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第一章〈侵入者〉1-1

「第十位が使っている〈嵐の魔女〉というのは、かつてガリアで計画されていた〈フランベルジュ〉系列の後継機〈オラージュ〉。そういうことかね?」

 広大な空間に、いくつものホロ・ウィンドウが浮かんでいる。

 そこに映っているのは、大欧州連合最高評議会の面々と、安全保障理事会理事国の大使である。

 彼らは一様に顔を顰めており、彼らの視線を集めるマクスウェルは内心で居心地の悪さを感じていた。本来ならば存在しないはずの錬装甲冑が現われた。確かに驚くべきことだが、マクスウェルには出席者が何かに怯えているようにも見えた。

「当時、三つの企業が次期主力錬装甲冑のコンペに参加していた。当初の予想ではエルマ大佐が強力していた企業が最有力とされていたが、あの一件でエルマ大佐が失脚。その余波でコンペにも敗北。現在の主力錬装甲冑である〈ウラガン〉が採用される、と」

 先ほどとは別の人物が、手元の資料を読み上げる。

「それで、あの機体の扱いは如何する?」

「三ヶ月前に遡って、エルマ大佐が協力していたイリュジオン社の倉庫から〈オラージュ〉の試作機を搬入したという記録を作りました。試合中に事前に作っておいた新型に乗り換えたという体裁をとりたいと思います」

 マクスウェルはガリア大使の問いに、努めて平静に答える。

 ガリアは今回の一件にもっとも強い関心を示している国だった。むしろ警戒と言った方が良い。

「エルマ大佐の娘が装着者なのだろう? 彼女が我国に対して良からぬことを考えている可能性もあるのではないか?」

 マクスウェルは心の内で深々と溜息を漏らした。

 ライエンティール・ヴィルトリアについては、彼も様々な方面から調査を行っている。その中で、彼女は父の名誉を回復したいと願っていることも知ることができた。

 だが、ライエンティールという少女はその名誉回復のための方法について、何一つ非合法な手段を考えていない。

 そもそも父の汚名を雪ぐために、その名誉を穢すような真似をするはずがないのだ。

(素直に世の中を見ることができないと、こうも歪むものなのか)

 政治の世界にどっぷりと浸っていると、この世界の総てが何者かの悪意によって操られているのではないかという妄想に囚われることがある。

 それは無用の警戒心を育て、認識を歪ませる原因になる。

 ガリア大使はまさにそのような状況に陥っているように見えた。

「確たることはお答えできませんが、彼女はまだ一学生です。少なくとも学園にいる間は身動きはできないでしょう。それに……」

「それに?」

 アルビオンの大使がマクスウェルに先を促す。

 この大使は会議が始まってからずっと黙り込んでいたが、比較的温和な表情を浮かべており、マクスウェルが何を言おうとしているのか分かっている様子だった。

 マクスウェルはアルビオン大使に目礼すると、参加者のホロ・ウィンドウを一巡して言葉を続けた。

「彼女にはすでに“彼”が首輪を付けています。これ以上の保証は現状では考えられないかと」

 その言葉に、参加者たちが一斉に唸り声を上げる。

 彼らはそれぞれ独自に学園を監視している。当然、学園内にいる特別な事情を持つ学園生についてもそれぞれ監視を行っていた。

 その中で、マイト・ガルディアンという学園生はそれぞれの国が互いに手を出さないという暗黙の了解がある。そのマイトのすぐ近くにライエンティールがいるのならば、当然ライエンティールにも手を出すことはできない。

