セクション14:離陸
ジェシーはその見た目故、女子と間違われやすく、幼い頃から必然的に関わる人も女子の方が多かった。
その中には、自分が男であると教えていない人もいる。エリシアもその1人だ。
当初はそれほど気にする事がなかったものの、思春期を超えた今となっては、さすがに女子の集団に1人男として混じるのは気が引けるようになってきた。
(いつかは言わなきゃダメかな……?)
とは思うものの、これで今までの関係が変わってしまったらと思うと、不安になる。
エリシアも含む友人達はみんないい人で、傷付けるような事はしたくない。
だが、いずれは知られるかもしれない事だ。
ちゃんと考えておこう、と結論付けた。
「ジェシー、聞いてた? エンジン始動してって」
と。
レネの言葉で、はっと我に返るジェシー。
見れば、右側に見える機付長が経てた指を振って合図を送っている。
インカムでの呼びかけを聞き損ねていた事に気付いたジェシーは、すぐに謝り作業に取り掛かった。
「あ、すみません! エンジン始動します!」
左側の第一エンジンに火を入れる。
左側から、甲高いタービン音が鳴り始めた。
それを確かめて、左側にあるエンジン始動用スロットルレバーの左側を少し押し込む。
僅かに高まる回転音。
ディスプレイのエンジン画面では、エンジン出力を示す棒グラフの片方が、ゆっくり上へ伸び始めている。
異常がない事を確かめて、逆の第二エンジンを始動。
スロットルレバーの右側を押し込み、棒グラフの右側が上に伸び始めたのを確認。
異常なし。
いよいよローターに動力を繋ぐ。
「ローターブレーキ、解除」
ローターのブレーキを解くと、遂にローターがゆっくりと回転し始める。
同時に、スロットルレバーを2本同時に押し込む。
それに合わせて、ローターの回転が加速し始め、2本の棒グラフの間から、ローターの回転数を示す別の棒が上へ伸び始めた。
ローターの回転が軌道に乗り、遂にヘリコプター独特の羽音を響かせ始めた。
地面に映る影からでも、それははっきり確認できる。
ハルカ・アンバー機も、エリシアのチヌークも、既にローターが回り始めていた。
やっとヘリコプターが動き始めたと実感できる瞬間だ。
用済みとなった補助動力装置を切り、いよいよ離陸と行きたい所だが、そうはいかない。
航空機というものは、自動車のようにエンジンを始動したらすぐ発進という訳にはいかない。エンジンの始動そのものに時間がかかるだけでなく、発進前には各部に異常がないか、整備士と協力して念入りにチェックしなければならない。
それが終わった後も、マニュアルに書かれているチェックリストに従い、各種システムのチェックと準備を行っていく。
それが全て終わった頃には、始動の手順を始めてから10分以上が経っていた。
機付長が通信用コードを外し、いよいよ離陸の時が迫ってくる。
『管制塔、こちらリザード1。準備完了。移動許可願います』
『リザードチーム、ブルーバード、誘導路E1の手前へ移動し待機せよ』
アンバーが代表して、離陸の許可を取る。
その口調は、普段からは少し予想が付かない真面目なものだった。
『さあ、みんな離陸するわよ。ついてきてらっしゃい!』
アンバーが手を上げて合図を送ると、ハルカ・アンバー機がゆっくりと進み始めた。
左へ旋回し、レネ・ジェシー機の目の前を通り過ぎていく。
「ジェシー、ユー・ハブ・コントロール」
レネが操縦装置に触れていない事を示すため両手を上げて合図する。
「アイ・ハブ・コントロール。リザード2、行きます!」
それにジェシーは答え、車輪のブレーキを解除。機体を前進させた。
ハルカ・アンバー機を追う形で、左へ旋回。後をついて行く。
その後にチヌークが続く形で動き出し、3機は1列の隊形を作る。
それから間もなくして、隊形は移動を止めてしまう。
誘導路に入る、すぐ手前の所で。
ヘリは離陸滑走が必要ないので、滑走路へわざわざ入る必要はない。
『管制塔、リザードチーム、ブルーバード、離陸準備完了』
『リザードチーム、ブルーバード、離陸を許可する』
離陸許可が出た。いよいよ離陸だ。
左右を確認するジェシー。
それに合わせて、機首のセンサーの上部が左右に動いた。
この部分はパイロット用のセンサーで、パイロットの首の動きに合わせて動くようになっているのだ。
『了解。リザードチーム、離陸するわよ!』
アンバーが指示を出した直後。
先頭のハルカ・アンバー機が浮かび上がり、そのまま機首を下げて前進する。
その後に続き、ジェシーのコレクティブレバーを引いた。
ふわり、と浮き上がる感覚。
機体が地面から離れ、ゆっくりと前進していく。
戦闘機のような派手さはないが、3機のヘリは1列の隊形――トレイルを崩さないまま、ゆったりと離陸に成功した。
遠くなっていく地面。
遠くなっていくヒルデ基地。
見下ろせば、大勢の整備士達が手を振って見送っているのが見えた。
それを見て、ジェシーはここを離れるんだという実感がようやく湧いてきた。
このヒルデ基地とも、しばしの別れ。
まだ1年も経っていないが、やはり長く我が家としてきた場所を離れるのは、寂しく感じる。
「さあ、行くわよジェシー! ハワイがあたし達を待ってるーっ!」
一方、レネはこれからの旅が待ち遠しいかのように、電車の車掌になったかのように正面を指差し、高らかに叫んだのだった。




