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第三章〈日々に潜む〉3-2

「いやー! 絶対いやー!」

「こら! 大人しくしてろ! 君の機体のためだぞ!」

 両腕を掴まれた状態でぶんぶんと凄い勢いで頭を振るライエンティールと、その動きによって凶器と化した彼女の髪で叩かれ続けるマイト。

 その様子を見ている学園報道部のカメラマンは大いに困惑し、自分の隣で騒動を眺めているメルライアに縋るような視線を向けた。

「あの……」

「すぐに済みます」

「は、はあ……」

 メルライアの自信に満ち溢れた返答に、カメラマンはそれならばと愛用のカメラの調整を始める。イベント時など学園生からの依頼によって写真撮影を行うことも珍しくないが、私的な依頼を受けるのは初めてだった。

「だからって何で写真撮られなきゃいけないの!? グラビアとか何それ!?」

「グラビアじゃなくてイメージキャラクター!」

「同じでしょ!」

「違う! 色々苦労してる世間様に謝れ!」

「いーやーだー!!」

 カメラマンは更に騒がしくなった撮影現場の状況に背を向け、ストロボの調整に移った。ある種の逃避だった。

「部品の為だ!」

「うぐぅう……」

 そもそも何故このような状況になったのかと言えば、当初予定していた部品の搬入に際し、発注先である神聖帝国の企業が注文した部品の受け渡しを拒否したことが原因だった。

 マイトは「そこまでやるか」と呆れたが、部品の納入は差し迫った問題だった。同規格の部品を使うことも考えられたが、欧州規格の中で〈風の魔女〉の背部重力式飛翔制御翼に適合するものは、そのメーカーのもののみだった。

〈風の魔女〉は量産機を改造したカスタム機であり、基本的な部品は総て素体になった〈フランベルジュ〉のものが使用できる。

 しかし、ライエンティールの得意とする一撃離脱戦法を可能とするだけの加速性能を得るには、神聖帝国のメーカーが専売している重力子制御ユニットが必要だった。

 飛翔制御翼に組み込むため、部品そのものはごく小さなものだ。製造数が少ないということもないし、幾つかの商社にも在庫があった。

 だが、当のメーカーが商社に圧力を掛けた結果、マイトの元には部品が納入されなかったのである。

 悲しいかな、大欧州連合が公明正大な自由市場を標榜していたとしても、神聖帝国はそれを自国の利益と天秤に掛けてしまうお国柄なのである。

 連合総会で各国と揉め事を起こす常連の国だけあって、その辺りは徹底して自国至上主義である。

「同じ規格で、ようやく特許を取ったばかりの最新部品! 瑞穂の下町工場でやっと見付けたんだぞ!」

 ライエンティールは事情を聞いて呆然としていたが、マイトは真正面から喧嘩を売られたと判断した。

 そして彼は敵に勝利するべくあらゆる手段を用いた。瑞穂で西米市場を足がかりに欧州市場に食い込もうという計画が進行していたことを思い出し、その旗振り役であった瑞穂企業に連絡を取ったのである。

 了解を得て後見役の名前を出し、同じ規格の部品を製造していないか確認を取ったところ、次世代錬装甲冑や戦闘機への搭載が決まっている重力子制御ユニットの存在を知った。

「小箱ひとつのためにチャーター機まで飛ばして貰ったんだから、こっちだって出来るだけの誠意を見せるしかないんだ。分かるだろう、ライエンティール・ヴィルトリア」

「分かるけど……分かるけどぉおおおおおお!」

 ライエンティールが頭を抱えるのも無理はなかった。

 決してきわどい写真を撮る訳ではない。制服を着て、部品の証明書を手に笑顔で撮影というだけのことだ。

 ただ、ライエンティールが昇格戦で勝利した場合は、その写真が欧州全土の業界紙に掲載されるだけのことである。

「うわああああああ……」

 ライエンティールの悲鳴をよそに、おもむろに近付いてきたメルライアがアクリルケース入りの証明書を押し付けてくる。

「ほら、欧州通商委員会の証明書持って、笑顔でカメラを見る」

「え? ちょ……」

 ライエンティールの性格をよく知るメルライアは、言葉で説得して中立状態まで引き戻し、あとは勢いで押し切る作戦に打って出た。

 そそくさとカメラの撮影範囲から脱出したマイトが、じっとライエンティールを見据える。その瞳は強い意志でもってライエンティールの逃げ足を封じた。

(ふええええええん。ちくしょおぉぉおう。覚えてなさいよパトリック・グラント!)

