第2話『平穏と異物』
~禊島学園付属中学校~
あれからウルと雑談を交わしながら俺達は目的地である禊島学園付属中学に到着した。
目的地に到着した俺達は特に用事も無いのでそそくさと自分の教室である2年3組へと向かう。
「うい~~~~っす」
ウルの気の抜けた声と共に教室に入った俺達は同じく朝から気の抜けたクラスメイト達に迎え入れられる。
「おっはよう、彼方♪」
ウルと別れ自分の席に座った俺は持ってきた鞄を開けて今日の分で使う教科書を取り出していると突然、隣の席の女子が話し掛けてきた。
「朝から随分とご機嫌だな立花」
挨拶された俺はとりあえず無難な台詞を隣の席の女子に返した。
彼女の名は橘立花……銀色のポニーテールに黄色の瞳をした女だ。
性格は性別を感じさせない程に竹を割った様な感じで物事もはっきりと区別する為かクラスでの信服がある。
また発育の良いプロポーションとハキハキとした性格な為か学校内の男子からに絶大な人気があり、実質的に禊島学園のアイドルの一人として数えられている……らしい。(本人は露知らず)
そんな学園のアイドル的なポジションに居る立花とはウル同様に小学校の低学年からの腐れ縁だ。
「アンタは相変わらず辛気臭そうな顔ね」
「俺は昔からこんな感じだ……」
……まぁ、その為か俺やウルに対してはたまに情け容赦無い言葉も浴びせてくるが。
「あ、立花ちゃん……さっきはありがとう」
そんな会話をしていると不意に後ろから玲奈の声が聞こえてきた。
「玲「玲奈ちゃんの為ならお安い御用よ♪」
後ろを振り向くとそこにはニコニコと笑う玲奈の姿があり、その姿を見た俺は声を掛けようとしたがその俺の言葉を遮り、いきなり立花は玲奈に抱きつく。
「く、苦しい。本当に苦しいよ立花ちゃん……」
「玲奈ちゃんってほんと か・わ・い・い♪」
昔から人一倍可愛いものに目が無い立花は玲奈の容姿がドストライクだったらしく毎日の様に玲奈を猫可愛がりする。
抱きしめて頬ずりしたり、頭を撫でたりと何とも愛おしそうに玲奈を愛でるのだが肝心の玲奈は理性の外れた立花のすっぽんの様なホールドに耐えなくてはならない。
以前、それとなく玲奈に聞いた事があるのだが立花は華奢な見た目に反して相当な力があるらしい。
また女子中学生の平均以上あるとされている胸元も自分にとっては立派な凶器だとぼやいていた。
その後、玲奈に対しての立花の抱き付き攻撃は朝のHRが始まるまで続いた……。
~禊島学園付属中学校・昼休み~
「ねぇねぇ、知ってる?最近、禊島に出没するっていう謎の怪物とヒーローの噂」
朝のHRから数時間後、昼休みとなった教室では親しい者達が机を合わせて昼食が行われている。
無論、俺と玲奈とウルと立花もそれぞれの机を合わせ、お弁当を舌鼓をうっていたが不意に立花が俺達におかしな話題を振り始めた。
「「謎の怪物とヒーロー???」」
「そう……これは“あくまでも”噂なんだけど最近、禊島で複数の謎の怪物に関する目撃情報が多数あるらしいのよ」
から揚げを頬張りながら俺は静かに食事を続ける。。
「謎の怪物ねぇ~~~」
当然ながら俺もウルも半信半疑……8割方はデマと思っているせいか反応は薄い。
ふと見ると玲奈も何処か苦笑いで立花を見ている。
「だけど、噂はそれだけじゃないの……その謎の怪物達を颯爽と倒すヒーローが現れたのよ」
対して立花はそんな俺達の反応を気にも留めず3流映画のナレーターの様に立花は矢継ぎ早に言葉を進める。
世のため人のために人知れず邪悪な怪物達を相手に戦う正義の美少女達……その名も“魔法少女ピュア・ナイツ”!!!
