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セクション06:世界一周特別航海

 サングリーズ。

 それは、スルーズ人なら知らぬ者はいない、かの世界大戦を戦い抜いた伝説の戦艦。

 そしてその名を受け継いだ、スルーズ史上初の強襲揚陸艦であり、スルーズ史上最大の軍艦ともなった最新鋭艦である。

 全通した飛行甲板を備える強襲揚陸艦は、一見すると空母とよく似ているが、揚陸艦と呼ばれる通り、その任務は敵地への上陸作戦だ。

 搭載する艦載機は基本的にヘリコプターで、これを使って敵地へ乗り込むヘリボーン作戦を展開し、兵員を上陸させる。また、艦尾にはウェルドックと呼ばれる水上デッキを備えており、ここから上陸用舟艇を発進させて岸辺から戦車などの車両を上陸させる事もできる。

 当然ながら、それに見合うだけの輸送能力も備え、医療設備も充実している。

 陸と海の両方から多数の戦力を送り込める強襲揚陸艦は、上陸作戦だけでなく災害時の人道支援にも威力を発揮する、多機能な軍艦なのだ。

 スルーズが導入したサングリーズは、スペインで設計・建造された艦であり、ヘリだけでなくVTOL(ブイトール)戦闘機シーハリアーの運用も可能で、純粋な軽空母としても使用可能だ。

 かつて運用していた空母レギンレイブの退役からほぼ10年越しとなる、空母型軍艦の復活。

 スルーズの伝統ある『紫艦隊』の旗艦も務める事になったこの艦に、伝説の戦艦の名が与えられる事になったのは、必然と言えるだろう。

 サングリーズは去年2014年の末に就役したばかりであり、現在2番艦ランドグリーズの建造も進んでいる。

 強襲揚陸艦サングリーズはまさに、未来のスルーズ海軍を担う軍艦なのである――


「……で、それになんであたし達が乗る事になった訳?」

 レネが、素朴な疑問を口にする。

 それを聞いたアンバーは、待ってましたとばかりに得意げな顔をする。

「いい質問ねー。では、この強襲揚陸艦の艦載機はどこの所属でしょーか?」

「普通に考えたら、海軍――」

「と思うでしょ? でも考えてみて。ヘリボーン作戦って実習で何度かやったけど、どんな手順で進めたかしら?」

「え? そんなの、まず攻撃ヘリが着陸地点を攻撃して安全を確保してから、強襲ヘリが兵員を運んできて――って、あれ? 海軍って攻撃ヘリ持ってたっけ?」

「いい所に気付いたわね、レネちゃん!」

 ぱちん、とアンバーが手を叩く。

「このスルーズ軍で攻撃ヘリ・アパッチを持っているのは、陸軍だけ。でも海軍は、強襲ヘリは持っているけど、攻撃ヘリは持っていない。なら、どうやってヘリボーンを仕掛ける? 援護も受けられない状態で敵陣に殴り込む訳には行かないでしょ?」

「そっか! 陸軍と協力しないとできないんだ!」

「正解!」

 レネの回答に、小さくながら拍手を送るアンバー。

 さらに、ハルカが手を上げて質問する。

「教官。以前のヘリボーン実習の際には、空軍のチヌークも参加しましたが、もしかして――」

「そう、空軍もヘリを派遣するわ。つまりサングリーズの艦載機部隊は、陸・海・空の三軍全てのヘリが結集する統合部隊になるの。名付けて『統合航空戦闘部隊』!」

「……つまり、その統合航空戦闘部隊のメンバーに私達が選ばれた、という事でしょうか?」

 妙に得意げなアンバーの様子に、少し呆れながらも確認をするハルカ。

「そう、陸軍の代表としてね! 3人は、陸軍の候補生で最初にサングリーズに乗れるのよ! しかも世界一周までできちゃうんだから、かなり幸運な方よ!」

「世界一周!?」

 その単語を聞いたレネの目が、餌を見つけた犬のようにぱあ、と輝いた。

「この特別航海はね、あちこちの軍事演習を巡りながら行く世界一周ツアーなの」

「軍事、演習……」

 一方で、ジェシーは表情を曇らせた。

 アンバーの明るい言い回しを聞いていると勘違いしてしまいそうだが、ジェシーはその本質をしっかりと読み取れていた。

「喜望峰を通ってインド洋に出て、太平洋はハワイ島を目指す航路よ」

「ハワイ!? ねえジェシー聞いた!? ハワイよハワイ! 常夏の島よ! バカンスできちゃうかも!」

 途端、レネは興奮気味にジェシーに話かけてきた。

 唐突に子供っぽい無邪気さを振り撒く彼女に、ジェシーは戸惑ってしまう。

「え? まあ、そうだね」

「ああどうしよー、常夏の島なんて夢物語だってずっと思ってたけど、本当に行けるなんて思ってなかった……しかもジェシーと一緒だなんて……!」

「えっと……レネ?」

 やがてレネは頬に手を当てて自分の世界に入り込んでしまい、ジェシーはどう呼びかけるべきかわからなくなってしまった。

「何フィーバーしちゃって。目的は軍事演習って言ったじゃない」

「まあそうだけどさ、いいじゃないの。いいモチベーションになるでしょうし」

「それは、そうですけど……」

 ハルカとアンバーがそう話している事もあり、余計に気まずい。

 しかし、レネもやっぱり普通の女の子なんだな、と思ってしまいどうしても憎めず、苦笑を浮かべてしまうのであった。

「どう? この名誉ある特別航海に、もちろん参加したいでしょ?」

「するするーっ! ハワイ行きたーい!」

「……ふう、私も海外の演習に参加できるとなれば、光栄です」

 興奮気味に右手を上げるレネ、そんな彼女に呆れながら答えるハルカ。

「ジェシーも、もちろん行くよね?」

「……」

 だが。

 ジェシーはレネの問いに、すぐうなずく事ができなかった。

 顔が、自然と重力に負けてうつむいてしまう。

「……ジェシー?」

 レネが、不思議そうにジェシーの顔を覗き込む。

 その顔を見る余裕は、ジェシーにない。

 なぜなら――

「……お言葉ですが、教官」

「ん?」

「私は、ジェシーとレネを参加させる事に反対です」

 ハルカが間違いなく、そう言い出すとわかっていたから。

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