試練の塔
一人で昇る必要はなかった。
それは試練の条件では特になかったのだから。
ただ、そうすべきだと思った。理由をいくら並べ立てても突き詰めればそれだった。
頭をひとつ潰した。
振り切った腕の先に棒があり。棒の振り切った先に鋼の塊がついていた。
鋼の塊を振り切った先は鈍く尖り。頭へ鎚の先が沈む様子は、雪にスコップを突き刺すように当たり前の光景のように映っていた。
胴をひとつ貫いた。
刺さった鎚の抜けた後。穿たれた穴の周りにはヒビが生え、その物質の当たり前の姿を打ち崩す。
ボルグの体躯で振るわれる鎚は、その1つ1つの結果がそうなる事が当たり前のように感じられる。
振るわれる腕の長さ、鎚の長さが先端の速度を生む。
隆々たる筋肉の下で振るわれる鎚は確かな重量を誇る。
その光景、姿は疑う事の出来ない破壊に対する当たり前さを示す。
先程。動く岩石が交差する腕ごとその胸を砕かれた。
さも当然のように。
先程。ゆらめく人影のような薄黒い大気がくの字に曲がった。
さも当然のように。
先程。満々と水を蓄えているような歪な半球体が弾け散った。
さも当然のように。
ボルグの振るう鎚は別段特別な物ではなかった。
無論。彼の体躯にあわせて作られた物ではあるし、誰しもが使うような武器ではないだろう。
そういう意味では特別かもしれないが、材質も普通であれば魔力のこもった品でもない。
ボルグ自身も別に魔術師ではない。
ただ恵まれた体躯をより鍛え上げ、その鎚で壊せぬものは無いと信じ振るっているだけだ。
己の身体を信じ。己の振るう鎚を信じ。己の腕に感じる重さを信じているのだ。
それ故に鎚は振り切られる。
固体に限らず、気体も液体も、自身の失われる姿を想像し信じてしまうのだ。
その為にその個体は敗北する。身体か心か或いは両方が折れ、砕け、散るのだ。
彼は塔を昇りきるまでもなく、王の名にふさわしかった。
冠するべき名は、ただ彼が成果をあげるのを待つのみであった。
コーベルは焦っていた。
二本の短剣を手に風をさばいていた。
縦薙ぎに飛んでくる二本は刃を沿わせて、それぞれ別方向に流す。
横薙ぎに飛んでくる一筋は両の剣で切り潰した。
順手で叩き、逆手でくぐり・・・風に踊らされていた。
風の放ち手は糞爺だった。
話は少し遡る。
見学に勤しんでいたコーベルにゲンゾウが絡んできたのは、実践編と称しての事だった。
魔術師同士では打たれ弱くてやりにくいと、遠目で覗いていた数名に声を乗せた風の塊を飛ばして公募してきた。
公募の結果。見事採用されたのがコーベルだったという事だ。
ちなみにその他の人達は一撃を凌げず気を失っていた。