「首輪か、教職にある者としては些か問題のある表現ではないかね?」

 アルビオン大使が苦笑を浮かべながらマクスウェルに苦言を呈する。

 マクスウェルはそれに頷きつつ、同じように苦笑いを浮かべた。

「確かに年頃の男女に用いるには品のない言葉でした。ただ、私もそれなりの年齢ですので、若者に白い目で見られるような言葉遣いになるのも致し方ないかと」

「確かに。ただ、今の立場を追われるようなことがないよう求めます。あなた以上に学園の現状に沿った指導者はいないのだから」

 ローマ大使が肩を竦めてマクスウェルに同意する。

 それに続いて、モスクワ大使も頷きながらマクスウェルに話し掛ける。

「〈結社〉の連中が動き回っている以上、こちらの足並みが乱れるのは不味い。太平洋連合にも協力を求めているが、奴らの尻尾を捕まえるのは一苦労だ」

「我国としても、奴らにもう一度騒乱を起こされては堪らない。今度は欧州だけではなく世界中を巻き込んだ、そう――世界大戦になるぞ」

 神聖帝国大使が沈痛な面持ちで呟けば、参加者たちは揃って暗い表情を浮かべた。

 儀界導術、科学技術の発達は戦争の形を大きく変化させ、国境どころか地上のあらゆる障害をほとんどないものにしてしまった。

 欧州大戦では山脈や海は障害物として機能し、戦火を限定させる防壁になった。だが、今同じ戦争が起きれば、どれほど大きな山も、どれほど深い海も戦火を防ぐ盾にはならないだろう。

「連中に我々の価値観は通用しない。我らが戦いを躊躇うあらゆる障害が、奴らにとっては悉く無意味だ」

 指を組み、その上に顎を乗せたヘルヴァティア大使が、一切の感情を感じさせない声音で自らの意見を述べる。ただ、彼の意見はそのまま参加者全員の共通認識でもあった。

 誰もが口を噤み、しばらく無言が続く。

 それを終わらせたのは、ホロ・ウィンドウの中心に立つマクスウェルだった。

「――では、学園としては現状の警戒を維持したまま、“彼”とその周辺の監視態勢を維持するということでよろしいでしょうか?」

 参加者たちが互いを窺うようにしながら、それぞれに承認の言葉を発した。

 誰かの手に渡ることは許せない。しかし、現在唯一確認されている彼を失うことはもっと許されない。マクスウェルは国家間のそうしたジレンマを視覚的に確認し、総ての参加者から承認を受けたことを確認すると、深々と一礼した。

「それでは、私は失礼させて頂きます」

 ひゅん、という音と同時に総てのホロ・ウィンドウが消え、いつもの学園長室が戻ってくる。

 マクスウェルは締め切っていた窓の遮光扉を開けるボタンを押し、じりじりと上昇していくその隙間から外の風景を眺めた。やがて扉が上がりきって窓の上に収納されると、鍵を開けて窓を開け放った。

 暖かい風が彼の頬を撫で、遠くから学園生たちの声を運んでくる。

 マクスウェルはその声に微笑すると、窓の縁に腰を下ろして遠くの雲を眺めた。

「さて、どうしたものかな」

 学園の子どもたちのために自分ができることはなんだろうか――マクスウェルはそんなことを考える自分が、とても幸せな人間に思えた。


◇ ◇ ◇


〈レイスマギルカ学園〉の敷地内にある林の中を、ふたつの影が走っている。

 ひとつは学園の制服を纏った星の光のような銀色の髪を持つ少女と、その少女に手を引かれた給仕服の少女である。

 彼女たちは林の中を貫く一本の道を、街の明かりに向かって走っていた。

「まったく、しつこい男は嫌われるって習わなかったみたいね」

 主人がぽつりと漏らした言葉を笑う余裕は、給仕服の彼女にはなかった。

 背後から迫る足音は、いつの間にか大人数のものになっている。

 彼女は何度も足を止めようとする自分の中の弱さを叱咤し、意志の力でよろめく足を前へ、前へと押し出す。

「はぁ……はぁ……げほっ」

 息を荒げながら、暗い砂利道を走っていく。

 ゴールなど見えはしない。しかし、ここで止まることもできない。

 彼女は強い意志で前に突き進みながら、同時に己の今の姿に深い悲しみを抱いていた。

「はぁ……はぁ……っ」

 喉が裂けそうなほどに痛み、身体はまるで自分のものではないかのように意思に抵抗する。

 さっさと足を止めろ、その場に転げ回れ、もう諦めろ――彼女の中の誰かがそう呟くたび、身体はそれに従って鈍重になっていく。それでも走っていられるのは、強く自分の手を引く存在があるからだ。