 ライエンティールは第十位パトリック・グラントへの戦意で自らを奮い立たせた。そしてそのままアクリルケースを抱え、満面の笑みを浮かべる。

(こうなりゃやってあげるわよ! そんで絶対勝ってやる!!)

「はい、撮りますよー」

 カメラマンはライエンティールの内心を見通すような力はない。ただ、確実に仕事をこなすだけだ。

 彼は指で合図を送り、シャッターを切った。



「ぶふぇははははは! 何これ! 何これ!」

 すったもんだの末にようやく撮影が終わり、ライエンティールはメルライアに連れられて食堂に足を運んでいた。マイトは工房に戻ってしまったが、今日のライエンティールの仕事はもう残っていないということで久し振りの休息である。

「こことか引き攣ってるじゃないの! あははははっ!」

「うるさい! こんな所で暇してる第八位様に言われたくないわよ!」

 そうして食堂に来たライエンティールとメルライアだが、そこにいたメイルフィードに捕まってしまった。

 メルライアから事情を聞いたメイルフィードが写真を見せろと迫り、ライエンティールは疲れ切って抵抗することもせず、渋々写真を見せたのだ。

 その結果、大笑いされている。

 当然ながら、ライエンティールの顔は怒り一色だ。

「精神の余裕なくして勝利なんてないでしょ? わたくしみたいに理詰めで戦うなら、常に心に“遊び”を作っておくものでしてよ、あなたのような猪突猛進型じゃ考えられない事でしょうけど! オホホホホホ!」

「何だとー!?」

「やめなさい」

 そのまま取っ組み合いの喧嘩を始めようとするふたりを制し、メルライアがPDAを取り出す。

「騒ぐならあの写真ばらまくわよ」

 ライエンティールの言葉であれば何を言われたところで痛痒を感じないメイルフィードも、もうひとりの友人であるメルライアには逆らわない。

「ちょ、ちょっと心構えを教えてあげただけでしょ。――だから本当にやめて、実家に連れ戻されちゃう」

「わ、わたしもアレはやめて欲しいかな! これ以上学園の中で浮いたら生活できなくなっちゃうし……」

 メルライアはふたりをじっと見詰め、ややあってPDAを仕舞い込む。ライエンティールとメイルフィードがほっと胸を撫で下ろした。

「アレは不味いのよ、本当に」

「そうだよね、不味いよね」

 ふたりは先ほどまでの諍いを忘れたかのように手を取り合う。

 合宿での一幕を写したあの写真だけは、決して世に出てはいけないのだ。

「とりあえず、無理しない程度に頑張りなさい。二年なんだからこれからいくらでもチャンスはあるし」

 髪を掻き上げながら、メイルフィードはライエンティールに言った。

「あなたがこんなところで躓く訳がないというのは、わたくしがよく知ってるもの。嫉妬に駆られたような輩に負けるはずはありません」

 メイルフィードも、第十位のパトリックがここまで形振り構わない行動に出るとは思っていなかった。だが、彼女にそれを証明するだけの時間は与えられておらず、ただ、その勝利と無事を願うしかない。

 いつも口喧嘩が絶えない友人の言葉に、ライエンティールは目を丸くした。

「何、熱でもあるの?」

「あ、あのねぇ……!」

 メイルフィードは思わず額を押さえたが、向かい側に座るメルライアも同じような姿勢で呻いているのを見て怒りを静めた。

 ライエンティールが他人の好意に懐疑的なのは、その理由まで含めてよく知っている。彼女は友人に言い聞かせるように静かに言った。

「幸か不幸か、新しい整備士の方はなかなかの腕前のようですし、きちんとあなたの戦いができれば十分に勝ち目はあります!」

「そういえば、あんたもあの人と戦ったんだもんね」

「ええ、そうです。完膚なきまで叩き潰したわ!」

 メイルフィードがそう胸を張るのも無理はない。彼女とパトリックの戦いは、それほどまでに一方的な戦いだったのだ。

「あんな中途半端な火力でわたくしに勝てると思ったのかしら。所詮は運だけで今の地位にいるだけですわ」

「あんたのゴテゴテ超火力錬装甲冑に較べたら、攻撃ヘリだって中途半端よ。いくら導術で反動をなくせるとはいえ、三〇〇連装マイクロミサイルと二〇ミリガトリング、一〇五ミリ榴弾砲とか対戦相手が半泣きになるに決まってるでしょ」

