老と骨
円卓を囲んだ日より、ゲンゾウは生魔のローブとカリッツを軸に師事を仰いでいた。
チラシの情報だけを丸々鵜呑みには出来ず、自らが聞いた事を擦り合わせながら情報を集めたかったのと自身も含め、立ち居地も含め、人となりを知りたかった為でもある。
「かぁぁ~~~~っ・・・・ふぅ。」
頭から盛大に水を被り一気に髪をかきあげる。・・・そう。髪をかきあげる。
「・・・地味に悪意を感じるのは気のせいという事にしておこうか。」
穿たれた穴からは痛い視線を感じる。
「すまんのう。ワシもこれだけ髪があるのは久々なものでな。」
ワシの髪の毛は喜寿を迎えた辺りからその勢力を衰えさせていき、享年を迎える年には一足先にお亡くなりになっていたのじゃ。
こちらにきてから部屋で叫んでばかりな異世界生活も、初めて自分の顔を見た時は別の意味で悲鳴をあげたものじゃ。
「・・・異世界か・・・俺も行ってみたいものだ。」
「ざっと20年程は若返ってる気がするからのう・・・最も充分第二の人生を満喫しとる奴が何を言うかっ。」
「ふん。生きてりゃやりたい事も俺にだってたくさんあるんだよっ!」
この骨。最初はとてもかたっ苦しかったのだが、こうも話しやすい相手だとは思わなんだ。
「まぁ・・・のう。聞いてると気持ち一つな事が多そうじゃからのう。」
カリッツ曰く。アンデッドは嫉妬と渇望に狂いやすい。食欲、性欲、睡眠欲。どれも必要ないのだが、それが出来ていた時の記憶があると、その時の充足感を求めて『満たされる事』に対して飢えてしまうそうじゃ。
「その気持ち一つって奴が諦めきれねぇから辛いんだろう・・・てな。」
右の親指と人さし指で何かを摘む仕草をしながら口元へクイッとあげてみせた後、カタカタカタカと顎を打ち鳴らす。その仕草、ワシは慣れたが正直怖がられる率の方が高いだろうに・・・。
「とはいえ折角触れられるのじゃ。まだまだ世界で生きられるじゃろ。」
「あぁ。存分に生きてるぜ。」
・・・。二人して遠くを見つめながら少し酔ってしまったわい。
青々しい太陽輝く空でも、赤々しい燃える夕陽でもなく、木漏れ日も特にささぬ闇深い森の中という残念な状況ではあるが・・・。
異世界からの転生。それが正しいという自信はない。
しかしながらカリッツは少なからず異世界の勇者とやらと戦った経験はあるそうじゃ。
それに神さんは特別な存在。特殊な存在を遠慮なく優遇する傾向がある。また神さんはフラグが大好物じゃ。
カリッツが異世界の勇者と戦った時は、当時の魔王の娘が目の穴が怖いという為手に入れてかけていたサングラスがわずかに軌道を逸らしたおかげで生き延びてしまった程じゃ。
そういう事もあるじゃろう。そのぐらいに思っておくのが良いのかもしれん。
カリッツからの師事を終えた後、数少ないこの城で食事を必要とするワシが噛める喜びを確かめていると、生魔が現れる。
生魔は他にもいるらしいが、ワシに関わってくる生魔はこいつだけなので、気にせず生魔とワシは呼んでいる。
「何か用か?」
気持ち幾分か堅苦しく言う。というかワシが堅苦しいと感じる。
「魔王様に見て頂きたい物がありまして。」
仮面を傾けたままの姿勢でそう告げられる。
「ふむ?どれだ?」
「いえ。ここにはありません。魔王様自身に確認して欲しいのです。」
「・・・続けよ。」
まったく。本当かたっ苦しいのう。チャキチャキ要件言ってくれればえぇのに・・・。
「はっ。実は先代魔王が使われていた倉庫に今までなかった物が現れまして、それらの物がチラシによると全て魔王様の私物であるそうなのです。」
「ふむ。よくわからん話だな。見てみよう。案内せよ。」
「これになります。」
番兵を務める鎧版生魔達の間を抜け、倉庫と呼ばれた物の中に入る。
倉庫というより宝物庫か?と一瞬思ったが、物は雑多に置いてある所を見ると倉庫なのじゃろう。
その奥、畑や庭なんぞに置く大きめのツールボックスのような物を指して生魔が告げよる。
チラシを見ると確かにワシのと書いてあった。
ゲンゾウのアイテムボックス
・個人専用。アイテム・武具・収集品等が入る。
そしてその箱には見覚えがあった。当たり前のように使っておったから一瞬こんな形じゃったか自信が無くなったが迷わず開けて確認した。
開くとワシのボックスの中は底の見えぬ程真っ暗であったが、そこに被さるように文字の並んだ吹き出しが出てくる。
その並ぶ文字の一番上には
+10骸骨のロッド
そう書かれていた。
目を見開いたまま、それを選択し、ボックスの中に浮かんでくるそれに手を伸ばす。
脆くなりすぎた弛み切った涙腺では、その説明書きを読む事は出来なかった。