「カティエ、頑張って!」

「はい!」

 自分と大して変わらない歳の主人は、だが自分より遥かに力強く地面を蹴って手を引っ張ってくれている。

 それが酷く辛く、申し訳ない。だが、主人は決して自分を見捨てようとせず、こうして共に逃げ続けてくれる。

「はぁ……げほっ、フィシー様! やはりわたしを置いてお逃げ下さい! あなた様お一人ならば……!」

「そんなこと絶対に許さない。どうせあの連中のことだから、あなたを捕まえてあたしを捕まえるための人質にするに決まってるわ!」

 主人の密かな自慢だった銀の髪が、汗で頬に張り付いている。

 ここ数日はまともに手入れをしていないこともあって、酷い有様になっているのが暗い中でも容易に分かった。

 助けを呼んでここから逃げることができたら、主人と一緒に温かいシャワーを浴びて、お互いにしっかりと手入れをしよう――現実から逃れるように、そんなことを考えた。

「止まって!」

 だが次の瞬間、主人が足を止めて警戒を露わにする。

 背後からの追っ手は自分たちの獲物が足を止めたことに疑問を感じることなく、さっと周囲を囲むように展開した。その姿は頭の先から爪先まで黒尽くめで、体格さえ似通っていて見分けが付かない。

 だが、フィシーと呼ばれた少女は追っ手ではなく前方に目を向けたままだ。

「フィシー様?」

「静かに――そこにいるのは誰? 周りに居る連中のお仲間?」

 制服の腰に手を伸ばし、ホルダーに収めてあった軍用ナイフを取り出しながら、銀髪の少女は問うた。

 追っ手たちは少女の行動を理解できずに僅かに困惑したような素振りを見せたが、包囲を解くようなことはしなかった。

 しかし、銀髪の少女が睨む先に回り込んでいた追っ手のひとりは、ふと自分の背後に現れた気配に驚き、振り返った。

「――っ!?」

 彼の視線の先には、何の変哲もない砂利道が伸びているだけだ。

 だが、何かが居る。

 彼は隣の仲間が訝しんでいることにも気付かないほど、その気配に意識を奪われていた。

「出てきなさい」

 銀髪の少女が、先ほどよりも強い口調で告げる。

 すると、これまで何の変化もなかった砂利道に、じんわりと黒い影が拡がり始めた。

「――ほう、なかなか良い勘をしていらっしゃる。見たところ神聖帝国の出身のようだが、あなたほどの使い手が学園にいるとは知らなかった」

 声と共に影は形を変え、やがて人の姿となって黒から白へと変化する。

 その白は、声の主が着ている品の良いスーツの色だった。

「ここから先にはぼくの大切な人が暮らしているんだ。あんまり騒がしくして欲しくないな」

 スーツの男は、柔和な笑みを浮かべて少女ふたりと追っ手たちを見渡す。

 そして自分にもっとも近いところに立つ黒尽くめの追っ手に近付くと、その顔を覆う軍用マスクの奥を覗き込んだ。

「もちろん、君たちの仕事の邪魔をしたい訳じゃない。どこか別のところでやってくれないかな?」

 追っ手たちはスーツの男を同業者ではないかと疑った。

 普段はごく平凡な市民を装い、裏で非合法な手段を生業にしている彼らにしてみれば、このような修羅場で平然とした態度を見せる存在は自分たちの同業かそれに近い存在だというのが常識だった。