「「「……………………」」」
不意に俺達の周囲の時間が止まった。
「何だよ……つまりは只のご当地ヒーローってヤツか」
しばらくしてからボソリとウルが口を開いた。
「ちょ!?ご当地ヒーローって!?」
まさか自慢げに話した噂話がご当地ヒーローの一言で片付けられるとは思わなかったのか立花は驚愕の顔つきを見せた。
「もしくは日の当たらない深夜枠の特撮アクションだな」
……ついでに日ごろから悪態を吐かれている俺も辛口評価を行う。
「何よアンタ達、人知れず戦う正義の味方は実在したっていう感動や驚きは無いわけ!?」
認識を改めろと言わんばかりに吼える立花だったが俺達の辛口評価はまだ続く。
「じゃあ聞くが立花よ……お前は自分をピュアを自称する人間を信用出来るか?」
普段は頭が悪い癖にこういう風な言い回しが上手いウルは畳み掛けるように立花を追い込む。
「しょ、しょうがないじゃない……そういう噂、あくまでもそういう噂なんだから……」
「それに「人知れず戦ってる」と言う割にお前はそれなりに詳しいじゃないか……そんな簡単に情報が漏洩してる時点で孤高の戦士みたく言われてもなぁ~~~」
……結局、この無意味な論争は昼休み中に渡って続き、蚊帳の外に出された俺と玲奈は静かに溜息を吐くのだった……。
~その1時間後・自然公園~
「えっと、卵に牛肉に野菜に牛乳に調理用の赤ワイン……買い忘れは無しだな」
学校を出て約1時間後、遠出して今夜の夕飯の材料を購入した俺は帰りに近道となる自然公園を一人歩いていた。
両親が不在の今の月城家では俺と玲奈が交互に料理を行っている。
以前まで互いに片親同士だった為、人並みには料理が作れるからだ。
ちなみに今晩の夕飯は俺の好物であり、得意料理でもあるオムハヤシだ。
右手に夕飯の材料が入ったスーパーの袋を左手に鞄を持ちながら歩く夕暮れの自然公園には俺の他に誰もおらず、夕暮れ独特の静かな雰囲気を漂わせていた。
刹那。
ゾワリとした感覚が俺の五感を襲った。
「……んっ?」
今までこの世界で一度として感じる事の無かった“敵意と殺意”を感じた俺は周囲を見渡す。
気が付けば自然公園の周りには無色透明な膜の様なモノが覆われていた。
(これは……結界か!?)
何者かによって結界の様なモノに閉じ込められた事を理解した俺はこの異常事態に臆すること無く、ゆっくりと深呼吸をする。
持っていた鞄と夕飯の材料が入ったスーパーの袋を近くの樹に立て掛け、俺の身体に流れる“魔力”を広範囲に放ち結界内全体にレーダーの様に広げる。
“魔力”……それはこの世界では失われた力。
存在しない幻想
しかし魔力とは魂を源泉とするもの。
その魂が“例外”となる要因があれば幻想は現実へと変わるのだ。
「いい加減、隠れてないで出てきたらどうだ?」
うんざりした声で俺はそう言い放つと“ソレ”はようやくその姿を俺の前に現した。
“ソレ”は巨大な蚊の様な体躯に頭部がヒルの形をした不気味な生物だった。
大きさはおよそ標準的な人間の4倍ほどの大きさを持つその“蟲”はブンブンと6枚の羽をやかましく羽ばたかせる。
「貴様……何者だ?」
言葉が通じるのかは分からないがこの生物は明らかにこの世界の生物ではない。
俺と同じ外来種である事は間違いない。
本質的には似て非なるモノ。
おまけに周囲に結界を張り巡らせている事からそれなりの力を持つ存在である事は明白だ。
どんな答えが返ってくるか……そう思った瞬間、“ソレ”はヒルの口を大きく開け、事もあろうに何の躊躇も無く俺の居る場所に振り下ろした。
「ちっ!!!」
間一髪の所でヤツの攻撃を後方に避けて回避した俺は小さく溜息を吐く。
「……少しでも知能が有れば生かして話を聞きだそうと思ったが……所詮、蟲は蟲か……」
会話は不可能……明らかな敵意と殺意を向けてくるヤツを生かしておく理由が無くなったと結論付けた俺は“蟲”の前に対峙し、体に湧き上がる赤黒い力を何の惜しげもなく溢れさせる。
「昆虫採集は小学校の低学年以来だな……」
地獄の底の悪鬼の様なドスの利いた声を挙げながら俺は異形の蟲を静かに見据えた……。