セクション08:ジェシーの憂鬱
空は雲こそ多かったが、茜色にしっかりと染まっていた。
今尚ヘリのエンジン音が響く駐機場の隅にある、格納庫。
その脇に、ジェシーが隠れるように背を預けていた。
彼は手にしたスマートフォンの画面を見つめて、苦い表情を浮かべている。
画面に映っているのは、SNSのタイムライン。
そこには直接顔を合わせる事ができない友人達が、今日も集まっている。
ジェシーも、この中に混じって会話に参加する事を日課にしている。
何せ、離れ離れになった友人達と会話できる、唯一の場所だから。
エリシア
見てくださいこのイルンド! 本日の傑作です!
シエラ
おおー、よく撮れてますねー!
ロメア
写真集に載りそうなアングル!
ルビー
エリシアさん、ほんと航空写真家になったらどうです?
アップされたヘリの写真を見て、英文での会話が盛り上がっている。
普段ならこの中に何気ない挨拶を交わして入るのだが、今日はそれができなかった。
文を入力しようとしても、親指がどうしても動かない。
どうも、気が乗らないようだ。
「……ふう」
仕方なく、今日は断念する事にした。
1日くらいSNSに顔を出さなくても、特に大きな問題が起きる訳ではない。
スマートフォンを制服のポケットにしまったジェシーは、エンジン音が響く駐機場に目を向けた。
ちょうど空へ浮かび上がった、1機のクーガーが目に入る。
そのクーガーは、ゆっくりを機首を下げると、羽音を響かせながら前進を始めた。
その後ろ姿を、ジェシーはしばし見送る。
「乗りたかったな……」
本音が、自然と口に出た。
クーガーは、ジェシーが陸軍を志すきっかけとなったヘリだ。
今から10年前、コールフィールドという町で川が氾濫、大洪水が起きた。
スルーズの歴史上稀にみる大災害に、軍も出動して被災者の救助に当たった。
特にヘリコプターの活躍は目覚ましいものがあり、テレビでは連日ヘリコプターによる救助活動が報じられていた。
その時使われていた機体のひとつが、陸軍のクーガーだった。
過酷な状況の中でも被災者を救助していくその姿に、ジェシーは魅了された。
ヘリコプターって、あんなにすごい乗り物だったんだと、子供心で思った。
そして、いつか自分もあれを操縦して人助けをしたいと、願うようになった。
こうしてスルーズ空軍航空学園に入学したジェシーは、晴れてパイロットとなる事ができ、ヘリコプターの操縦技能もマスターしていったのだが――
「それにしても、醜いヘリ……」
ジェシーの目は、駐機されているアパッチに向いていた。
スマートなクーガーに比べれば、アパッチのシルエットは、こぶのように膨れた所がいくつもあり、ひどく不格好。個人的にジェシーは、そう評している。あんなボディで、軽快な機動性能を出せる事が、信じられないくらいだ。
陸軍分校へ異動するにあたり、ジェシーはどういう訳かクーガーの候補生ではなく、アパッチの候補生となってしまった。
そのずば抜けた操縦技術をクーガーに使うのはもったいない、もっと高性能なヘリで活かすべきだ、というのが教官たるアンバーの評価だ。
だが、それだけでやっていけるほど攻撃ヘリは甘くはないと、ジェシーも知っている。攻撃ヘリのパイロットには、闘争本能も大きく問われるのだ。
ジェシーに、戦争に行って人殺しをする気はない。
人を傷付ける事が嫌いなジェシーにとって、戦争はろくなものではない。
どんな大義名分を振りかざしても、人は大勢死んでしまう。そんな世界に正義も悪もない。
そんな事を平然とできる人間の感情が、理解できない。
なぜ近くに敵がいないはずのスルーズが、『国際貢献』と称して積極的に海外の戦争に手を貸すのか、わからない。
そう思うと、銃や刃物を持つ事さえ嫌悪感がある。
一度戦地に足を踏み入れて戦えば、自分も戦争の加害者の一員になってしまう。
それが、たまらなく嫌だった。
どう考えても、自分は兵士に向いている性格ではない事を、ジェシーは自覚している。
――それなら、どうして消防とかに行かなかったの!?
今日、ハルカは言っていた。
それは正しい。
ヘリを使った救助なら、消防でもできる事だ。
なのになぜ、自分はよく考えもしないまま、軍という道を選んでしまったのか。
今更後悔しても、後の祭りだ。
「卒業したら5年は軍属、か……」
ウィルソンが忠告したそれは、学園の決まりだ。
卒業して正式な兵士となった学生は、最低5年間は軍属を義務付けられる。
5年なんて、長い。長すぎる。
その間に戦争に行くかもしれないと思うと、怖い。
そうなりたくなければ、退学するしかない。
退学すれば卒業生とはみなされず、5年間の軍属義務から解放される。その後どうするのかは、自分で決めなければならないが。
――辞めるなら、今の内だぞ。
ウィルソンの忠告通りだ。
まだ4年生の身では早すぎるかもしれないが、早く決断しなければ流れから抜け出せないまま軍属になってしまうかもしれない。
今の内に、将来自分がどうしたいのか、よく考える必要がある――
「じぇ、し、ぃ」
と。
不意に呼び声がして、我に返る。
顔を上げると、そこにはいつの間にかレネの姿があった。
「……レネ」
「こんな所で何してるの? 1人でいたら知らない男にナンパされて逃げられなくなっちゃうよ? ジェシーは女の子っぽいんだから」
レネは昼間の騒動が嘘のように、微笑んでいる。
普段ならそれが大きな癒しになるのだが、残念ながら今はそうならない。
「……ちょっと、考え事してたんだ」
「考え事って?」
目を逸らすように顔をうつむけたが、レネは覗き込んでくる。
ジェシーは今考えている事を言うべきか、少し悩んだ。
「あ、もしかして今日の実習で撃てなかった事? ジェシーは考えすぎなのよ。撃つ相手はお化けか何かだと思って撃てばいいだけ!」
レネは、勝手に話を進める。
本当に、レネは自分と考えている事が真逆だ。
そう思ったせいか、ジェシーは自然とレネに尋ねていた。
「ねえレネ」
「何?」
「アパッチが人を撃ってる映像、見た事ある?」




