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その悲しみは何処までも深く・・・。

青々しいまでの空。雲も高くその白さを際立たせ、陽も輝かしく差し込む。

周囲の家々と比べるとやや大きな敷地を誇るそこには1つの鐘も見える。

その奥には黒衣をまとった集団が涙を浮かべつつも、時ににこやかな笑顔を交わし合っている。

『竹中家 告別式会場』そう記された看板が1つ入口には立て掛けられている。

その看板をなぞりながら1人の女性・・・というにはまだ幼さが残るか。後ろ髪を結い垂らして人の輪から離れて鼻をすすっている。


「お爺ちゃん・・・。」


(すまんのう・・・ゆず。)

ワシはその後ろに浮かび、風に合わせて輪郭をゆらゆらとゆらされていた。

享年84歳。竹中源蔵はこの世を去った。

(いや、まだここにおるんじゃがの)

ワシ、源蔵はこの世に懸念はあっても未練はない。未練はないのだがどうも亡くなる=お迎えがくるではなかったらしい。

ワシも信心深い方ではなかったので詳しくは知らなんだし、今後も詳しく調べる気はないのだが、審判に向けて順番待ちをするべく並ぶのかと思っておったが、意外とこの世を見ている余裕はあるらしい。

もっとも49日には最終判決と共に完全に去るそうなのだが。

(まぁ、ひ孫の顔が見れる所か一緒に遊べて涙まで浮かべて貰えたんじゃ。どうなるにしても存分に生きたじゃろう。)

鼻をすすって涙しているこの娘。名を柚美ゆずみという。このゆずもまた涙こそ浮かべているが口元は緩んでおり悲痛で満ちている訳ではないのだ。

なんせこのワシ。特に病気か何かで亡くなった訳ではない。そりゃ骨折を気に寝たきりになってしもうたのは残念ではあったが、ゆずの薦めてくれる本や共にやったゲームのおかげもあり、物忘れこそあれどボケきった訳でもない。心身共に順調に老いた結果として亡くなっただけじゃ。

(じゃからまぁ・・・心配はないのじゃ。)

半透明のワシもまた口元は緩く笑っていた。



1週間、2週間と経つにつれて親戚・家族も段々と日常の流れに戻りつつも、まだまだバタバタと事後処理に追われている。

財産なんかはとっくに分配済みなので揉める事もなかった分楽なはずじゃと思いつつも、片手をあげて謝っておく。すまん。


3週、4週。まぁ善し悪し色々と問われた気がするが特に振り返って都合の悪い事は無かった。というか覚えて無かった事を教えてもろうたような感じだ。ワシの事なのに若干他人事のようにも聞こえるから不思議じゃ。・・・あれじゃな。ゆずと遊んだゲームの攻略を覚えるのに必死で婆さんとの初デートの時にしでかした無賃乗車の下りは完全に記憶から消し去っておったよ。いやはや。


5週、6週・・・49日も近付いており、間もなくこの世ともお別れじゃ。

仕事に学校。それぞれに戻ってよう励んでおる。ゆずもワシのゲームの装備品の整理なんぞをはじめておる。ゆずにしか渡りようがないし、ゆずにしか渡さん遺品じゃ。ワシとゆずの思い出じゃからのう。





部屋の鍵をかけて何時ものようにゲームを始める。

このゲームは足を折ったお爺ちゃんでも気軽に歩き回って散歩出来たらと一緒に始めたゲームだ。

モンスターを狩ったりなどの要素もあるけど畑を耕したりなんかも出来るのんびりしたゲームだったので、私もやってみたかったのだ。

最初こそSTRやVITとか書かれている表示に「うがぁ!!!」となっていたお爺ちゃんだけど、私をとても可愛がってくれた事と私が里帰りしなくても私と遊べる事をとても喜んで頑張って覚えてくれたようだった。

「・・・正直、ちょっと心配になるぐらいの廃プレイでもあったけど・・・」

やる気があって時間もあるとそうなるよね?仕方ない仕方ない。

そう思いながらお爺ちゃんが残した物を整理していく。

「あ、+10骸骨のロッドって・・・お爺ちゃん・・・」

ちょっと唖然としてしまう。このゲーム、武器の強化は4回までは失敗しないけど、5回目以降は成功率が70%。50%。30%・・・と下がり、失敗すると壊れてなくなってしまう。