 そして、そうした者同士が出会った場合、可能な限り相手の縄張りに立ち入らないのが暗黙の了解だった。

「――貴様には関わりのない話。あの娘たちを捕らえれば、すぐにでも立ち去ってやる」

「そうかい?」

 スーツの男はそう言って小首を傾げる。

 追っ手たちはどうやら話が通じる相手であると認識したのか、男に対する警戒を僅かに緩めた。

「ねえ、あなた」

 だが、銀髪の少女が口を挟むと、その場の空気は一気に張り詰めた。

「何かな?」

 スーツの男は笑みを崩さないまま、少女に向き直る。いちいち芝居がかった動作を見せる男だが、それを洒落と理解する者はこの場にはいなかった。

「もしもアタシたちがそっちに逃げたらどうするの?」

「うーん? 君たちの態度次第かな」

 男はふたりの少女をそれぞれじっくりと見詰める。

 その間、追っ手たちは全く動くことができずにいた。スーツの男がどこに属する存在なのかまったく分からず、対応を決めかねていたのだ。

 少女はそれを理解しているのか、僅かな余裕を見せてスーツの男に話し掛ける。

「態度、ね」

 銀髪の少女は後ろ手に掴んでいた給仕服の少女の手を握り直した。

「じゃあ、こうしましょう! カティエ、行って!!」

 銀髪の少女は、スーツの男に向かって給仕服の少女を押し出した。

「は、はい!」

 少女は状況がまったく理解できないまま、しかし主人の言葉通りにスーツの男に向かって真っ直ぐ走る。

 このままではぶつかってしまう――そんなことを考えもしたが、それならばそれでも構わないと思った。

 しかし彼女の覚悟は結局無意味なものになる。

「おっと」

 スーツの男はその力なき突進をすっと避けると、給仕服の少女をあっさりと通してしまったからだ。

「なっ!?」

 追っ手たちが動揺し、給仕服の少女を追い掛けようとする。

「君たちは駄目だよ」

 だが、すぐにスーツの男がそれを遮るように立ち塞がる。

「みたところ、あの少女には戦う力はなく、ぼくの目的にとっては然したる脅威じゃあない。だけど君たちは違うだろう?」

「五月蠅い! 我々の邪魔をするつもりか!?」

「邪魔? とんでもない、君たちがぼくの邪魔をしようとするから、それを止めただけだよ」

 スーツの男はそう言って笑うと、ポケットの中から小指大の薬瓶を取り出す。

 彼はそれをじっくりと追っ手たちに示すと、勢いよく地面に叩き付けた。

 瓶はあっさりと砕け、その中に封じていたものを解放した。

「さて、君たちは対錬金術戦はどの程度かな?」

 瓶の中に封じられていたのは、黒い霧のような何かだった。

 定まった形を持たず、風に吹かれて姿を変えながらその場に留まっている。

「錬金術師だと!? まさかお前は〈結社〉の……!」

「はは、ぼくが誰かなんてどうでもいいさ。早くしないとあのメイドの子が助けを呼んできてしまうよ? この先に住んでいる人は、少なくとも人助けを躊躇うような種類の人間じゃないからね」

 黒い霧に隠れるようにして、スーツの男の姿は見えなくった、

「なんだか知らないけど、多分チャンス!」

「させるか!」

 導術の光に包まれた銀髪の少女が包囲網を破ろうと駆け出し、追っ手がそうはさせまいと襲いかかる。

 黒い霧は道を進もうとする存在には攻撃を仕掛けようとするものの、積極的に戦いに介入しようとはしなかった。

 追っ手たちはそれを確認すると、銀髪の少女に意識を傾けた。

「あのメイドの娘が戻ってくるまでに捕らえろ!」

「あんたらにそれが出来るかしら!」

 追っ手たちの獲物と少女の軍用ナイフがぶつかり合い、火花を散らす。

「まあ、頑張って」

 黒い霧の中から聞こえてくる男の声を聞くような余裕は、少女にも追っ手たちにもなかった。


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