セクション17:マスター・スコット
「あの、シエラちゃん? その方とは、どういうご関係……?」
問いかけるエリシアの声が、普段よりも増して遜っているように聞こえた。
すると、男は気まずそうな視線を一同に向け、こほん、と咳払いをして向き直る。
「あー、シエラが、いつも世話になってるみたいだな。オレは、スコット・フェアリー。別にマスターって名前じゃあねえからな。マスターって呼ばれるくらい偉い訳でもねえからな」
やや不機嫌そうに名乗る男。
すると、早速シエラが反論してきた。文句というよりも、勇気づけるような形で。
「そんな、充分偉いですっ! マスターは私の師匠なんですから、もっと堂々としてくださいっ!」
「あ、あのなあ……」
「マスターは操縦も上手ですし、勉強もできますし、教えるのも上手ですし……私にとっては立派でかっこいいマスターですからっ!」
う、と男――スコットは動揺し、顔が僅かに赤くなった。
「おだてたって、何も出ねえぞ……」
シエラから目を逸らしつつ、頭を掻く。
その様子は困っているようにも見えるが、不思議と満更ではなさそうにも見えた。
「本当にいい人なんだよ、マスターは! 困った時は、すぐ助けてくれるんだから!」
「あ、はは……」
シエラの訴えに、一同は苦笑するしかない。
スコットがシエラの先輩であるらしい事は、ジェシーも読み取れた。
なぜシエラがマスターと呼んでいるのかまではわからないが、それを聞く事には妙な抵抗があった。
「友人が、お世話になっているみたいですね。私はエリシア・スタリオンと言います」
「ハルカ・ブラックホークです」
「俺は、ジェシー・ガザードです」
「あたしはレネ・スクルド」
とりあえす、スコットに自己紹介する4人。
その中でスコットは、スクルドという名字が気になったのか、まさか、とつぶやいていた。
「まあいいや。で、お前達、どういう目的で来たんだ? ひょっとして、サングリーズの特別航海選抜メンバーなのか?」
「はい」
スコットの問いに、代表してジェシーが答える。
「そうか、シエラと一緒か……」
「マスターも、私と一緒にマーリンに乗るの!」
スコットに補足するように、シエラはどこか得意げに説明した。
「あ、そうなんですか。これからよろしくお願いします」
エリシアが挨拶すると、スコットはまあよろしくな、とどこかぶっきらぼうに返した。
そんな時、シエラが思い出したように、スコットへ提案した。
「そうだマスター。私、ちょっと友達呼んできますから、エリシアさん達を兵舎へ案内してくれませんか?」
「ん? ああ、そうだな。どうせ暇だし、引き受けよう」
「ありがとうございますっ!」
提案を引き受けるスコットと、純粋な笑顔で礼を言うシエラ。
それはまさに、普通の仲が良い先輩と後輩の関係そのものだった。
「よし、じゃあ案内するぞ。ついてきな」
スコットは、自ら率先して歩き出した。
ありがとうございます、と言いつつ、ジェシー達はシエラと別れて後をついて行く。
「何か僕、完全に浮いちゃってるな……」
「まあ仕方がないわよ、少年」
その最後尾で、残されたフィリップとアンバーが、そんな事を話していた。
* * *
「よースコット! かわいこちゃんいっぱい連れてモテモテだなー!」
「るせー、ロジャー」
通りすがった若い男の冷やかしを流しつつ、スコットは基地内の道を進んでいく。
やがて、一同は2階建ての大きな建物へとたどり着いた。
「ここが兵舎だ。多分、もうお前達の荷物も置いてあるんじゃないか?」
スコットはその前で足を止めると、親指で建物を指差した。
「ありがとうございます。フィリップ君、行きましょう」
「はい!」
フィリップが先に兵舎へと入っていく。
エリシアもまた、その後を追って中へ入ろうとした。
そんな時だった。
「マスターッ!」
不意に、シエラの声がした。
振り返ると、手を振りながら駆け寄ってくるシエラの姿があった。
だが、呼んでくると言っていた友人の姿は見当たらない。1人だ。
気になったスコットが、シエラに問いかける。
「シエラ? どうした、友達呼んでくるんじゃなかったのか?」
「ごめんなさい、何か用事があるっぽくて、すぐに来れないみたいなんです」
「そうか、そりゃ仕方ないな」
「はい、仕方ないです。仕方ないですから――」
すると、シエラは何を思ったか、スコットの腕に飛びつくように抱き着いてきた。
「お、おいシエラ!?」
「2人で一緒にジュースでも飲みに行きません?」
動揺するスコットをよそに、どこかいたずらな笑みを浮かべて提案するシエラ。
何か、違和感がある。
行動がシエラらしくない。
見ていたジェシーはそう思ったが、周りを見るとどうやらエリシア達も気になっていた様子だった。
「な、なんで一緒に行くんだよ?」
「1人で飲むよりいいじゃないですかー」
「はあ!? まあ、そりゃそうだが、なんでオレなんだ?」
「だって私、イケメンなマスターと一緒にいるのが一番好きなんです!」
いたずらな笑みを保ったまま、スコットを見上げるシエラ。
好き、と彼女が臆面もなく発した事に、ジェシー達も目を丸くしてしまった。




