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セクション05:怒るレネ、鎮めるジェシー

 スルーズ空軍航空学園陸軍分校は、独立した校舎を持っている訳ではない。

 陸軍航空隊は空軍に比べるとずっと小規模であるため、それほど多くのパイロットを必要としてはいない。具体的には、新入生が10人もいれば多い方だ。

 故に、実戦部隊が使う施設の一角に教室が設けられている程度だ。それは学校と言うより、都会のビルにある外国語教室である。

 施設に入らなければ『RTAF Aviation School Branch in Army』の立札を見る事は叶わず、普通に訪れただけでは気付かない人もいるかもしれない。


 そんな小さな教室の中で。

「ばっかもおおおおおおんっ!」

 教室を破壊しかねないほどの男の怒鳴り声が、響き渡った。

「お前達、何度喧嘩したら気が済むんだっ! しかも大怪我をしかねないほどヒートアップするなどと――そんなだから、陸軍分校は風紀が乱れていると言われるんだぞっ! 君もなぜしっかり監督しなかった、アンバー君っ!」

「申し訳ありません、ウィルソン大佐!」

 目の前でこれでもかと怒鳴りつける軍服姿の初老の男に、向かい合う女性――アンバーはただ姿勢を正して頭を下げるのみであった。

 アンバーの背後にいたジェシー、レネ、ハルカの3人も、赤を基調とした陸軍分校の制服を着て、横一列に並んで立っていた。

(ああ、また俺は人を怖がらせた……)

 ジェシーは内心でつぶやきながら、はあ、とため息をついた。

「重ね重ね申し訳ありませんでした!」

 ハルカが、アンバーに続けて頭を下げる。

 だが、その隣にいたレネだけは態度が違った。

「ほら、レネも謝って」

「なんで? 先に仕掛けてきたのはハルカでしょ? あたしはジェシーに代わって、正当防衛をしただけよ?」

 ジェシーに促されても、全く悪びれる様子を見せないレネ。

 先程のうっとりした表情は既になく、普段の姿に戻っている。

「あんたねえ、この期に及んでまだ正当性を主張する訳!? 勝手に言いがかり付けて殴りかかってきただけじゃないの!」

 早速、ハルカが食いついてくる。

「何よ、そっちこそジェシーを引っぱたいた罪を認めない訳!?」

「それとこれとは話が別!」

「別じゃない! いいわ、ならここでもう一度――!」

 2人の視線が、火花となって交錯する。

 またしても一触即発の状態となってしまい、ジェシーはあたふたと戸惑ってしまう。

 目の前に上官――それも基地司令官がいる状態で騒動など起こせばどうかるかくらい、ジェシーにも簡単に想像できる。

「いい加減にしたまえっ!」

「こいつが謝らない限り、加減できません!」

 だが、そのウィルソンが怒鳴りつけても、レネは跳ね除けた。

「嫌な事されたからと言って、いちいち手を出していたらキリがないぞ!」

「嫌なら見なけりゃいいって理屈? それができないから文句言ってるんでしょーっ!」

 レネは真っ向からウィルソンに反論する。それは、とても上官に対するものとは思えない。

 ジェシーにはわかっていた。

 レネは気に入らない事があれば、例え目上の相手だろうと堂々と反論する事を。

 今でこそ目上の相手に乱暴を働く事はないが、文句を言う事は未だに治っていない。

 これも全て、自分で蒔いた種。ジェシーはそう思っていた。

「だからわかるまで何発でも――」

「もうやめてレネッ!」

 たまらずジェシーは、ハルカに拳を振りかざそうとするレネの口を手で塞ぐ。

「むぐぐ――む、うう……」

 途端、レネは急におとなしくなってしまい、振り上げていた拳がゆっくりと下がる。

「じぇ、じぇしぃ……? なん、で……?」

「そんな事してたら、退学されちゃうよ……! 俺の事はもういいから……今は謝ろう」

「う、うう……」

 ジェシーの悲痛な訴えは、あっさりとレネに届いた。

「大佐、失礼いたしました!」

「失礼、いたしましたぁ……」

 そして、2人揃ってぺこり、とウィルソンに向けて頭を下げた。

 レネの声は甘ったるいものになってしまっていたが。

「じぇしぃも、ごめんね……」

「うん、いいよ」

 レネが自分にも謝ったのを見て、ジェシーは安堵した。

 それからレネは、しばし目を閉じてジェシーの掌に頬をすり寄せ、ジェシーもまたそんな彼女を受け入れて優しく抱き締めていた。

 2人にとっては、まさに時間を忘れる至福の一時。

 さすがのウィルソンも、そんな2人の様子には唖然としてしまい言葉が出ない。

「はあ、こういう時ジェシー君がいてくれると助かるわ……」

 ほっと胸を撫で下ろしたアンバーがつぶやく。

「いつも思うけど、あんた達が恋人同士ってのがやっぱり信じられない……どう見ても水と油じゃない……?」

 一方、ハルカはそんな疑問をジェシーにぶつける。

 すると、ジェシーは自らの本心を臆面もなく答えた。

「そんな事ない。レネは怖がりなだけ。普段は猫みたいにかわいくて好きだよ」

「ふふっ、もうっ、じぇしいったらぁ……」

 かわいくて好き、という言葉に反応して機嫌をよくしたレネは、ジェシーの手を頬から離さないまま、顔を真っ赤にして笑う。

 やっぱりかわいいな。

 彼女の表情を見たジェシーは、その銀髪を優しく撫でつつ、本心からそう思っていた。

「ね、猫みたいって……ライオンかトラの間違いなんじゃないの?」

 呆れてしまうハルカの肩を、アンバーがそっと叩く。

「ハルカちゃん、人間って言うのはね、敵に回すと怖いタイプに恋しちゃう事もあるのよ」

「そういうものですか?」

「うまく言えないけどさ、そういうものよ」

 そして、そんな軽いやり取りを交わしたのだった。

 一方のアンダーセンは、ごほん、と咳払いをして、口を開いた。

「アンバー君、本当にこの3人をサングリーズへ選抜メンバーとして送る気かね?」

「ええ、そのつもりですよ」

 当然の事のように、アンバーがさらっと答える。

 だが「選抜」という言葉は、ジェシー達には聞き覚えのない言葉であり、全員が耳を傾けた。

 特にジェシーとレネは、我に返って離れてしまうほどに。

「選抜? それって、何の話ですか?」

「ああ、そういえば言ってなかったっけ」

 ジェシーが問いかけると、アンバーは思い出したように3人に向き直る。

 言ってなかったっけって何ですか、というハルカの指摘を無視し、説明を始めた。

「みんなは、サングリーズの事は知ってるでしょう?  あ、昔の戦艦じゃない方ね」

「あ、はい。去年就役したばかりの強襲揚陸艦ですよね」

 ハルカがうなずく。

「そういえば、テレビでやってた。『伝説は蘇る』って何度も何度も。でも、それって空母みたいな奴でしょ? 陸軍には関係ないよね、ジェシー?」

 しかし普段通りに戻ったレネが、疑問を口にする。

 ジェシーも、それに同意してうなずく。

 アンバーはそれぞれの反応を確かめて、本題を切り出した。

「みんなはね、それに乗艦して『特別航海』に参加する事になったのよ」

「『特別航海』?」

 3人の声が、意図せずに重なった。

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