セクション07:レネとジェシーを選ぶ理由
「あら。どうしてそう思うのかしら?」
「だって、わかるでしょう!? ジェシーはろくに射撃もできない潔癖症なんですよ!? それに、レネも一度暴れ出したら止まらない暴走機関車です!」
ハルカは、強く主張する。
アンバーの態度が、あまりにも平然としすぎているせいだろうか。
今も腕を組んで、夕食の献立にでも困っているような表情をしているだけだ。
「誰が暴走機関車ですって!?」
レネがすぐさま割り込んできたが、ハルカが強引に押し留めて主張を続ける。
「そんなのを送ったって、大変な事になるってくらい誰でも想像がつきます! 2人を送るべきではありません!」
「あんた、上官が決めた事に逆らう気なの!」
「いつも逆らってるあんたに言われたくないわよ!」
途端に揉み合いになるレネとハルカ。
「レネ、やめて!」
ジェシーはすぐさま、レネを羽交い絞めにしてハルカから引き剥がす。
「ジェシー、一緒にハワイ行きたいでしょ? なんか言ってやってよ!」
腕の中で暴れながら、レネは訴える。
だが、ジェシーは何も言わない。
ハルカの主張は、全て事実だから。反論する理由など、どこにもない。
「ハルカ君の意見には、私も同意する」
そんな時、しばし無言を貫いていたウィルソンも、再び口を開いた。
アンバーが、ウィルソンに向き直る。
「特別航海は、我が軍の能力を世界にアピールする重大なプロジェクトだ。世界に向けて我が軍の無様な姿を見せる訳にはいかん。そういう意味でも、君の人選にはいささか問題があると思えてならん」
「大佐まで……」
さすがに上官の意見となると、アンバーも反論しにくいようで、言葉に迷っている様子だ。
「アンバー教官」
そこで、遂にジェシーも口を開いた。
文句を言うためではない。理由を聞くためだ。
「教えてください。教官は、なぜ俺とレネを選んだんですか? 一体どういう基準で人選を行ったんですか?」
「人選の基準? 私は『優秀な生徒を選べ』って言われたから、それに従っただけよ? 総合能力のハルカちゃん、攻撃能力のレネちゃん、そして操縦能力のジェシー君、って感じで」
「そんな、単純すぎます! 他に選択肢はいくらでもあったでしょう!」
ハルカが、信じられないとばかりに反論する。
その気持ちは、ジェシーも同じだった。
ジェシーはあくまでも落ち着いた口調で、自らの意見を告げた。
「教官、買い被りすぎです。今回の提案は申し訳ありませんが、辞退させていただきます」
「え!?」
アンバーとレネの声が、驚きで重なった。
「ほう」
一方で、ウィルソンは感心した様子でジェシーの話を聞いていた。
「俺は、元からアパッチに乗るのには向いていないんです。何かを壊すのが、嫌いですから。故に特別航海の選抜メンバーにふさわしくありません」
ジェシーは今日も、機関砲を撃つ事ができなかった。
それはハルカも指摘した通り、壊す行為が嫌いだから。
そういう意味で、破壊を生業とする攻撃ヘリとは、元より相性が悪いのだ。
今ここで、その矛盾を言わなければ、その内大きな迷惑をかけてしまうだろう。
そう思い、ジェシーは発言したのだ。
「彼もこう言ってるんだ。今からでも遅くない。メンバーの選抜をやり直したらどうかね」
ウィルソンが、アンバーに問いかける。
だがアンバーは、
「残念ですが、その提案は飲めません」
ウィルソンを正面から見据えて、きっぱりと断った。
「そうしてしまえば、サー・スティーブ・スクルドの意向に反してしまいますから」
「……!」
サー・スティーブ・スクルド。
その名を聞いた途端、ウィルソンとハルカの表情が凍り付いた。
「パパ?」
そして、レネもその名前に反応した。
ジェシーも、思わず顔を上げていた。
その名前を、自分も知っていたからだ。
「サー・スティーブ・スクルド……なぜその名が!?」
「まあ、スルーズ騎士団の末裔たる有名人の名前が出たら、驚きますよね。彼は学園の理事の1人でもあり、今ここにいるレネの父でもあります」
さらりとしたアンバーの説明に、ハルカも驚きを隠せない様子だ。
「え!? あんたの父さんって、学園の理事だったの!?」
「そうよ。今更気付いた?」
ハルカの問いかけに、レネはそう答える。
「私は――いえ、学園は彼からレネを預かる形で教育を施しています。話によると彼は娘の教育にかなり苦戦していましてね、素質はあるのに粗暴が荒い彼女を軍隊で鍛え直してくれ、とおもりを頼まれたそうです」
「まさか、裏口入学をさせたというのか?」
「いえ、そんな事まではしていません。入学できないほどひどいならそこまでだ、とお考えになられていたそうですし。ですが、入学できたからにはやってくれと。少しでも素質があるなら、容赦なく世界に連れ出して己の矮小さを思い知らせてやってくれと。それが彼の意向です」
アンバーの説明を聞いたレネは、矮小ってひどい言いようね、不満そうにつぶやいていた。
「最初からレネ君の席は決まっていたというのか!? そ、そんな強引な……!」
「ええ、強引だと私も思います。彼女は我々でも手に余るくらいですから、とても面倒くさいです。でも、彼の政治的影響力の強さは知っているでしょう? 逆らう事ができると思います? もっと面倒くさくなりますよ?」
「むむ……」
ウィルソンは、先程までとは一転して何も反論できない。
スルーズ王国は、世界でも数少ない絶対君主制の国だ。
政治の実権を握る王家は絶対的な権力を持っており、その王家に近い人間の影響力も強い。
レネの父であるサー・スティーブ・スクルドも、そんな政治的影響力の強い人物の1人だ。王家に忠誠を誓う騎士団の末裔だからこそ。
「そんなサー・スティーブのわがまま――いや、願いを叶えるためには、あなたの力が必要なの、ジェシー君」
アンバーが、再びジェシーに振り向く。
「なんてったって、レネちゃんを止められるたった1人の婚約者だからね」
「……っ!」
そう言われると、ジェシーは反論できない。
自分が辞退すれば、レネはたった1人でサングリーズに乗る事になるが、彼女を止められる人がいなくなる。
何より、ジェシー自身も――
「お願いジェシーッ! 一緒に来て! 今のあたしには、ジェシーの力が必要なのっ!」
レネが、横からジェシーに抱き着いて懇願してくる。
わざとらしいのが明らかな声色だったが、わかっていても振り払う事はできなかった。
「……わかりました。なら、行きます」
ジェシーは渋々、特別航海への参加を承諾する事にした。
やった、とレネが無邪気な喜びの声を上げる一方で、ハルカは複雑な表情を浮かべていた。
ウィルソンも、観念したとばかりにため息をつく。
「……仕方がない。この件については君に任せよう。ただし、失敗は許されない事だけは覚えておくんだぞ」
「わかりました。もし失敗したら、私を更迭するなり好きにしてください」
「では、下がっていいぞ」
話を終えて、一同は教室から去る事になった。
失礼します、とアンバーとハルカが教科書通りの敬礼をして、先に教室を出る。
レネとジェシーも、その後に続いて敬礼し、教室を出ようとする。
「ジェシー君」
そんな時。
ウィルソンが、背後からジェシーを呼び止めた。
そして、こう助言した。
「辞めるなら、今の内だぞ。もし卒業してしまったら、5年は軍から出られなくなるからな」




