輪廻
よろしければ見てやってください。
別に涙を流して読むものでも無ければ、腹を抱えて笑い飛ばせるような話でもないのです。
書いていて、途中で収集がつかなくなった感がありますので不快になりませぬようお祈りします。
ロウソクを知っているかい?
知っているというならこの話を聞いてほしい。
人間は不要となったものを捨てる習性があるのはご存知だろうか。ただ、それを大事することで世界は変わるのだという話を。
これは、とある一家のお話。
遠い昔のことだ。
電気の無い時代。世界ではロウソクが夜の漆黒を照らす唯一の簡易方法だった。マッチもあったが、マッチなんて手に持っていても熱いだけということもあり、照明としては寿命も短い。それに、自然と片手が塞がるのでロウソクは重宝した。
ロウソクは成人男性の中指程の太さと長さを持った物が主流であった。
「ロウソクはな。3日間も使えるんだ。夜だけ使えばそんなにも使えるんだぞ?お隣さんは、よく消さずに夢の中に誘われて、毎日ロウソク買いに走っているようだが」
若い三十にも行かない髭の男が幼い四歳の少女にそう告げる。
「パパー。わたちじぶんのろうそくがほちい!おつきさまにおはよう。ってさんかいいうだけでなくならなくて、ずーっと!ずーっと!つかえるのがほしい!どろーーんってなってもずーーーーーーっとあかるいやつ!」
少女は腕を広げ、目をキラキラさせながらその場を目まぐるしく回っていた。
「それは無理なんだよ。ロウソクのロウは溶けてしまう。どんなに美味しい食べ物も食べちゃったら、それは胃に溶けて消えてしまう。それでももう一度食べたいのなら、もう一度作ればいい。多少の味付けの誤差なんて分からないのだから。だったらロウソクも同じものを置けばいいじゃないか?父さんだって、母さんだってそうしているんだ」
そう伝えながら。髭の男は爪ほどの大きさになったロウソクの横に新品のロウソクを置いたとほぼ同時に、シャッと軽快な音でマッチを使って火を点けて見せた。
少女はこの髭の男。つまりは少女の父親がマッチを点ける瞬間がとても好きだった。
漆黒の闇を照らす灯火を照らしだしてくれる。そんな父の1コマが。
「すてちゃうの?パパはものをだいじにしないの?あとでママにおこられるよ?」
大きなロウソクに火を点けた父親は、爪ほどのロウソクの火を消し、それがのった皿を片手に地下の冷貯蔵庫へ繋がる階段へ向かい、一刻もしないうちに戻ってきた。
この地域に伝わるロウの流れ止め方法。溶けかけたロウを急激に急速に冷やすこと。
冷蔵庫も無いこの時代だ。家の地下に空洞を作り、そこに食物や、飲み水等を長期間保管しておくことしか出来ないが、それでも寒冷地帯であることが功を奏したのか温度はかなり低く物が腐ることは無い。寒さで虫も沸かない。その点だけは温暖で無かったことに少女は感謝している。
地下と言っても、薄ぼんやりと外の光が入るように設計されており、灯りを用意しなくても辛うじて見えるのが特徴だ。
ロウの流れを止めて固めたロウソクはもう一度使う人間は居ない。小さすぎて使えない。そう踏んだのだ。世界で誰も使わない。
再び固められる技術を持つこの地域の人間だろうが、他の地域で固める方法があるにしても、固めるなりなんなりしたものを使おうとはしない。あくまでもゴミ箱に捨てる際に、ロウが溶けることによる災害が起きないように気をつけるためであるからだ。職人でなければ作ることが出来ないような代物を下手に扱うと後が酷いからだ。処分にはそれ相応の対処法が必要となる。
「ロウソクは使い捨てだから、母さんも起こらないよ。寧ろ真っ暗になる前に点け代えたのだから感謝されると思うぞ。」
父親は自然な笑いを浮かべながら少女の頭を撫でつつそう答える。無邪気な少女は笑ってその言葉に答える。太陽のように眩しい顔で。ロウソクのようにギラギラと熱い視線で。
次の日の朝。少女はゴミ箱を覗き込んだ。昨日とはうって変わって少女の目は獲物を追う豹のように鋭く、その目には見えるはずの無い、火の点いたロウソクが写っていたのだ。
そこには昨晩のロウソクの残骸が居座っていた。何かを待つように。他のゴミに紛れないように。見つけやすいように。
少女は徐に周りをキョロキョロした後、ロウソクの残骸を手にとり、胸の前に大事そうに抱えて、地下の冷貯蔵庫に走った。
