魔王ゲオルグ
魔王領。元々は魔王の直轄地のみを示す言葉だった。
しかし、魔王ゲオルグは魔王軍を明確に八つに分けて極一部を残したのみで、そのほぼ全てを軍団長達に任せた。
元アレイシア国の王妃であるセリーヌは本来"勇者"と結ばれる予定であった。魔王サーリアを降した時"勇者"は討伐に赴く際に王にそう願い出ていた。しかしセリーヌは当時近衛兵の一人であったゲオルグに対し好意を抱いていたのだ。それを知っていた王はゲオルグを含めた近衛20名に勇者との同行を命じた。
当時、アレイシア国は魔王領と対魔王連合が出来上がる以前の国家群との間にいた。
サーリア率いる魔王軍に対して侵攻を食い止めていたアレイシア国も"勇者"が現れるまでは反抗にも移れず瀕するだろうと思われていた。
少数の精鋭で楔を打ち、残る軍勢で傷口を押し広げる繰り返しで持ち直し、連合軍が結成され多勢が加わる頃には魔王サーリアも戦場で猛威を奮った。
その存在力の差は大きく、"勇者"の加護無くして正面から相対する事は敵わず、魔王対勇者と魔王軍対連合軍の構図になる事が当然であり両面で勝ててこそ、或いは魔王か勇者のどちらかが圧倒出来てこそ局面における勝利となる戦が続いた。
そして戦が続くに従い生き残った者達はその存在力を増してくるのを見せていた。
以前は手も足も出なかったサーリアの影に対し、勇者と共に行動していた者は15名に減るも互角の実力を見せるようになっていた。
ゲオルグもその一人であった。
転機はそこだけ切り取ると容易く訪れた。
一人の近衛の一太刀がサーリアの体を斬りつけた時であった。
勇者の他にも魔王に届く者が現れた。その希望に15名の意欲は沸いた。
それが決戦の場と切り替わった瞬間でもあった。
飛び退いたサーリアの傍に控えた影はその数20。ローブ姿の者は2。
対する勇者の傍には15の近衛。
二人の近衛がサーリアへとぶつかり、その間に勇者は影を5つ消し去った。
勇者に向けローブ姿が放つ爆炎を、盾を掲げる近衛が阻み。阻む近衛を影が挟み込むのをゲオルグがフォローする。
サーリアにぶつかった近衛二名が中空に放り投げられ絶命する瞬間、投げた腕を更に二名の近衛が傷つける。
傷ついたままの腕を剣に食い込ませ、両の腕をそのまま二名叩きつけるサーリア。
更にその叩き潰された近衛を越えるように斬りつける勇者をローブ姿が身を持って阻む。
ローブ姿ごと、そしてその剣の食い込んだ両腕ごと爆炎を暴発させるサーリア。
轟音と衝撃が残る者を襲い、噴煙に包まれる。
噴煙が晴れるまでに近衛とゲオルグの剣は影を払う。
そして晴れた噴煙の中には二の腕より先が爆ぜたサーリアに、燃え尽きていくローブ姿だったもの。そして2体の影により剣を突き立てられた勇者の姿。
2体の影はそれぞれ、片方は剣により頭部を切り捨てられ、片方は勇者の手より放たれた光により頭部を消される。
勇者は血を流しすぎていた。剣を刺した2つの影が消えると共に剣も消え、そこに穴を開けていたから。
魔王は文字通り手が出なかった。暴発させた力は見事腕ごと敵を爆ぜさせた。本来その先に肘のあった部分は肉が焼け、爛れ、焦げへばり付く事で流血を止めていた。
勇者、魔王、ゲオルグ、ローブ、影、近衛。
それぞれが危機感に満たされていた。
ここで魔王を逃せば、勇者を失っての戦になると。
このままでは魔王が討ち取られると。
既に勇者は決死であった。故に影の剣を腕で止め、肩で受け、一太刀でも多くその剣を敵へと向けた。
また近衛もゲオルグ必死であった。身を持って立ち塞がる影らを正面から踏み潰すのは至難であった。
勇者にとって、それは保険であり賭けでもあった。
ローブを切り捨て、魔王へともう一振りは出来るかもしれぬ体力を叫ぶ事に使い切った。
『魔王っ!我等勇者はお前を逃がさんぞっ!!』
・・・と。
勇者がこと切れ、魔王が絶命する間際。
地に伏す勇者を前に魔王は二つの剣をその身に受け、一つの剣を右脇に挟み込みもう一人の近衛へと差し込んでいた。
影に阻まれ散った者。魔王への一撃と引き換えに影の一閃を背や腹に受けた者。様々ではあった。
魔王を中心に勇者も近衛も影もゲオルグも群がっていた。
魔王に届いた剣のうちの一本を持つゲオルグの剣は魔王の鳩尾を貫いていた。
魔王はもはや何が痛いのかわからぬ程の傷であった。
追い込まれ暴発も予定して放った爆炎は土埃だけでなく飛礫もその身に浴びせ、皮膚を焼いていた。
両の腕は失われ、肉がえぐれているにも関わらず骨すら見えぬ程に爛れたそこは血も滴らず。
揺らめく赤髪は返り血と煤に汚れ、消し損ね燻ぶるタバコの灰のようにも見えた。
たがその顔を埋めるパーツは力強く、目の焦点は確かに正面を捉え瞳はまっすぐ向かい、そのまなじりはわずかに下がり、口元もそのまなじりに向かって釣り上がっていた。