 メイルフィードの錬装甲冑〈爆炎姫カラミティ・マリア〉は他の上位者と同じように一点物として設計、製作された代物だ。

 様々な兵器を内蔵した兵装コンテナを背負い、メイルフィードの高度な並列情報処理能力との組み合わせによって戦域制圧型錬装甲冑と呼ばれ、大火力による制圧戦を得意としている。

 その戦法から、パトリックの〈血塗れ伯爵〉は〈爆炎姫〉の下位互換版だという評価もあった。

「戦うたびに大演習場を破壊するもんだから、あなたの対戦っていつも後回しにされるのよね」

 ライエンティールが呆れたように呟けば、メイルフィードは不満そうにそっぽを向いた。反論しないのは、実績という覆し難いものがあるからだろう。

「それでも七位より上にはなかなか勝てないんだから、上位者は化け物揃いよ」

 そう言ったメルライアは、上位者の情報を探そうとPDFを操作する。

 だが、それを遮るように手元に影が差した。

「――?」

「ライエンティール・ヴィルトリアか?」

 メルライアが顔を上げると、そこには三人の男子学園生がいた。

 ライエンティールに声を掛けてきた白人の学園生の他に、アジア系とラテン系の風貌の学園生が三人それぞれメルライアとメイルフィードの傍らで威圧感を与えている。

 いずれも屈強な体躯を持つ、戦闘導術士科の学園生だ。その身体から発せられる威圧感を考慮すると、とても友好的な挨拶とは思えなかった。

「そうだけど、何か用ですか?」

 ライエンティールが敬語を用いたのは、その三人がいずれも襟元に戦闘導術士科四年次の徽章を付けていたからだった。

 いくらライエンティールでも、同じ科の先輩ともなればそれなりの態度を見せる。

「昇格戦があるんだろう? ちょっと個人授業をしてやろうと思ってな」

「はぁ?」

 ライエンティールは素っ頓狂な声を上げ、その先輩学園生の顔を見た。

 残るふたりは野卑な笑みを浮かべていたが、この学園生だけは小さく笑みを浮かべるだけで油断ならない雰囲気を保っている。

「友人たちも見学するといい」

「ああ、ちゃんと“相手”してやるからよ」

 ラテン系の男子がそう言って笑い、メルライアに好色そうな視線を向けた。どう考えても、不埒な行いを目的とした視線だった。

 その隣ではメイルフィードが椅子の背もたれをアジア系の学園生に押さえ込まれ、有り余る嫌悪感をその表情に浮かべている。今にもその口から罵声が飛び出しそうだ。

「どうだ?」

 どうだと訊ねられたところで、ライエンティールが頷く訳はない。

(ふざけんじゃないわよ! 何であんたら何かに!)

 彼女は眦を吊り上げて唇を噛み、三人の男子をそれぞれ睨み付けた。最近はなくなったが、入学当初は同じような状況になることもあった。

 優秀な生徒を集めているとされるこの『レイスマギルカ』である。そこに留学したという、学園生にありがちなエリート意識が、自意識の肥大化へと繋がっていたのだ。

 しかしそんなものは、学生生活が始まればすぐに消し飛ぶ。

 ここには自称エリートのメッキなど簡単に引き剥がすだけの実力者が集まっている。自尊心を粉々に砕かれれば、その自尊心に支えられていたような行動を慎むようになるのは当然だ。

 だが、中にはメッキではない実力を持ち、なおかつ自意識の肥大化したままの学園生もいるのである。

「わたしは……!」

「待って」

 立ち上がろうとしたライエンティールの肩をメルライアが押さえる。

 何をするのかという友人の視線に、メルライアはひとつ頷いただけだった。

 そしてゆっくりと立ち上がり、その鋭い刃のような双眸で真っ直ぐに三人の男子を見据えた。

 アジア系とラテン系の男子が、半歩後退る。

「――先輩方、生憎ですが彼女の訓練は教官と打ち合わせたメニューがあります。それを変えるのならば、先輩方がそれに相応しい実力を持っていると証明して頂かなくてはなりません」

「何……」

 それは明らかな挑発だった。聡明なメルライアが、それを危険な行為だと理解していない筈はない。

 それでもそんな行動に出たのは、三人組の行動の理由に気付いていたからだ。

(この三人は、おそらくパトリック・グラントの陣営からの嫌がらせ。リリィに手を出させればそれを問題化し、昇格戦を停学か出席停止処分で潰すつもりだわ)

 メルライアがその事実に気付いたように、メイルフィードも同じ結論に至っていた。直情型の彼女が睨み付けるという穏当な行動で留まっているのは、ライエンティールを想ってのことだ。だが、それだけではない。

(ああもう! こういう時に限ってガードの連中は帰しちゃったし、どうするのよ!)

