形で座る。

「だって、あんなイケメンと普段からいちゃついてるなら、少しは譲ってもらってもいいじゃない?」

 ロメアはお菓子をほおばりながら、そういたずらの動機を語った。

「ロ、ロメア! 私とマスターはそんな関係じゃないよ!」

「あーあ、いいよねシエラは。周りにイケメンが多くて。こっちなんて周りオッサンばかりだよ?」

 シエラの動揺をよそに、ロメアは羨ましそうに語る。

 すかさず、隣のルビーが指摘する。

「ロメア、大尉達はとてもいい上官だと思うけど、恩は何もない訳?」

「え? ルビーってそんな趣味あったの?」

「そんな事言ってません。質問に答えて」

 すぐさま冷やかしてくるロメアと、冷静さを崩さないルビーのやり取りを見て、ジェシーはレネ、ハルカ、エリシアと共に苦笑していた。

 相変わらず仲がいいなあ、と思いながら。

 ロメアとルビーもまた、海軍分校に行った候補生だが、ルビーだけはパイロット候補生ではない。

 だが、一緒に飛ぶ事が多いロメアとは、特に付き合いが長いのだ。

 そんなSNSで交流を続けてきた旧友達と揃って顔を合わせられるのは喜ばしい事ではあるのだが、どうも気持ちが落ち着かない。

 理由は単純。

 自分だけが、ただ1人の男だからである。

「そういえばジェシーちゃん、さっきからあまり食べてないようですが……?」

「え?」

 エリシアの呼びかけで、お菓子に手を付けていない事を見抜かれてしまった。

「ごめん、ちょっと考え事……」

 自然と、目を逸らしてごまかしてしまうジェシー。

 逸らした目が、意図せず隣にいたレネの目と合った。

「ほら、これあげる。考え事なんてしてないで、もっと楽しもうよ」

 心情を察したのか、レネはジェシーの口元に1枚のクッキーを差し出す。

 ジェシーはそれを、黙って口で受け取った。

「考え事って、何ですか? 悩みなら相談に乗ってあげますよ?」

 一方でエリシアが、さらに踏み込んできた。

 ジェシーは困ってしまった。

 エリシアやシエラはもちろん、ルビーやロメアも自分が男である事を知らない。

 ここで男である事が知られたら、どんな反応をされるだろう。引いてしまうだろうか。

 だが、いつかは言わなければいけない事。

 ジェシーは迷ったが、思い切って話す事にした。

「エリシア先輩……いや、みんな」

 重い口を開くと、一同の視線がジェシーに集まった。

 当然ながら、これから重大な話になるとは思いもしていない、何気ない目つき。

「その、言いにくい事なんだけど――」

 どうしても、顔がうつむいてしまう。

 しっかり正面を見る事ができない。

 それでも、話さないと――

「実は、俺――」

「待って!」

 そんな時。

 急にハルカが話を遮り、ばっと立ち上がるとジェシーの元に駆け寄った。

「ごめんジェシー、ちょっと外まで来て」

 ぐい、とジェシーの腕を引っ張り、部屋を出る。

 ちょっと、というジェシーの言葉も無視し、ハルカはすぐ戻るから、と言い残してドアを開けて部屋を出た。

 何が起きたのかわからない一同の視線を、無視する形で。


「ちょっとジェシー、まさか男だって事を白状する気だったの?」

 ドアを閉めたハルカは、なぜか小声でジェシーに問いかけた。

 実習の時のような、妙に真剣な眼差しで。

「え、なんでわかったの?」

 そう問い返すジェシーの声も、自然と小声になってしまう。

 すると、ハルカはああもうっ、と困ったように額に手を当てると、再びジェシーを見据えてジェシーに言い始めた。

「いい、よく聞いてジェシー。アンバー教官から言われた事なんだけど」

「う、うん」

「あんたが男だって事は、口が裂けてもバラしちゃダメ」

「ど、どうして?」

「これからサングリーズの中でも、ずっと女として通すからよ」

「え――ええ!?」

 それは、衝撃の事実だった。

 ジェシーは驚きのあまり、思わず声を上げてしまった。

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