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接触。

(しまった・・・これ。初手で倒されておけばよかったんだ・・・)

コーベルは悔いていた。既に驚きから復帰はしているものの考えはまとまりきらずに流れていた。

魔術ギルド自体は公開での授業はせぬものの、魔王が来てるという事で野次馬の集まりがあった。

それに便乗している形であった為、油断はあった。

ざっと見渡して恐らくCランク以上程度の冒険者のうちパッと見が厳ついか、怪しいのを選んでいたようではあるが・・・そういう意味では見た目も失敗していたとコーベルは思っていた。

露出の少ないその服装はローブと長袖Tシャツをくっつけたようなパーカーの出来そこないとタートルネックをくっつけたようなそんな服だ。若干の見た目の奇異さはある物をコーベルは着ている事でそこそこの安心感を得ていたのだが、その結果と言えよう。

いや、眼に止まる事自体はコーベルの目的には合致していたのだが、こういう形は予期していなかった。


ゲンゾウを中心に舞う風は時折ゲンゾウの周りを離れコーベルへと向かって飛んでいく。

飛んでいくかずは大体1~3つ。ゲンゾウの周りには常にいくつかの風の刃が残っている。

飛んでいく風の刃をコーベルは、時に叩き斬り、時に滑り逸らせ、その風を捌いていく。

まったくリーチの違う剣で斬り結ぶかのような応酬を交わす。

次第にゲンゾウはコーベルへと歩みを詰め、刃の間隔は短くなる。


幾合かの後、ゲンゾウは纏った風の刃を引き連れ、コーベルへ飛び込んで両手を合わせ振り下ろす。

左右から襲う風と正面から新たに作られる幅の広い風に押し込まれるようにコーベルはその身をゲンゾウの生み出す風によって抑え込まれる。

ゲンゾウの二つの拳は上下に重ねられたままコーベルの眼前に振り下ろされ、コーベルのフードは顔を離れ、風と共に後方へとなびいた。その黒髪と共に。


コーベルの髪は黒と言えど色素が薄く、茶がかっていた。

その瞳は漆のような黒だった為、その対比で髪と瞳とでは倍ぐらい値段が違って見える気がしてコーベルはその髪が嫌だった。

肌の色も真っ白には及ばず、赤みの射している時は良いが普段はやや黄色く健康を心配されるので、それも煩わしかった。

鼻も正直高さが足りないと思っていたし、幸い瞳が大きいからほっとしてるが眼で考えたらもっとハッキリしててくれたらよかったのにと思っていた。


ゲンゾウに言わせるのであれば、その容姿はあまりにも日本人だった。




ちなみにゲンゾウはどちらかと言えば彫りは深い方であった。

シワによって印象線でも入れられてるような雰囲気すらあった。

(もっとも更に年を重ねるとシワは下がり、ひ孫に対する笑みでその全ての表情が埋まり兼ねない様子ではあったが・・・。)

だからと言う訳ではないが、ゲンゾウはそこまでの一連の流れを詫びる事にしたのであった。




幾人かのして・・・しまった人達を起こして声かけ、魔術師ギルドの人間に挨拶をすませた後。

ワシは改めて先程の相手と対峙・・・もとい飯をおごっていた。

「重ねてすまんのう。待たせたろう。」


適当な宿の一角。一階食事スペース二階寝室からなる宿泊施設(とはいえ宿泊部屋よりも食事テーブルの数の方が多いのだが)の食事席に着きながらゲンゾウは声をかけた。


「いえいえ。確かに焦りはしましたが魔王との貴重な一戦。有り難く思います。」

私は魔王に片手で制される中、立ち上がれず椅子に座ったまま頭を下げた。

「しかし・・・その。この度の魔王様は異世界人でしたか・・・。」


「そうなるのじゃろうなぁ・・・。」

ワシは先程、『お嬢さん。生まれは?』と思わず聞いてしまった事を思い返す。

ワシの目には日本人にしか見えなかったのじゃ・・・。

「最もワシ自身よくわからんぞ?魔王で在る以上は『この世界の人』かもしれんのじゃからのう?」


「意地の悪い言い方をしますね・・・。私だって此処にいるんです。今は・・この世界の人間ですよ?」

魔王の口元を広げるような笑みに、ちょっとむくれるように返してしまう私。

これじゃ売り言葉に買い言葉になっちゃうじゃないの・・・自制自制。

「んっと・・・。とりあえずですけど、たぶん魔ぉ・・・ゲンゾウさんのこちらに来る前にいた世界の人間では私はないですよ?。」


「ほぅ・・・それは同じ世界ではないという意味なのか、そもそも日本ではないという意味なのかどっちなのじゃ?」

まったく・・・。ワシもなんと無茶苦茶を口にしておるんじゃ・・・。


「あー。そういう発想がポンと出てくれるなら話は早いです。話の意味合い的には前者です。だけど正確に言うなら両方です。私、大豊国の出身ですから。」

うんうん。説明しろとかわからんとか言われても私も上手く出来る自信ないし、これは素直に助かったかなぁ・・・。

「とはいえ・・・私も自信ないですよ?神さんとこの世界の在り方だったら、異世界人なんて『そう思い込んでる人』なだけって可能性もゼロじゃないですもの。」


「ほほぅ・・・なるほど。そういう発想もあるのじゃな。しかしそれこそ何処まで行ってもキリの無い話じゃろうて。」

しかし、それが一面の真実なのかもしれんのう。正しいか正しくないかは別として信じようとも信じなかろうとも、異世界人じゃったとしても異世界人じゃと思い込んでいるこの世界の人だとしても、どっちでも大差はないのじゃ。


『今出来る事をするのみ・・・。|じゃの。(ですね。)』


食卓を囲むその席の周囲には小さく風が舞っていた。

風は音をさえぎり。ゲンゾウとコーベルはその笑い声を響かせず笑い合っているように見えたそうだ。







森の奥。1つの獣の視線の先。


「た・・・たすっ・・・」

女の腰は既に軸が通っていなかった。

女の股にはぬかるみが出来ていた。

引き摺り下がった分だけ、ぬかるみは地面に伸びていた。

ぬかるみが異臭を放っていたが、それ以上の濃い臭いが其処には居た。

手を足を必死に動かし、少しでもその場を離れようと離れようとしていた。

口も頬も手足とさほど変わらない。力が入りすぎて思うように動かなかった。

筋肉が固く強張っていた。そう張り詰める事を強いるものが其処には居た。


それは獣であった。全身が毛深く覆われていた。

それは人でもあった。少なくても二足で歩き迫ってきていた。

それは恐怖であった。粗く吐かれる息も血走った眼も口から伸びた牙も自身の次を指し示すものでしかなかった。

これからどうなるか。それは先程から見てきてしまっている。想像するまでもなく目蓋に刻まれている。


まだ身体も心も存分に逃げようと試みている。思うように動かないだけで。

まだ眼は多量の滴を湛えている。諦めるという選択にまだすがっているだけで。

口元は存分にゆがみ。弛んでいるが・・・まだ狂えずにいるというだけで。

笑みは浮かべないで済んでいるというだけで・・・。

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