 実力で排除する算段が立たなかったのである。

 いつもなら彼女の身を守るために実家から派遣された警護役の学園生がいるのだが、今日は友人とお茶を飲むだけだと言って宿舎に戻してしまった。

(ああもう! またこれで監視が増える!)

 メイルフィードは心中で渦巻く怒りをぎりぎりの理性で抑え込みながら、何とかメルライアが状況を打破してくれることを願った。

 彼女自身、第八位の立場にあり、積極的に介入するなどの迂闊な事はできない。

 友人の奮闘を願いつつ、彼女はじっと耐えていた。

「それは、俺たちが実力不足だって言いたいのか?」

「いいえ、指導を頼むのであればお互いに利のある者同士であるべきだと考えただけです。決して先輩方を愚弄するつもりは――」

 メルライアの口調は常に平坦で、それは冷静な彼女を良く表していた。その姿と声は、彼女を情報統括科きっての美貌の才媛と呼ぶに相応しい風格を与えている。

 しかし、その声音は時として相手に言葉以上のダメージを与えることもある。

 今回もそうだった。

「だから、身体で教えてやろうって言ってるんだよ!」

 それは、いつの間にかメルライアの背後に回っていたラテン系の学園生だった。

 彼は苛立ちを露わにしてメルライアの肩を掴み、その身体を無理やり自分の方へと向けた。

「痛っ」

 メルライアの表情がそこで初めて崩れる。

「あんたら! 一体ここを何処だと思ってるの!?」

「メルから手を離しなさい!」

 ライエンティールとメイルフィードが椅子を蹴立てて立ち上がり、揃って男たちに詰め寄る。

(不味い)

 メルライアは肩の痛みも忘れ、友人たちの行動に焦った。

 慌ててそれを止めようとするも、再び身体を引き寄せられる。

「お前は黙ってろ」

 メルライアの眼前に、日に焼けた男の顔面が迫る。

 彼女は僅かな怯えを振り払い、その顔を睨んだ。

「この……!」

 その視線に逆上した男が、さらに強い力でメルライアの肩を掴む。

 今度こそ痛みで顔を顰めたメルライアだが、その視界の端でひらりと動くものがあった。

(何?)