この行いは、一度目ではなく、もう最初の行動から彼是一年は経っていることだろう。
地下貯蔵庫に着くと、端に置いてある休憩用の石に腰を落ち着かせると、その石の奥の覗かなくては確認できないような隠し穴から、物を取り出しかと思った時には、先程のロウソクの残骸を取り出し、ポケットからマッチを取り出していた。
四歳の少女が一年の歳月をかけて、小さなロウソク同士を炙っては接着し、繋ぎ合わせていたのだ。つまり三歳の頃からだ。
きっかけは至極単純で、実に子供らしい考えだったと同時に、つなぎ合わせるなんて単純すぎて誰も思いつかないことだった。
少女が一番幸せを感じる瞬間が、父親がロウソクに火を灯す瞬間だ。それは生まれてこのかた変わらない。
物心ついた当初は、捨てる物だと思っていたロウソクの残骸。
しかし、少女は幼くして疑問を抱えることになる。
「ぱぱたちは、どうしてちっちゃいロウソクすてちゃうん?まだつかえるのに」
一人そう呟くことが増えていった。悩みの種だ。
小さくなったロウソクを眺めていると、小さいと危ないから捨てるよ?と言われたことも何度かあった。
少女は考えた。こんな小さなものだと危ない。なら大きくすれば良いのではないか。
父親が、机の上に誤って溶けたロウを垂らしてしまったときに、机にロウが付いて取れなくなっていたのもロウソクを大きくするアイディアとして使えるのではないかと。
当時三歳とは思えない思考演算能力。もしかしたらもっと単純に考えていたのかも知れないが、誤差の範囲だ。
少女は手始めにロウソクの残骸を集めることにした。
最初は、父親に貰えないか頼み込んでいたが、危ないからと言って触ることも出来なかった。
少女は考えた。冷貯蔵庫で冷やしている時に持って行けば、大丈夫ではなかろうかと。
しかし問題があった。朝になればゴミ箱に捨てる為に取りに来るのだから、いきなり無くなったら不自然。いや、不可解なことになってしまう。
夫婦間での決まりでは、置いて来た者が取りに行くというルールなので、それを違えることはない。それにねずみが入る隙間も無い。
となると、疑われるのは自分だと考えたのかそれも却下した。
結局ゴミ箱からこっそり拝借するのが一番安全であるだと落ち着いた。
問題は、どうやって接着し大きくするかだ。
火で炙るのが良いのは知っていた。溶ければくっつくほどドロドロになるものだからだ。
少女はロウソクの幾つかを縦に重ねてみたがロウソクの中心部の点火部分が邪魔で上手く重ならず、左右にずらすしか方法が無かった。非常にバランスが悪い。円状に並べた時もあったが、ロウソクの性質上そんな広範囲のロウを効率よく使い、ゆっくりと溶かすことが出来なかった。一気に溶けてしまう。本当に三歳か疑う知能で試行錯誤を繰り返す。
少女は考えて考えて考えた。どうすればしっかりくっつくのか、効率よく使う方法は無いのか、四六時中考えた。収集することを忘れずに。
ある日の事。少女がいつものようにゴミ箱を漁っていると、ふと何かが光を放っているのが見えた。
ゴミ箱の隅に光る一本の針。父親が友人に貰ったのだと大切にしていた針。______折れていた。折れて捨ててしまったのだろう。
それを見つけた少女は何かを感じ、ロウソクと一緒に、それを回収することにした。
小さなロウソクの残骸達の前に座る少女。
正座状態から少し足をずらした女の子座りをしていた。
いつもはロウソクとマッチだけだが、今回は違う。針がある。何か打開策を見つけることが出来るのではないかと拾ったものだ。
利用方を考えた。しかし、なかなか考えが思いつきませんでした。
昼夜問わずに作業しているわけではなく、両親が仕事や家事をしている時に作業しているのだ。見つからないように。
もちろん昼食を食べるために、その作業を中断することは大事だ。バレないようにするために。進展してなかろうがバレるわけにはいかなかったから。
その日の昼食はロールキャベツだった。
少女が母親が作る料理の中で一番のお気に入りとしている料理だ。
ロールされたキャベツの中には、細かく刻まれた挽肉や、刻んだ玉ねぎ、人参を混ぜたものに調味料を加えたものが入っており、それを紐で結んであるのもあれば、面倒になったのか串で刺して封をしている物もある。
(______クシではずれないようになってる?……これだ!)
