セクション11:チヌークと先輩
CH-47SDチヌーク。それが、このヘリの名前である。
ローターを2枚前後に備えた「タンデムローター」という形式を採用した数少ないヘリで、重輸送任務に使用される。
スルーズでは空軍が運用しており、三軍全てに対する重輸送任務を一手に担う他、副次的に救難任務にも使用されている。
そんなチヌークの元へ、ジェシー達はスーツケースを引っ張りながら向かっていた。
これからのフライトで、一同はこのチヌークに荷物を運んでもらうのだ。
「すみませーん」
胴体後部にあるランプドア近くで作業しているクルーに、アンバーが声をかける。
「あ、はい」
クルーが振り返る。
顎から立派な白いひげを伸ばした、中年の男だった。体格も結構いい。肩には伍長を意味する階級章が付いている。
「どなたです? もしかして――」
「ええ、そのもしかして。これから共にフライトをするリザードチームのリーダー、アンバー・ヒューズです」
「おお、そうでしたか! 初めまして。私はこのチヌークの積荷管理者、レイ・バートルです。お見知りおきを」
男は笑みを浮かべながら敬礼した後、アンバーと握手する。
「では、早速荷物を積みましょう。ほら君達、荷物を」
「あ、はい」
男――レイに促されて、ジェシー達はスーツケースを渡す。
スーツケースを受け取ったレイは、ジェシーら3人の候補生を見て、にかっと笑いつぶやく。
「君達、なかなかの美人だねえ。うちの機長に負けないくらいだ」
「なっ、何ですか? 気色悪い事言わないでくれます?」
ハルカが警戒してか、口調がきつめになる。
とはいえ、レイの表情に悪意は感じないので、単なる気にしすぎなのかもしれないが。
「ははっ、どういたしまして!」
一方のレネは、言葉通りに受け取って上機嫌に笑う。
それを見たレイは、さらに言葉を続ける。
「しっかし、チーム全員うら若き女子達とは、サングリーズもさぞ華やかになるでしょうなあ、ははははは!」
「あっいえ、俺は――うぐっ!?」
そう言われたジェシーは、とっさに男です、と言おうとしたが、なぜかいきなりアンバーに口を塞がれてしまった。
「あら、お上手ですわねー伍長!」
「むぐ、むぐぐ……!?」
笑いながらごまかすアンバー。
なぜごまかされたのかジェシーには理解できなかったが、アンバーは塞いだ口を離してくれない。
ジェシーは口を剥がそうとはしたが、アンバーの力は思いの外強く、優しく剥がす事はできそうにない。
「あの、教官? なぜそこで――」
「いいからいいから! それじゃ、私達はこれで――!」
ハルカも疑問に思ったらしいが、それを遮るように、アンバーは他の2人を連れて、強引にチヌークから離れてしまう。
「……よくわからんが、にぎやかな子達だなあ、ははははは!」
そんなレイの豪快な笑い声が聞こえなくなった所で、ジェシーの口はようやく自由になった。
「きょ、教官、なぜいきなり俺の口なんか――?」
「ごめん。言い忘れてた事があったの」
アンバーは申し訳ないとばかりに、ジェシーの前に出て告げた。
「それって、何ですか?」
「あのね、ジェシー君。その、うまく言えないんだけどさ――」
アンバーは、きっ、と妙に真剣な眼差しでジェシーを見据え、両肩に手を置く。
思わず目を逸らしたくなってしまう。
そんなに深刻な話なのか、一体何を言われるのかとジェシーは不安になったが。
「あら? ジェシーちゃん?」
突如別の柔らかい声が耳に入って、はたと反応してしまった。
その声は、聞き覚えのある懐かしいものだったから。
そこにいたのは、フライトスーツ姿の1人の少女。
腰まで伸びた薄紫の髪を1本の長い三つ編みにまとめており、穏やかな顔立ちを持つ彼女は、背が高くモデルのようにすらりとした体が特徴的だった。そして、首からはなぜかいい値段がしそうなカメラをぶら下げていた。
ジェシーは、その姿に見覚えがある。
「エ、エリシア先輩!? どうしてここに!?」
「もしかして、サングリーズに乗るんですか……?」
「あ、はい……」
ジェシーは、少しためらったがうなずく。
すると、少女――エリシアは驚いたように目を見開いた。
「そ、そうだったんですか! 最近チャットで話してませんから、全然知りませんでした……」
「ごめんなさい、いろいろあって顔出せなくて……」
気が付けば、ジェシーは頭を掻きながら謝っていた。
最近はSNSで話す機会が全然なかった故に。
すると、レネやハルカもやってきてエリシアに話しかけてきた。
「あ、エリシア先輩じゃない! お久しぶり!」
「エリシア! もしかして、チヌークに乗ってきたの?」
「あ、レネちゃんにハルカちゃんも。そうですよ。2人共元気そうですね」
予期せぬ再会に、自然と笑顔の花が咲き、話が弾む3人。
その間も、エリシアはへりくだった柔らかな口調を崩す事はなかった。
一方、その様子を1人不思議そうに見ていたアンバーは、ジェシーに問いかけていた。
「ねえ、あの子知り合い?」
「あ、はい。中等部時代にお世話になった先輩です」
ジェシーが説明すると、エリシアがアンバーに向き直り、丁寧に挨拶した。
「初めまして、大尉殿。私はスルーズ空軍航空学園オルト分校の候補生、エリシア・スタリオンと言います」




