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プロローグ〈世界に奇跡は重すぎる〉

 我々が暮らす世界の隣には、『儀界グラゥブス』というものがある。

 それは古代の錬金術師や宗教家たちからはじまり、今に至るも儀界学者が観測を続けている別世界のことだ。

 奇跡や魔術と呼ばれるものがあったとして、このうちの幾らかは儀界の存在によって証明できる。儀界はこの世界とは大きく隔たった理を持ち、故にこの世界に儀界の力を取り出せば、この世界の理に反した事象が発生する。

 火を起こし、水を生み出し、地を割り、風を操り、未来を見る。

 多くの宗教がこれを否定しようとし、しかし彼らの神の存在を実証する方法としてこれらを用いる派閥が力を持つと、やがて世界はこの異なる世界の存在を認めるようになる。

 そして、時代は少しずつ移り変わり、儀界という存在が当たり前のものとなった。同時に、これらの世界から理を引き出す技術者たちが時代の影から、日向に姿を見せる。

 魔女、錬金術師、魔法使い、かつて人々に虐げられた者たちの末裔が、社会の中で確固たる地位を築くようになる。

 祖先を虐げた宗教の中でさえ、彼らは何者にも侵されない立場を得た。それを信仰の敗北と見る宗教家たちも少なからず存在したが、やはり一度でも奇跡の真実を垣間見た人々の記憶を遡行させることはできず、これも当たり前のこととして受け入れられるようになる。

 産業が興ると、儀界技術者たちの地位はさらに向上した。彼らの引き出す理は、無限に近い動力、人の手には余るような超高温や超低温、さらに物質の最奥まで見通す眼を人々に与えた。

 人々はそれを導術を用いた機械技術によって代行させるようになるが、彼らはその都度、より高みにある技術を儀界技術者たちに求めるようになった。

 自然、儀界技術者たちはある種の特権階級になる。ときには高級技術官僚テクノクラートの代名詞として国を率いることさえあった。

 大抵の国で儀界技術者は保護されるようになり、ある日突然家系の中に現われる儀界技術者は一族を繁栄に導いた。しかしそれは、儀界技術者たちの中にさえも階級社会を持ち込むことになる。

 古き血と技術を受け継ぐ儀界技術者一族と、大きな力と開明思想を持つ新興技術者一族の衝突だ。

 しかし、血統による技術の継承は可能だったが、理を引き出す力の劣化を招いた。彼らは新たな血を取り込み、一族同士の婚姻を行うことで何とか劣化を食い止めようとした。

 その結果、望んだ通りに血を保った一族もあれば、逆に力を失うことになった一族もある。また、ある日突然、没落した一族に先祖帰りの強大な力を持った存在が生まれることもあった。

 彼らは力に翻弄され続けたが、世界は彼らの力なしに回ることはない。

 医療、近代産業、軍事。あらゆる分野で儀界導術はその地位を確固たるものにした。儀界の理を引き出し、その様を鑑賞する儀界芸術なども大きく発達した。

 そして、彼らの力と進化した科学技術が一定の融合を果たした頃、世界を揺るがす『大欧州戦争』が勃発する。

 引き金は、一人の独裁者が世界をその手に摑もうとしたことだった。

 彼はある儀界の力を用いる人物をその手中に収め、それをもって世界を己の意のままに操ろうとした。

 それが夢想であれば、戦争はもう少し静かに行われたかもしれない。

 だが、各国はその夢想が夢想ではないことを知っていた。知っていたからこそ敢えてその力の存在から目を背け続けてきたのだった。

 歴史の中で幾度も姿を見せた数々の『奇跡』。

 宗教の礎となり、国の礎となったそれが生き残っているなど、為政者であれば信じたくはなかったし、現実として迂闊に信じることもできなかった。

 だが独裁者はそれを信じた。盲信と呼んでも良いほどに、強く信じた。妾腹の子であり、木の根を囓り、泥水を啜るような貧しさを知っていた彼は、目の前にある『奇跡』を欲した。

 彼は兄たちを廃して国を奪うと、世界各国から優秀な儀界技術者たちを招聘して当時としては破格の工業力を養い、それによって生み出された精強な軍を率いて『奇跡』を求めて欧州を戦火で包み込む。

 これまでは独裁者の行動に日和見を決め込んでいた多くの国も、万が一自分以外の誰かが『奇跡』を手中に収めるようなことは看過できなかった。

 独裁者に同調する国と、それを防ごうとする国が各地で戦いを繰り広げた。

 儀界の力が猛威を振るって地形を変えることもあった。そして、それに対抗するべく生み出された近代兵器が死を量産した。

 軍人のみならず、民間人にも多数の被害が出た。死者の総数は開戦から一年足らずで百万に達し、人々はこの未曾有の大災害に恐怖した。

 その結末は、独裁者の死によって訪れた。彼は己の息子によって暗殺され、欧州を包み込んだ戦争の炎は急速に萎んでいった。

 だが、戦争が終結しても、この戦いによって発生した巨大な炎は各地に飛び火し、眼には見えない小さな火種を植え付けた。

 人々はこの悲惨な経験と莫大な血を引き替えに大欧州連合という超国家共同体を作り出し、儀界技術者たちに世界共通の『儀界導術士』という名を与えた。

 そして大欧州戦争から一〇〇年が経った。

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