少女は思いついた。ロウソクの繋げ方を。
昼食を食べ終えた少女は、ロウソクと再び対峙していた。
徐に折れた針を取り出したと思ったら、次はロウソクを裏返し、中心に穴を開けるように針で刺しだしたのだ。
何分か経った時には、点火用の線が貫通出来るほどの深い穴になっていた。
その穴から少女は点火用の線を引き抜いて、その穴を塞ぐように、点火用の線が残っているロウソクの点火線に刺して、接合部周辺の隙間を埋めるようにマッチの火であぶりだした。
良い具合に溶け出した頃に、少女は火を消して、ロウソクの外壁が繋がるのを待った。
人工であるとしても冷貯蔵庫なだけに少し肌寒いが、それも火を消しても少しずつ溶けるロウソクを、ゆっくり冷やす効果になり、接合が数分で完了するのだ。
少女は歓喜した。これで大きく出来るのだと、一人ではしゃいでいた。勿論バレないように小声でだが。
それからの日々は穴を開けては接合の日々だった。
しかし、そこには欠点もある。
二つしか繋がらないのだ。ロールキャベツを食べた時に、刺すという行為を覚えたが、刺すための点火線が無ければ刺すことが出来ないとあれば意味がない。
大きくするという目的には程遠かったのだ。しかし、少女は二つしか繋がらないロウソクを繋ぎ続けた。
繋げることに意味があると感じたのだ。繋ぎ続ければいつか妙案が浮かぶと信じたからだ。
そして開始一年が経った今日。点火線が灯心草で出来ていることを知った少女は、倉庫から灯心草を探し出し、三つ編みにし、全てのロウソクを繋げようとした。
______結果は目と顎ぐらいの距離程の長さ以上にはならなかった。高さによるバランスの崩壊が巻き起こさない最高の高さだがここが限界点だった。
少女は落胆したが、それでも、目と顎の距離程のロウソクを一心不乱に作り続けた。
朝から行ってた作業は夕方になっても終わることは無かった。昼食も食べなかった為に両親も心配しているだろう。
昼食の材料を取りに来た母親も、隅にいる少女のことは見えなかったようだったし、バレていないと少女は心から思っていた。
______夕食刻に、少女は空腹に気がつき、作業を中断し、立ち上がり後ろを向いた。
振り向いたそこには父親がいた。
______バレた。バレた。バレた。バレた。バレた。バレた。バレた。バレた。バレた。
少女は心から反省した。心から失敗したと反省した。心から怒られると思った。ただ、その一言を聞くまでは。
「出来たか?父さんにも見せてくれ。それを、そうだな……明日の夜にでも使ってみるか?」
笑顔の父親がそこにいた。
少女はそこに尻餅をついた。
何故怒られない?危ないと言われた火を扱ったのだ。怒られて当然のことなのに何故だ。いただきますと食事の時に言わなかっただけで怒る父親がなぜ怒らないのだ?