 それは人間の手だった。

 男子学園生の背後にいる誰かの手が、彼女の肩を掴んだままの男の肩を掴む。

「何をしてるんだ? おい?」

 その声と同時に、男子学園生の悲鳴が上がった。

「ぎゃああああああっ!」

 食堂中に響くような悲鳴に、他のふたりの男子学園生が慌てる。

「お前は何を……!?」

「おい、離せ!」

 メルライアはそこでようやく自分の肩から男の手が離れていることに気付いた。彼女は素早く友人ふたりの手を掴むと、自分を助けた人物の背後に回った。

「え? 何でいるの?」

「学園生が学園の食堂に居たら悪いのか、ライエンティール・ヴィルトリア」

 メルライアを助けた人物、それはマイトだった。

 彼はラテン系の男子の肩を掴んだまま、ライエンティールの質問に呆れたような声で答える。

「君らこそ、何やら楽しそうじゃないか。だが、男を引っ掛けるのは淑女の嗜みだとしても、ここではやめておけ」

「違うわよ!」

「違いますわ!」

 ライエンティールとメイルフィードに左右から怒鳴られ、マイトは首を竦めた。うるさいなとぶつぶつ文句を漏らしながら、メルライアに目を向ける。

「君も、友人想いは結構だが、人間の感情の揺らぎを忘れないようにした方が良い。人間誰しも理詰めで生きているわけじゃあない」

「はい、お手数をお掛けしました」

 メルライアはそう言って深々と頭を下げた。

 それを見たマイトはそれなりに納得したのか、男たちに向き直った。ついでに腕に力を入れるのも忘れない。

「ぐうう……!」

 みしみしと肩の骨を圧迫する音を聞き、肩を掴まれたままの男子学園生は激痛に呻いた。それでも悲鳴を上げなかったのは、単なる意地だ。

 マイトは男のそんな意地を鼻で嗤い、白人の学園生に言った。フンと鼻を鳴らしたマイトの態度を見て、男たちの怒りの矛先は完全に固定された。

「うちの連れに何の用だ」

 マイトの態度には余裕があった。

 その余裕が、男たちには気に入らない。

「自主トレーニングに付き合って差し上げようと言っただけですが」

「そうだ、でもそっちの女が突然文句を付けてきて……」

 男たちはこの場の責任をメルライアたちに擦り付けるべく言葉を連ねた。

 メルライアがその言葉に顔を顰め、ライエンティールとメイルフィードがマイトの背から顔を出して抗議の声を上げる。マイトを盾にするつもりのようだ。

「ちょっと! そっちが勝手に言い寄ってきたんでしょ!」

「そうです! メルライアに怪我をさせてただで済むと……」

「ちょっと静かにしてるように、ライエンティール・ヴィルトリアとその友人」

「分かったわよ」

「――ふん」

 マイトに叱り付けられたふたりは、渋々といった様子で顔を引っ込めた。だがまだ言い足りないらしく、マイトの背に隠れたまま小さな声で文句を言い続けている。

「何よ、あいつらが悪いのは分かりきってるのに……」

「まあまあ、ここはひとつこの方のお手並み拝見としましょう」

 マイトはふたりの言葉に溜息を吐きながら、男たちを睥睨した。

「揉め事か」

「さあ、それはそちらのお嬢さんたち次第でしょう?」

 白人の学園生はそう言ってライエンティールに目を向けた。

 騒動になったときに一番困るのは誰か、そうマイトに視線で問い掛ける。

 マイトは頭を振り、再度大きく溜息を吐いた。心底呆れたと言わんばかりの態度だった。

「後ろに居るのは俺の連れだ。その点を理解した上で、もう一度聞くぞ」

 マイトは白人の男子学園生に顔を寄せ、低い声で言った。

「戦闘導術士科のお前ら三人が、武装導術士科の俺と揉めるのか?」

「――!」

 そこに至り、ようやく白人の学園生は目の前に居る男の学科徽章を見た。

 武装導術士科の三年。後輩だが、その所属学科が悪い。

「そっちの学科代表に確認した方がいいんじゃないか? 武装導術士科と揉めても良いですかって」

 マイトはそこで肩を掴んだままだった男を解放した。

 そして、さらに畳みかける。

「俺は武装導術士科の三年、マイト・ガルディアン。留学組だから学年は気にするな。で、まだ何か言いたいことがあるか?」

「それは……」

 明らかな狼狽を見せる三人に、ライエンティールとメイルフィードが困惑の表情を浮かべる。ただひとりメルライアだけがその理由に気付いていた。

「今ならちょっとした意見の相違で口論になったということにしてやる。学生だからな、意見がぶつかり合って頭に血が上ることもあるだろう」

「――――」

 男たちはそれぞれに視線を交わし合い、そのまま無言でその場を離れていった。

 マイトによって肩に痣を付けられた学園生が舌打ちをした以外は、驚くほど静かに立ち去っていく。

「ふん、学生は暢気なもんだ」

 マイトはそう呟いて肩を竦め、背後の三人に向き直った。

「君らも少しは大人になれ。男なんて掌で弄ぶぐらいじゃないと良い女になれないぞ」

「あ、うん、あなたの良い女の基準は今度訊くとして、何でここに?」

 ライエンティールの疑問はもっともだ。

 マイトは工房に戻っているはずだったのだから。

「それか、それはな……」

 疑問に答えるべく口を開いたマイトは、誰かを探すように周囲に視線を巡らせる。

 そんなマイトの死角から、ひょっこりと長身の男が姿を見せた。