そのまま口をわずかに開け血をこぼしながらも、腹に刺さった剣の方へ一歩踏み込み。
眼前の男の顔へ唇なすりつけた。
既にそれが口づけだったのか、噛みつこうとしたのか、ただ倒れただけだったのかわからぬソレをゲオルグは顔に受け止めた。そのままゲオルグの肩に魔王の頭が触れた瞬間。魔王は爆ぜた。
立ち昇る炎の柱と広がる土煙と数多の灰。削れた荒地の中心には影に覆い被られたゲオルグが残るのみであった。
影に庇われたゲオルグは勝利を報ずる為に叫んだ。運良く生き残ったのはコレを告げる役目だったからだとすら思い込んで有らぬ限り叫んだ。剣も手にせずただ拳を突き上げ、叫び。足が崩れてもそのまま地に伏すまで叫んだ。
次に目覚めた時に彼がいたのは地下牢であった。
ゲオルグ=フォーレイン
・魔王サーリアの討伐に加わった勇者の一人。魔王サーリアの祝福を受けている。
倒れた彼を救い、自陣に連れ帰り、治療をしようとした所までは誰もゲオルグのチラシを見る余裕もなかった。勝利を感じ安堵を感じた兵士たちが英雄のチラシの裏に感謝や賛辞、或いは軽口を残そうと見た時に恐怖へと変わった。
その場での殺害も意見にはあった。しかしそれ以上に勇者と魔王のその後も知りたかったのだろう。
しかしその内容をいくらゲオルグが伝えてもチラシの言葉と生かされたとした思えぬ状況に疑いは晴れなかった。
またセリーヌも困惑した。ゲオルグが何故魔王の祝福を得ているのか手を貸したのか。皆を裏切ったのか。信用したい気持ちと周りの声に自信が持てずにいた。
日を重ねるにつれてゲオルグの評価は勇者を殺す為に魔王と一芝居うったのでは?との噂にまで発展していた。
チラシに付記される情報にこの件に関する事は広がらず、その頃にはまた戦の消耗もあって民や兵の不安を抑えている事も難しくなっていった。
そしてゲオルグの処刑が下される事になった。
セリーヌは再三に渡り、ゲオルグと一度話させて欲しいと王や騎士団長、兵に頼んだがそれは叶わぬ所か処刑が終わるまで部屋に見張りを立てられ軟禁される事となった。
翌日に処刑を控える晩であった。ゲオルグは薄暗い牢のわずかに見える自身の影に揺らめきを見つけた。
その揺らめきが何かに思い当たった時、ゲオルグはサーリアの残した祝福を深く受け入れた。
魔王ゲオルグは地下牢の中で生まれた。
ゲオルグより産まれる影はサーリアの者より技量が高かった。そして統率またとれていた。
またゲオルグ自身確かにチラシより勇者とも称されていた。
勇者の光がまたゲオルグの影を濃くするかのようにその影一人一人が濃密で確かな存在感を持っていた。
ゲオルグの侵攻は地下より始まった。
城内からの侵攻であり、激戦の生き残りであり、勇者であり、魔王である彼に対峙できる存在はいなかった。
そして近衛でもある彼が道に迷う事もなかった。王の前に最短で現れた彼は王に別れを告げ国から立ち去るつもりであった。セリーヌの様子を見るまでは。
彼自身の心は彼の影の方が曇りなく見ていた。軟禁されていた彼女を連れ王と対峙する彼の前へと連れてきたのだ。
ゲオルグの顔には自然と笑いがこみあげていた。そうして魔王は姫を人質も兼任して魔王領へと連れていったのであった。
それから数年。アレイシア国と敵対関係を続けつつもゲオルグはセリーヌとわだかまりを残しつつも、そこそこ幸せに過ごしていた。そしてセリーヌの腹に子が宿った事を知った時にはそのわだかまりも半ば消えてつつあった。
だが出産が近づくに連れてセリーヌはその体調を徐々に悪くしていった。
そして出産と共にセリーヌはこの世を去った。
王妃とはいえ普通の人間のセリーヌにとってゲオルグの存在力は大きすぎた。互いに人であって普通に交わり成した子ではあったが、魔王の子として存在力を大きく注がれて生まれてきたのだ。
足らぬ分は王妃より注がれて。
ゲオルグは自身の存在を嘆き、最初はその子も遠ざけていた。
しかし順調な成長と共に浮かんできたセリーヌの面影、そして時そのものがゲオルグの目を徐々にその子へと向けさせていた。
ゲオルグの娘が10を越える頃にはその力を見せ始め、12の時には戦場に現れる様になりゲオルグを困らせていた。
親に認められたい子の気持ちと、子を通して妻を見てしまい自分を許せずにいる男の気持ちがすれ違いを重ねていた。
そしてすれ違うまま、13を前にして娘は戦場で孤立した。
ゲオルグの娘は未だチラシを見る事が出来ていなかった。その事を利用され偽の兵団に共に行動しているように見せかけられ敵陣深くに誘い込まれた。
猛攻と共にゲオルグがそこにたどり着いた時には
腕も脚が裂け、骨が覗く首のない娘が地に伏していた。
その数日後アレイシア国が影に飲まれ没した。
またそれがゲオルグを戦場で見た最後でもあった。