少女は口をポカーンとしながら思考を巡らせた。
「パパ……?おこらない……の?」
涙こそ流していなかったが、涙声の鼻水タレ状態で少女は問う。
「怒る?父さんが?バカなこというなよ?それこそ怒る対象になるぞ?」
少女は理解出来なかった。悪いことをしていたのに、怒られていない自分が分からなかった。
「父さんはな?半年ぐらい前に見てしまったんだよ。一生懸命頑張る一人娘の事をな。危ないことだと知っていた。もしかしたら怪我をするかもしれないと」
少女はその言葉に、驚きが隠せなかった。
______半年前!?そんな前からバレていたのならなぜ止めなかった!?なぜ怪我という可能性を考えていたにも関わらず止めなかった!?
あまりの情報量の多さから、突拍子もないことを考えて来た少女でも、思考が追いつけていなかった。
「それでも父さんは、大事な一人娘が頑張ってることが嬉しくて止められなかった。母さんにも話したが、やはり止めないと言われたんだ」
______ママもしっていた……。二人して知っていて見逃したんだ……。
才能を持つ少女はただの涙声を涙に変えていた。
どうしようもなく涙を流した。
声もあげず、しゃくりあげることもなく、ただ太陽のような笑顔で涙を流していた。
父親。母親。両親という存在を深く感じたのだ。
家族を大事にするという人としての尊敬。
こんなに優しい人達が自分の親であるという幸福。
これからも一緒にいられるという歓喜。
どれもこれも嬉しさの涙に変わっていく。
いつまでも笑顔でいたい。いや、笑顔でいられるだろう。
この家族と一緒なら、なんだって出来る。
私の夢も叶う。
少女は長々と涙を流しながらそう思った。そう思ったからこそ両親に夢を伝えることにした。
「わたし。こまってるひとたすける!」
______数年後。少女は夢を叶えて、戦争や、飢餓で苦しむ人達を助ける医師になっていた。
自国に対する敵の兵だろうが、自分に銃を向けた兵だろうが、戦地で狂って身体を求めて来た暴漢など、身分や出会い方も関係無く、怪我人治療を施し、困っている人を助けるという信念を貫き通した。
ある日、少女だった女性の前に、一人の少年が姿を現し、少年は少女だった女性の鞄から少し覗くロウソクに目をやったのだ。
「あのロウソクなに?おねえさんの?なんかふつうのとちがうよ?おとうさんもおかあさんもあんまりロウソクつかわないけど、おたんじょうびのときにみたロウソクみたいにきれいじゃないよ」
少年は疑問を投げつけた。舌足らずの喋り方は、場の空気を笑いに変えそうだったが、目は真剣であの日の少女と同じ目をしていた。
「これは、私なの。私が私であった証拠。私という要素を作り出した親______かな。だから大切にしているの」
少年は少女だった女性の話を聞いても、あまり分かっている様子ではなかった。
「ハハハ。君みたいな子供にはまだ理解出来なかったか。ごめんね。難しい話して」
少女だった女性は頭に手を置いて笑顔で謝った。
「ぼくね。おねえさんのいうことよくわかんないけど、ひとつだけわかったー!」
少女だった女性は、少年がわかったと言うその一つのことを聞いて微笑んだ。
「ありがとう。君のおかげでお姉さんこれかも頑張れそうだよ」
少女だった女性は、少年の頭を軽く撫でて仲間の元に戻った。
仲間の元に戻った少女だった女性に近づく男性と少女。
「なぁ。さっきの少年となに話してたんだ?」
男性は少女だった女性の旦那である。つまりは夫婦。その傍らにいる少女は娘。
二人に対して、太陽のように眩しく、月のように澄み切った目。見た物を一瞬で幸せに出来そうな笑顔でこう言った。
「少年はね。こう言ったの」
『おねえさん。しあわせになれてよかったね』