「僕が呼んだ」

「うわあああああッ!?」

「うひゃああああっ!?」

 ライエンティールとメイルフィードが悲鳴を上げ、お互いの身体を抱き締める。そして一瞬後、自分の行動に気付いて赤面、そそくさと離れた。

 メルライアだけが、現われた男に見覚えがあった。

「ジルア先輩、珍しいですね」

「うん、ちょっと小腹が空いてね」

 ふたりは慣れた様子で言葉を交わし、ジルアは言葉を続けた。

「で、食堂に来たら君たちが何やら男に絡まれてる。でもマイトは居ない。じゃあどうするかということで、召喚呪文を、こうね」

 ジルアは自分のPDAを取り出し、それをひらひらと振った。

 どうやらそれでマイトに連絡を入れたようだ。

「彼らは戦闘導術士科のようだし、マイトに来て貰うのが一番穏当な決着で済みそうだったんだ」

「そういえば、簡単に退散しましたね?」

 メイルフィードは首を傾げた。同じようにライエンティールも疑問符を浮かべており、メルライアが仕方がないといった様子で説明を始めた。

「戦闘導術士科と武装導術士科というのは、軍での力関係がそのままこの学園の両科にも影響を与えているの」

「ええと……それは一体?」

「メイルフィード、あなたそれで第八位?」

「ご、ごめんなさい。わたくしそういうのあまり好きではなくて……」

 恐縮するメイルフィードに嘆息し、メルライアは説明を続けた。その間、マイトとジルアは何か食べ物はないかと厨房に向かう。

「余計な騒動に巻き込まれたせいで腹が減った。奢れ」

「後輩を助けて貰ったんだから奢るさ。でも遠慮はしてくれよ」

「はいよ」

 男ふたりが去ったあと、メルライアは元の椅子に座った。

 その正面に、ライエンティールとメイルフィードが座る。

「続けるけど、武装導術士科は戦場において一番重要な位置を占めてるのは分かってるわね? 絶対に守れって言われてるでしょう?」

 メルライアは女教師さながらに、ふたりの生徒に授業を行う。

「うん」

「はい、確かに」

 ふたりは頷いた。メルライアはよろしいと二回頷いてから、さらに続けた。

「要するに、武装導術士がいなければ戦闘導術士は満足に戦えないの。戦闘補助から錬装甲冑の応急修理、測量や怪我の処置まで、武装導術士科っていうのは何処の国でも戦場の要になっているのよ」

「それは知ってる」

 ライエンティールが言う。それは戦闘導術士科の授業でも学ぶ情報だ。そして心構えの基本としても叩き込まれる。

「じゃあ、何となく想像できるんじゃない? 軍での両兵科の力関係。いくら戦闘導術士科が花形でも、戦場で自分たちが生き残るために絶対必要で、さらに自分たちに花を持たせてくれる存在をどう扱うべきか」

「ああ……」

「なるほど、そういうことですか……」

 ライエンティールとメイルフィードは納得したように声を漏らした。

 それは士官の先任下士官に対する態度にも似ている。

 部隊を率いるのは士官だが、部隊を監督して形を整えるのは先任下士官である。

 同じように戦闘導術士は戦場を率いるが、戦場を維持監督するのは武装導術士なのだ。

「彼らの正式な名前は“武”攻錬“装”導術士。戦闘導術士科の中でより柔軟で高度な判断能力、そして導術適性を持つと認められた人たちが転科するのよ」

「じゃあ、元は同じ科なんですの」

 メイルフィードは厨房の前でメニューを眺める東洋人の男を見た。

 確かに、どこか戦闘導術士科の男子学園生に似た雰囲気もある。

「そういう理由もあって、大抵の導術士養成機関では、戦闘導術士科は武装導術士科と絶対に揉めない。援護を受けられなくて集団演習での成績が無残なことになるから」

 実戦でも似たような事例はあると言われている。

 武装導術士も他の兵の命を徒に費やすようなことはしないが、戦闘導術士が不審な戦死を遂げるなどどこの戦場でも見られる光景だ。

「あと、錬装技匠科とかにも頭が上がらないらしいし、しばらくはタックにも付き添って貰いましょう」

「はーい」

 ライエンティールはそう答えたが、すぐにべたりとテーブルの上に伸びた。

「ストレスが、ストレスが……」

 昇格戦までこの状況が続くのかと思えば、それも無理からぬことだった。

「じゃあ、ちょうど良いな」

「えー?」

 そんなライエンティールに、戻ってきたマイトが声を掛ける。

 彼が持つプレートの上には、ピザと一緒に三つのパフェが乗っていた。

「ほれ、食え」

「ひゃほああああひゃああああ! 良いの!?」

 奇声を上げ、パフェに飛びかかるライエンティール。

 良いのかと聞きながらも、その手にはすでにスプーンが煌めいていた。

「いいぞ、明日から頑張るなら」

「超頑張る! いっただっきまーす!」

 あまーい、おいしーいと騒ぎながらパフェを頬張るライエンティールを横目に、メイルフィードとメルライアも顔を綻ばせてパフェを口に運ぶ。

 隣のテーブルに移動しながら、マイトは一足先にテーブルで待っていたジルアに言った。

「どこの国でも女は変わらんな」

「良い事じゃないか。万国共通万歳さ」

 ジルアはそう言って苦笑し、両手を上げた。


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