また、それ以降は5%。0.5%。0.01%と極端に落ちる。

だから+7で止めるのが常識で+8でも一生物。+9は一部レア装備の効果を発揮する為に夢を追う人が稀にいる程度。+9で充分にレア装備が特別な効果を発揮する為誰も狙わないネタ。

「もう!こんなの整理しようないよっ!!」

・・・こっちの遺産相続はとても大変になりそう。



(うーむ・・・ゲームの様子が見れないのが残念じゃ)

昔のゲームは画面に映されたのを見てやるのが大半じゃったが、あのVRMMOとやらは本当にすごかったのう。感覚や感触があって本物のようじゃった。おかげで寝たきりのような気は殆どしなかった。

しかし、外向けに映される画面がないのだ。これではゆずの奮闘ぶりが全く見えない。無念じゃ・・・。

・・・や、それで化けて出れる程無念でもないのじゃが・・・。

ワシはゆずの部屋を窓から覗く形で浮いていた。いや入ればよいのじゃが、なんとなく鍵をかけてある部屋には入り辛い気がしたのだ。それで覗いてたら一緒な気もするのじゃが・・・。

(うーむ・・・ここは他を見に行・・・む?)

窓から目線を外すと見知らぬ男が庭を通ってくる。

(なっなんじゃ!)

庭を通り1階の庭を見通せる窓に近付き、窓を覗きはじめる。そして男は道具をいくつか取り出して窓を小さく割った。内鍵を回し容易く侵入し始めた。

(こやつ!空き巣か!!)

リビングを始め、堂々と物色を始める空き巣。

(いかん!今日はゆずしか家におらん!!ゆず!ゆず!!)

慌てて、ゆずの元へ行こうとするも触れも出来ず、声も届かない。そんな事はこの数週間で透けた骨身に染みている。

(頼む!起きてくれ!!!ゆず!!!!)




物の数分の出来事だった。

部屋を漁る男の速度は早く、次々に見切りをつけて他の部屋へと回る。

鍵の開かない部屋を不審に思う様子も見せたが、関係ないとばかりに鍵穴を弄り開け放ってしまう。

VRMMOをプレイしたまま横たわって気付かないひ孫を尻目に見つつも物色行う空き巣。

さっさと物色を済ませ立ち去れば気付かれないと空き巣も思ったのだろう。

乱雑ながらも物音をたてぬように気をつけていた空き巣がタンスを漁っていた際に落とした花瓶。

ひ孫が骨折後初めて遊びに来てくれた時持ってきた花瓶が床に落とされた時。

空き巣は強盗に変わった・・・。


割れる花瓶の音に体をビクつかせ、何事かとゲームを中断しようとする柚美を抑えつける男。

その男はそのまま窓を割った時に使った鋼の鈍器を焦りと怯えのままに振う。

振う。振う。振う。振う・・・・。

頭部が欠けた女性を荒い息のまま見つめる男。

女性の手を取り手首に指をあて、少し固まり。自らの頭を左右に激しく振る。

首を左右に振った勢いに優る勢いで、女性の服を先胸部に顔埋める。否。耳をあてている。

今も尚女性の頭部から溢れている液体と同様にドクドクとしていたのだろう。

一瞬。その流れる液体を手近にあった枕で抑えようとしてみせるが・・・

焦りを見せていたその男の顔は口元がつり上がった状態で固まっていく。

ドクドクと・・・その流れ出る赤を眺めながら男を激しく打っていた鼓動は別の激しさを増していくのであった。




ワシは一部始終を見ていた。

男の焦りを。男の怯えを。ゆずの血を。

男の体を。男の愉悦を。ゆずの体を。

男の狂笑えがおを。男の涙を。ゆずの死を。

そして聞こえ続ける男の声と異なり、まったく聞こえないゆずの声を・・・。

(なぜ・・・なぜなのじゃ。なぜ。こんな事に・・・)

助ける事はおろか、声もかけれず、この男のした事を伝える事も出来ず。

怒りのままに握りしめる拳ですら食い込む肉がなく、増していく憎悪と共に膨れ上がる無力感。

胸にあった心が重さのあまり足元の穴へと落ちていくかのように・・・脱力と絶望。

しかし、それ以上に目の前にいる憎しみそのもの。

誰にも聞こえるはずもないその言葉は自然と足元の何処までも深い穴から湧き上がってきて全身を爆散させるかのように出た。


((許さん!許さんぞ!この人間風情がっ!!!!))


そして

享年84歳。竹中源蔵は確かにこの世を去った。

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